表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第4章 偽りの聖女と、鉄の断罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/44

25話 堕天の残り香、狂える皇太子

国境要塞の司令部。勝利の歓声が壁を震わせていたが、その中心にいるアイリスの視界は、ノイズの走る魔導モニターのように明滅していた。

 

 ――ズ、ク……。

 

 脳の奥底、計算を司る領域が、未知の「毒」に侵されている。

 アイリスは、自分を抱き止めるゼノスの腕の中で、荒い呼吸を繰り返した。鼻から滴る鮮血が、彼女の白いブラウスに、不吉な紅い斑点はんてんを広げていく。


「……アイリス! おい、しっかりしろ! 領域はもう解いたんだ、休め!」


「……ダメ、ですわ。……カイル殿下の、魔力が……まだ、消えて……」


アイリスは震える指先で、空間に残された「微かな揺らぎ」を指し示した。

 それは先ほど破壊した『グラン・レガリア』の残骸から立ち上る、黒い霧のような魔力だった。通常の魔力ではない。それは人の負の感情――執着、嫉妬、独占欲を増幅させ、精神を内側から腐らせる呪術的触媒『堕天の核』の残り香だった。


その時、壊滅したはずの帝国軍の残骸の中から、一つの通信魔導具がひとりでに起動し、ホログラムを投影した。

 現れたのは、戦火の背景を背負い、優雅に椅子に腰掛けるカイル皇太子の姿だ。


『……素晴らしいよ、アイリス。君が私の「物理的な愛(暴力)」を、あんなにも鮮やかに跳ね返して見せるとはね。……だが、君のその完璧な頭脳は、今、ひどく熱を帯びているだろう?』


「……カイル、殿下。……卑劣な、真似を……」


『卑劣? 心外だな。私はただ、君の「孤独」を埋めてあげたいだけなんだよ。……君の隣にいるその野蛮な騎士には、君の苦しみも、君が計算の果てに見ている絶望も理解できない。……だが、私にはわかる。……君のその脳内にある、一万桁の数式の最後の一文字までね』


カイルの瞳が、ホログラム越しに妖しく光る。

 アイリスの脳内に、強制的にカイルの思考が流れ込んできた。それは「愛」という名を借りた、魂の侵食だった。


『アイリス。……君の領域ドメインを維持するために、君は自分の精神を「公開」した。……そこへ、私の「執着」を流し込ませてもらったよ。……これから君は、眠るたびに私の声を聞き、計算をするたびに私の顔を思い出すことになる。……君の計算機は、私という「バグ」に支配されるんだ』


「……っ、ふざけるな……! 貴様、アイリスから離れろ!」


ゼノスがホログラムに向かって大剣を叩きつけた。映像は霧散したが、カイルの嘲笑だけが部屋に残響する。


『……守護騎士君。……君に彼女は救えない。……彼女を救えるのは、彼女と同じ深淵を知る、この私だけだ。……アイリス、また夢の中で会おう。……君の心が、私の色に染まりきるまでね』


通信が途切れると同時に、アイリスの身体から力が抜けた。

 

「アイリス! アイリス!!」


ゼノスの叫びも届かないほど、彼女は深い昏睡へと落ちていく。

 その顔は、苦痛に歪んでいた。彼女の脳内では、今もカイルが植え付けた「毒」が、彼女の論理回路を一つずつ塗り替えていこうとしていた。


「……クソっ! 衛生魔導師を呼べ! 早くしろ!!」


ゼノスは、アイリスを抱きしめるその手に、ギリ、と力がこもる。

 覚醒したはずの彼の武力も、アイリスの「心」の中に巣食う毒を斬り捨てることはできない。彼は初めて、自分の「力」の限界に絶望した。


「……アイリス。……死なせない。絶対にお前を、あんな奴のところへ行かせやしない……!」


ゼノスの背後の聖騎士の翼が、怒りに応じて黒く染まりかける。

 だが、その時。昏睡するアイリスの指先が、微かにゼノスの服を掴んだ。


「……ゼノ、ス……。……マイ、ナスに……は、なりませんわ……」


「え……?」


「……二三パーセントの、余裕……。……私が、負けるはず……ありませ、ん……」


意識を失いながらも、彼女は戦っていた。

 自分の脳内に侵入してきたカイルの「感情」というノイズを、彼女はあえて「計算対象」として取り込み、処理プロセスしようとしていたのだ。


毒すらも、彼女にとっては「解析すべきデータ」に過ぎない。


翌朝。

 アイリスは、王宮の自室のベッドで目を覚ました。

 枕元には、椅子に座ったまま眠り込んでいるゼノスの姿があった。彼の手は、今もアイリスの布団の端をぎゅっと握りしめている。


「……非効率な、守り方ですわね」


アイリスは微かに微笑み、まだ重い頭を抑えながら起き上がった。

 カイルの「毒」は、まだ彼女の脳内に残っている。目を閉じれば、彼の甘い囁きが聞こえる。だが、アイリスはそれを「敵対的買収(M&A)における妨害工作」として分類し、隔離することに成功していた。


「……カイル殿下。……私の心をハッキングしたつもりでしょうが。……逆に、あなたの思考の癖、すべてコピーさせていただきましたわ」


アイリスの瞳に、かつてないほど冷徹で、かつ好戦的な光が宿る。


「……あなたの精神構造コードを解析すれば、帝国の軍事暗号も、次なる進軍計画も、すべて丸裸です。……私の心を覗いた代償、高くつきますわよ?」


アイリスは、隣で眠るゼノスの頭を、そっと撫でた。

 

「ゼノス。……起きてください。……帝国の『精神的資産』を強奪する、最高のプランがまとまりましたわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ