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断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第3章 隣国の皇太子と、甘い外交交渉

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10話 銀髪の来訪者

アステリア王国の王都港に、見たこともないほど巨大で優美な白銀の魔導帆船が停泊した。

 船体に刻まれているのは、軍事・魔法共に大陸随一の国力を誇る「ディードリッヒ帝国」の双頭鷲の紋章。そこから降り立ってきたのは、太陽の光を反射して発光しているかのような、美しい銀髪の青年だった。


「ようこそ、アステリア王国へ。カイル・ヴァン・ディードリッヒ皇太子殿下。……アステリア国王の名において、心より歓迎いたしますわ」


港に設けられた歓迎の赤絨毯の先で、アイリスは完璧なカーテシーを披露した。

 今日の彼女は、宰相補佐官としての正装――金糸の刺繍が施された漆黒のコートドレス。眼鏡を外し、公爵令嬢としての気品と、一国のまつりごとを担う者の威厳を同居させている。


カイル皇太子は、エスコートの騎士たちを下がらせると、ゆっくりとアイリスの前まで歩み寄った。

 彫刻のように整った顔立ち。アメジストのような紫の瞳が、獲物を定めるようにアイリスを捉える。


「……会いたかったよ、アイリス・フォン・ベルシュタイン。卒業式のあの素晴らしい『演説』以来、君のことが頭から離れなくてね」


「……? 殿下、私共がお会いしたのは今日が初めてかと存じますが。……もしや、卒業式の混乱をどこかでご覧になっていたのですか?」


アイリスが不審げに眉を寄せると、カイルは低く、官能的な笑い声を上げた。

 彼は迷いなくアイリスの右手を手に取ると、手袋越しではなく、わざわざ手袋を外させたその白い甲に、深く、熱い口づけを落とした。


「ッ……!?」


周囲の文官たちが息を呑み、護衛として背後に控えていたゼノスの手が、反射的に大剣の柄にかかった。


「貴様……! 初対面の淑女に対して、無礼だろうが!」


ゼノスが怒鳴り声を上げようとしたが、カイルはそれを涼しい顔で受け流し、アイリスの手を離さないまま、至近距離で囁いた。


「君のような美しい薔薇が、泥舟のようなこの国で枯れていくのを見るのは、耐え難い悲劇だ。……どうだろう、アイリス。君が望むなら、今すぐ私の船に乗せてあげてもいい。君の才能に見合った、最高の地位と、私の隣の席を用意しよう」


衆人環視の中での、事実上の「引き抜き」宣言。

 しかも、その瞳には外交官としての打算だけでなく、男としての確かな熱情が宿っている。


だが、アイリス・フォン・ベルシュタインという女は、そこらの令嬢とは「演算」の仕方が違っていた。


「……カイル殿下。大変光栄なお申し出ですが、その『最高の地位』の待遇について、詳しく伺ってもよろしいかしら?」


「おや、前向きだね。……もちろん、帝国財務省のトップ、あるいは私の個人顧問――」


「いいえ、そうではありませんわ。……我が国アステリアと貴国ディードリッヒの間には、現在、輸入品に対する一五パーセントの関税障壁がございます。……殿下のご提案は、私という『人的資源』の移動を条件に、この関税の撤廃、あるいは相互優遇措置を含むものと考えてよろしいでしょうか?」


アイリスが真顔で問い返すと、カイルは一瞬、呆気に取られたように目を見開いた。

 そして、腹を抱えて笑い出した。


「はっ……はははは! 関税!? 君は、この状況で愛の言葉ではなく、貿易協定の話をするのかい!?」


「効率的でしょう? 私という個人の身の振りを議論するより、国家間の利益を確定させる方が、生産的ですわ」


アイリスは、カイルに握られたままの手をスッと引き抜き、事務的な笑みを浮かべた。

 彼女にとって、カイルの甘いマスクも情熱的な瞳も、現時点では「隣国からの挑発的な外交カード」に過ぎなかった。


「……ゼノス、そんなに殺気立たないでください。カイル殿下は、我が国との経済連携を強化したいと仰っているだけですわ。……さあ、殿下。王宮までご案内いたします。馬車の中で、先ほどの関税のシミュレーション結果をお見せしますわね」


「……チッ。アイリス、貴様、こいつの顔をよく見ろ。こいつは貿易のことなんて、これっぽっちも考えてねぇぞ」


ゼノスが忌々しげにカイルを睨みつけながら、アイリスの隣を死守するように歩き出す。

 カイルは、アイリスの背中と、それを守る狂犬のような騎士を見比べ、愉快そうに唇を舐めた。


「……アステリアの王。君はとんでもない宝を、野に放つどころか、戦場(政界)に放り込んだようだね。……いいだろう、アイリス。君のその『冷徹な数字』ごと、私が愛してあげるよ」


銀髪を翻し、カイルは優雅な足取りでアイリスの後に続いた。

 

 アイリス・フォン・ベルシュタイン。

 彼女は気づいていなかった。

 自分が提示した「関税撤廃」という言葉以上に、彼女自身の存在が、隣国の若き天才皇太子の征服欲に火をつけてしまったことに。


アステリア王宮を舞台にした、知略と情熱が入り乱れる「外交(恋の駆け引き)」の幕が、今、華やかに上がった。

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