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断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第4章 偽りの聖女と、鉄の断罪

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23話 ゼノスの覚醒と、守護者の誓い

国境要塞の直上、歪んだ空間が弾け飛び、帝国の『オーロラの矢』が自陣を焼き払った余波が、爆風となってアイリスたちの拠点を襲った。

 戦略演算室の石造りの壁が悲鳴を上げ、砂埃が舞う。通信魔導具からは、前線の兵士たちの絶叫と、回路が焼き切れるノイズが混じり合って響いていた。


「……計算通り。帝国の前線補給基地の消滅を確認しました。……ですが、エネルギーの逆流による磁場干渉が想定を超えていますわね。……ゼノス、通信を維持しなさい!」


アイリスは揺れる机を両手で押さえ、乱れた眼鏡の奥で数字の海を泳ぎ続けていた。

 だが、返事はない。


「……ゼノス?」


アイリスが振り返ると、そこには膝をつき、肩で激しく息をする赤髪の騎士の姿があった。

 『次元盾の核』――アステリア王室が封印していたその聖遺物は、使用者の魔力だけでなく「生命力」そのものを触媒として空間を歪める。大陸最強の帝国の戦略魔法を屈折させた代償は、ゼノスという一個人の肉体が耐えうる限界を、うに超えていた。


「……っ、は、はぁ……。……くそ、身体が動かねぇ……。魔力の回路が、全部焼き切れたみたいだ……」


ゼノスの肌からは、過負荷によって蒸気が立ち上り、皮膚のあちこちが内側からの魔圧で裂け、赤い鮮血が滴り落ちていた。


「ゼノス! ……っ、非効率な……。なぜ、出力の調整を私の指示通りに行わなかったのですか! 限界まで引き出す必要はなかったはずですわ!」


アイリスは演算端末を放り出し、なりふり構わずゼノスのもとへ駆け寄った。彼女の計算によれば、要塞の半分が壊れる程度の防護で十分だった。だが、ゼノスはアイリスがいるこの拠点を、そして彼女の指先一つすらも汚させないために、自らの命をまきにして「完璧な拒絶」を選んだのだ。


「……だってよ、アイリス……。貴様が、一〇〇パーセント勝つって言ったんだ……。……なら、俺の仕事は……一ミリの汚れも貴様に、つけさせないこと……だろ……」


ゼノスの意識が遠のき、その巨躯が床に崩れ落ちようとした。

 

 その時。

 

 ――ズ、ズ、ズゥゥゥン!!


要塞の地下から、地鳴りのような響きが立ち上がった。

 アイリスが「ネオ・アステル」の裏付け資産として登録したばかりの、地下深く眠る魔導石の脈動。それが、アイリスの絶望と呼応するように、ゼノスの身体へと流れ込み始めたのだ。


「……これは、魔力の共振? いえ、王室の血筋でもない彼に、なぜ……」


アイリスが驚愕の目で見守る中、ゼノスの背後に、幻影のような巨大な「翼」が浮かび上がった。

 それは、アステリア建国神話に語られる、国を護るために盾となった聖騎士の姿――。


「……あ……あああああぁぁぁぁぁ!!」


ゼノスが咆哮した。

 ボロボロだった彼の傷口が、黄金の光を帯びた魔力によって瞬時に塞がっていく。焼き切れたはずの魔力回路は、アイリスが構築した「国家規模の魔導ネットワーク」と直結し、彼を一個の人間から、国そのものを動力源とする「生体要塞」へと作り変えていた。


『覚醒:アステリアの守護聖騎士』。


アイリスの脳内にあるステータス計算機が、測定不能オーバーフローを叩き出した。


「……ゼノス、あなた……。私の国家予算(魔力)を、勝手にチャージしましたわね?」


「……へっ。……後でいくらでも、利息をつけて返してやるよ、アイリス」


立ち上がったゼノスの瞳は、燃えるような紅蓮ぐれんの色に染まっていた。

 彼は大剣を引き抜くと、それを無造作に一振りした。それだけで、演算室に充満していた爆煙と熱気が一瞬で吹き飛ぶ。


「……俺は決めたぜ、アイリス。……貴様が、数字で世界を支配するなら。……俺は、その数字を乱す不純物を、すべてこの剣で切り捨ててやる。……貴様の帳簿の端っこに、俺の名前を刻んどけ。……死ぬまで、消えないインクでな」


それは、愛の言葉よりも重く、契約よりも強固な「魂の誓い」だった。

 

 アイリスは、初めて計算を止めた。

 眼鏡の奥の瞳が、僅かに潤んでいることに気づかせないよう、彼女は再び冷徹な表情を取り繕った。


「……非効率な、あまりに非効率な契約ですわ。……ですが、承認アクセプトします。……あなたの維持費は高くつきますから、覚悟なさい」


「ああ、望むところだ!」


一方、国境の向こう側。

 自陣の壊滅を魔導映像で見ていたカイル皇太子は、震える手でモニターをなぞっていた。


「……今の、黄金の輝きは……。アステリアの守護者か。……素晴らしい。実に素晴らしいじゃないか、アイリス!」


カイルは、怒りではなく、もはや狂気に近い歓喜に震えていた。

 彼が欲しかったのは、ただの便利な小国ではない。自分と対等に、あるいは自分を超えて牙を剥いてくる「強固な意志」だ。


「……君を壊すためには、これほどの『盾』を砕かなければならないのか。……愛おしいよ、アイリス。君が私を拒めば拒むほど、私の情熱は、大陸全土を焼き尽くす太陽になる」


カイルは、全軍に次なる命令を下した。


「……撤退は許さない。……全魔導戦車を連結させろ。……『帝国の威信』そのものを弾丸にして、あのアステリアの盾をブチ抜くんだ。……私が彼女を抱きしめるための、障害はすべて排除しろ!」


アステリア王宮の演算室。

 アイリスは、復活したゼノスの背中を見つめながら、手元の端末に最後の一行を打ち込んだ。


『戦略目標:ディードリッヒ帝国の完全買収。……および、カイル皇太子の精神的去勢。……コストは、ゼノスの修繕費を含む全てを、帝国側に請求する』


「……さあ、始めましょうか、ゼノス。……帝国という名の巨大な不良資産を、私たちの糧にするための『最終処分』を」


「おうよ。……派手にいこうぜ、アイリス!」



 守護騎士の覚醒により、アステリア王国は「守るべき弱者」から「攻め落とすべき強者」へと変貌を遂げた。

 

 氷の女宰相と、黄金の守護騎士。

 二人の伝説が、戦火と黄金の数字に彩られながら、真の大河へと流れ込んでいく。

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