16話 広場に響く「奇跡」の声
王都アステリアの中央広場。そこは普段、アイリスが整備した効率的な市場として賑わう場所だが、今日の空気は異質だった。
中心に設置された急造の祭壇。その上に立つのは、数日前まで鉱山にいたはずの女――リリア・カステロである。
「ああ、愛すべきアステリアの民よ! 私は戻ってまいりました。皆さんの苦しみ、悲しみ、そして失われた『心』を取り戻すために!」
リリアの声は、かつての甘ったるいものとは違い、どこか重低音の響きを伴っていた。彼女の胸元で怪しく光る紫の魔石――帝国製の魔力増幅器が、彼女の「魅了」を数千倍に膨らませ、広場を埋め尽くす数万の群衆に放射している。
「……アイリス・フォン・ベルシュタインという女が、何をもたらしましたか? 確かに道は綺麗になった、税も整理された。……ですが、皆さんの隣にいる家族を、愛を、数字で測るような冷たい日々を望んだのですか!?」
群衆が、一人、また一人と虚ろな目で膝をつく。
アイリスの急進的な改革は、確かに生活を豊かにしたが、同時に「古い慣習」や「怠惰な特権」を奪われた者たちの不満も蓄積させていた。その不満という名の種火に、リリアの魔力が油を注ぐ。
「聖女様……! 聖女リリア様だ!」
「あんな血も涙もない宰相補佐官を追い出せ!」
「我らに愛を! 奇跡を!」
狂熱。それは計算式では導き出せない、集団心理の暴走だった。
リリアは悦悦として、その光景を見下ろす。彼女の背後には、教団の生き残りと、帝国の息がかかった武装集団が控えていた。
「さあ、皆さん! 王宮へ行きましょう! あの氷の魔女を、真実の炎で焼き払うのです!」
シュプレヒコールが地鳴りのように響き、暴徒化した群衆が王宮の正門へと押し寄せようとした、その時。
――ガギィィィィィン!!
空気を切り裂く高周波の音が、広場全体を震わせた。
リリアの「魅了」による陶酔感が、その鋭い音によって強制的に遮断される。
「……耳障りな周波数ですわね。騒音公害として、一〇〇万ゴルの罰金を科したいところですわ」
広場の時計塔の屋上。
そこには、風に藍色のドレスをなびかせ、巨大な拡声魔導具の横に立つアイリスの姿があった。
彼女の隣には、大剣を肩に担ぎ、今にも飛び降りそうな構えのゼノスが、鋭い眼光を群衆に向けている。
「アイリス……っ! 貴女、よくもノコノコと!」
「リリア様。……脱獄、公務執行妨害、および未登録の魔導具による集団催眠。……あなたの罪状リストに、また新たなページが加わりましたわね。……非効率な再会ですが、ここで清算させていただきましょうか」
アイリスは静かに眼鏡を直し、手元のレバーを引いた。
すると、広場を取り囲む街灯の魔石が一斉に色を変え、特殊な「魔力中和結界」が展開される。
「な……っ!? 私の力が……消えていく……!?」
「リリア様。あなたが使っているその帝国製の増幅器。……出力特性はすでに解析済みです。……波長を反転させた干渉波をぶつければ、その『奇跡』とやらは、ただの発光現象に成り下がりますの」
アイリスの声は、魔法ではなく、徹底的な「科学」と「論理」によって広場を支配し始めた。
群衆の目が、少しずつ正気を取り戻していく。
「皆さん、目を覚ましなさい。……彼女が今、皆さんに約束した『愛』や『救済』。……その財源はどこにあると思いますか? 彼女の背後にいる帝国の商人が、皆さんの農地を、子供たちの将来を、借金の担保に取ることで賄われているのですよ」
アイリスは、空中投影を起動した。
そこには、リリアが脱獄の際に帝国と交わした「アステリア王国割譲に関する秘密協定書」のコピーが映し出される。
「聖女を名乗る彼女が、皆さんの国を、他国へ売り渡そうとしている。……これが、彼女の言う『奇跡』の正体ですわ」
広場を支配していた熱狂が、一瞬にして氷のような沈黙に変わった。
リリアの顔から血の気が引き、彼女は震える指でアイリスを指差した。
「……嘘よ! そんなの、偽造よ! 皆さん、信じないで! 私は――」
「――証拠なら、ここにありますわ。リリア様、あなたが帝国の密使から受け取った裏金の金貨……すべて、アステリア王国の鋳造ミスで回収されたはずの『欠陥貨幣』ですのよ。……私の手元にある回収記録と、照合が完了しております」
アイリスの一言一言が、逃げ場のない楔となってリリアを縛り上げる。




