2話 断罪の幕開けと、聖女の微笑み
学園の卒業パーティー会場は、狂乱に近い熱気に包まれていた。
シャンデリアの輝き、行き交う高価なワイン、そして若者たちの将来への希望。だが、その華やかさの裏で、一つの「処刑」が始まろうとしていることを、アイリス以外の誰もが予感していた。
会場の入り口が左右に開かれ、主役が登場する。
第一王子エリオット。その隣には、彼に寄り添うように立つ「聖女」リリア。
リリアは、アイリスの計算通り、公爵令嬢である自分よりも遥かに豪華で派手なドレスを身に纏っていた。それは王家からの「贈り物」という名の公金横領の結晶だ。
「……ふふ、お似合いですわ。成金趣味のドレスに、中身のない王子様。これほど滑稽な絵画もありませんわね」
アイリスは会場の隅で、一人静かにシャンパングラスを傾けた。
本来なら王子の隣にいるべき婚約者の孤立。それを見た周囲の生徒たちが、クスクスと嘲笑を漏らす。
「見て、アイリス様よ。あんな隅っこで。もう完全に終わったのね」
「聖女様に嫌がらせをした罰だわ。自業自得よね」
根も葉もない噂が、毒のように会場に回っている。だが、その毒こそがアイリスの最高の調味料だった。
やがて、エリオットが壇上へと上がり、声を張り上げた。
「静粛に! 皆に聞いてもらいたいことがある!」
楽団が演奏を止め、会場が水を打ったように静まり返る。エリオットは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、会場の隅にいるアイリスを真っ向から指差した。
「アイリス・フォン・ベルシュタイン! 前へ出ろ!」
アイリスは、わざとらしく肩をビクリと震わせ、怯えたような足取りで中央へと歩み出た。
ドレスの裾を握りしめ、俯き、今にも泣き出しそうな「完璧な弱者」を演じる。
「は、はい……殿下。何か、お呼びでしょうか……?」
「とぼけるな! 貴様がこの慈悲深き聖女リリアに対し、数々の卑劣な嫌がらせを行ってきたことは、すでに調べがついているのだ!」
エリオットが声を荒らげるたび、リリアが「怖い……」と呟いて彼の腕に縋り付く。その姿は、周囲の正義感を煽るには十分すぎた。
「貴様はリリアの教科書を切り裂き、階段から突き落とし、果ては暗殺者まで雇って彼女を亡き者にしようとした! このような邪悪な女を、我が国の王妃にするわけにはいかない!」
エリオットが合図を送ると、彼の側近である騎士候補生や魔導師の卵たちが、仰々しく羊皮紙を広げた。
「ここに、貴様が暗殺者に宛てた手紙と、毒薬を購入した証拠がある! これを見てもまだ、しらばっくれるつもりか!」
周囲からは「ひどい」「信じられない」という声が上がる。アイリスは顔を上げ、潤んだ瞳でエリオットを見つめた。
「殿下……その証拠は、本当に間違いございませんか? 私は、そのようなことに身に覚えが……」
「黙れ! 証拠は揃っていると言ったはずだ! ――リリア、君が受けた心の傷を、今ここで癒してあげよう。アイリス、貴様との婚約を破棄し、国外追放を命じる!」
ついに、決定的な言葉が放たれた。
リリアの口角が、エリオットからは見えない角度で、醜く吊り上がる。
アイリスは、ゆっくりと目元を拭った。そして――。
「……殿下。一つだけ、確認させてくださいませ」
震えていたはずの声が、一瞬で温度を失った。
冷徹で、透き通るような、真冬の湖の底のような声。
「何だ? 命乞いか?」
「いいえ。……今、殿下は『証拠は揃っている』と仰いましたわね? そして、全校生徒、ならびに各国の使節の皆様の前で、私への断罪を『宣言』なさいました。……間違いありませんわね?」
「ああ、そうだ! 貴様の罪は明白だ!」
エリオットは、アイリスの雰囲気の変化に気づかず、自慢げに頷いた。
アイリスは、扇をゆっくりと閉じ、優雅に、あまりにも優雅に微笑んだ。
「――では、始めましょうか」
アイリスが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、王子の背後にある大型の魔導投影機が、不気味な音を立てて起動した。
「殿下が用意された『捏造された証拠』ではなく、私が用意した『真実の記録』を。……皆様、どうぞご覧ください。これこそが、我が国の第一王子殿下の真の姿ですわ」
映し出されたのは、アイリスの罪状ではない。
それは、昨夜、王子とリリアが密室で「アイリスをハメるための工作」を笑いながら話し合っている、あまりにも鮮明な映像と音声だった。
会場の空気が、一瞬で凍りついた。




