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断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第4章 偽りの聖女と、鉄の断罪

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18話 真の「救済」とは

リリア・カステロが民衆の罵声とともに連行され、広場に静寂が戻ったのも束の間。アイリスの脳内にある「国家演算回路」は、勝利の余韻に浸ることを許さなかった。

 彼女は祭壇の残骸に立ち、手元の魔導端末に表示されるリアルタイムの市場価格を凝視していた。


「……小麦の先物価格が、一五分で二〇パーセント上昇。対して我が国の通貨アステルの対外レートは、一二パーセントの下落。……想定を上回る速度ですわね」


アイリスの呟きは、勝利に沸く周囲の騎士たちの耳には届かない。だが、その隣で彼女の横顔を見ていたゼノスだけは、彼女の瞳に宿る「戦慄」に気づいていた。


「おい、アイリス。リリアは捕まえたんだぞ。教団の連中も一網打尽だ。……まだ、何かに怯えてるのか?」


「怯えてなどいませんわ。……ただ、計算が現実を追い越そうとしているだけです。……ゼノス、広場に集まった民衆を御覧なさい。彼らは今、正気に戻り、私を称賛しています。……ですが、明日、パンの値段が二倍になっていることを知れば、彼らは再び私を『魔女』と呼んで石を投げるでしょう」


アイリスは、広場の群衆に視線を向けた。

 彼らは救世主を求めているのではない。ただ「昨日と同じ、あるいは昨日より良い明日」を求めているに過ぎないのだ。


「リリアの暴動は、単なる攪乱ではありませんでした。……彼女が撒いた『恐怖』と『不信』によって、人々は食料を買い溜め、商人は売り惜しみを始めた。……市場から物資が消え、通貨の信用が失墜する。……これこそが、カイル殿下が仕掛けた本当の『経済爆弾』ですわ」


「……金の話か。俺にはさっぱりだが……要するに、リリアはただの『導火線』だったってことか?」


「ええ。……本命は、これからやってくる『ハイパーインフレーション』ですわ。……一刻の猶予もありません。……中央銀行へ向かいますわよ、ゼノス。……馬を出しなさい!」


一時間後。王都中央銀行の秘密会議室。

 そこには、アイリスによって招集された、アステリア王国の金融を司る頭取たちが、震えながら席についていた。


「補佐官閣下、無理です! すでに帝国の商人たちが、我が国の国債を一斉に売り浴びせています! このままではアステル貨はただの紙屑に……!」


「黙りなさい。……『無理』という言葉は、私の辞書には存在しません。……ただ『コストに見合わない』という判断があるだけです」


アイリスは、会議室の壁一面に巨大なグラフを投影した。

 それは、アステリア王国の全資産、そして隠し資産を含めた「国家バランスシート」の全容だった。


「現在、我が国の通貨価値を支えているのは、王室の威信という実体のないものです。……それを、今日この瞬間から『実物資産』へと切り替えますわ」


「実物資産……? ゴールドですか?」


「いいえ。……もっと確実で、帝国のカイル殿下が喉から手が出るほど欲しがっているものです。……『魔導石の採掘権』と『次世代魔導通信網の特許』。……これらを担保とした新通貨『ネオ・アステル』の発行を宣言いたします」


頭取たちが絶句する。

 一国の通貨を、既存の金本位制から、まだ実用化もされていない「技術と資源」へとシフトさせる。それは、世界の経済史を塗り替えるほどの狂気的な賭けだった。


「……しかし、閣下。そんな得体の知れない通貨、誰が信用するというのですか!」


「私が(・・)信用させますの。……私がこれまでに整えた税制、道路、物流網。これらすべてを『ネオ・アステル』でしか決済できないように法改正を行います。……パンを買うのも、給与を受け取るのも、すべて新通貨です。……旧通貨アステルを帝国に売った商人たちは、明日から我が国内で一銭の買い物もできなくなりますわ」


アイリスの瞳に、絶対的な統治者の光が宿る。

 彼女は、カイルが仕掛けた「通貨の暴落」という攻撃に対し、「通貨そのものを廃止し、新しいルールを作る」という盤面をひっくり返す一手で応じたのだ。


「……これが、私が行う真の『救済』です。……祈りではお腹は膨れませんが、安定した通貨と物流があれば、人は尊厳を持って生きられます。……リリアのような甘い嘘で人を惑わすのではなく、私はこの国の土台そのものを、帝国すら手出しできない『要塞』に作り変えますわ」


アイリスの冷徹な、しかし情熱を秘めた宣言に、頭取たちはいつの間にか圧倒されていた。

 彼らは気づいたのだ。目の前の少女は、ただの天才官僚ではない。

 

 「金」という名の神を飼い慣らし、大陸の運命を指先一つで操作しようとする、新たな時代の「覇者」なのだと。


深夜。

 銀行を出たアイリスは、夜風に吹かれながら王宮のバルコニーに立っていた。

 隣には、無言で彼女の背中を守り続けるゼノスがいる。


「……ゼノス。……疲れましたわ」


不意に漏れた、アイリスの本音。

 眼鏡を外し、目元を抑える彼女の姿は、冷徹な宰相補佐官ではなく、ただの十七歳の少女に見えた。


「……だろうな。……貴様、さっきから見てりゃ、国一つの重さを全部背負い込んでやがる。……たまには、俺に半分くらい預けろよ」


ゼノスは、無骨な手でアイリスの肩を叩いた。

 その手の温もりが、張り詰めていたアイリスの心を、僅かに解き放つ。


「……半分、ですか。……あなたの筋肉量では、経済の計算は無理そうですわね」


「計算はしねぇよ。……だが、貴様が計算に集中できるように、周りの雑音を全部ブッ飛ばすことくらいはできる。……そうだろ?」


「……ええ。……頼りにしていますわ、私の守護騎士ガーディアン


アイリスは微かに微笑み、再び眼鏡をかけた。

 その視線の先――海の向こう、ディードリッヒ帝国では、カイル皇太子が、アステリア王国から届いた「新通貨発行」の報せを手に、狂喜の笑みを浮かべていた。


「……素晴らしい! 期待以上だ、アイリス! 君は私に『経済戦争』という名の最高の遊戯ゲームを教えてくれるんだね!」


カイルは、アイリスの肖像画が描かれた新しい貨幣の試作案を見つめ、熱い吐息を漏らす。


「……いいだろう。君が作ったその新しい城(通貨)、私がどれだけのパワーで買い叩けるか……試してみようじゃないか」

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