本編外2 魔王カーマインの真実(記録)
――これは、神聖ゴールド聖教国が公表した公式戦記には記されなかった記録である。
後世、「禁書庫第三棚」と呼ばれた場所にのみ保管され、閲覧は大宰相府の許可を要した。
『魔王カーマイン関係記録 抜粋』
一、魔王の外見・魔力
魔王カーマインは堂々たる体躯を持ち、纏う魔力は雷属性と聖属性が混在していた。
ただし聖属性の波動は本人よりも、常時装着していた腕輪型魔道具から発されていた。
当該腕輪は戦闘中、傷と疲労を自動的に修復する回復作用を示し、戦闘の長期化を可能にしていた。
その性能は、当時の人族の回復系魔道具の水準を明らかに超えていたと報告される。
二、魔王の病
魔王カーマインは「身体崩壊」の症状を有していた。
記録上、その原因は「龍族の力に対し、魔族の器が耐えられない」ことにある。
当人は龍族と魔族の混血であり、魔力の総量と質は異常に高い。
その代償として肉体の崩壊が進行し、幼少より激痛と衰弱を繰り返していた。
腕輪型魔道具は、この崩壊を「止める」のではなく「遅らせる」作用しか持たなかった。
つまり、魔王の死は時間の問題であり、寿命を引き延ばした状態で戦い続けていたことになる。
三、出生と母の死
魔王カーマインは、討伐直前に次の趣旨を告白したとされる。
自身は龍族の父と魔族の母の間に生まれた
出産の負荷により母は衰弱し、その後死亡した
父は自分を捨てた(あるいは遠ざけた)
これらは、魔王本人が涙を流しながら述べたと複数証言に一致がある。
ただし、父の正体については当時公表されなかった。
四、反乱の理由
魔王カーマインが掲げた目的は「人族支配」ではなく、魔族が安心して暮らせる領域の建設であった。
当該領域は、聖教会に属さない独立勢力となることを志向しつつ、創造神実在派として創造神信仰を掲げた。
すなわち宗教的には正統を主張し、政治的には自立を選んだ勢力である。
この動きに最も強く反発したのが聖教会であり、戦争の端緒となった。
当時、魔王側の非道は教皇からのみ一方的に喧伝されたとされるが、教皇以外の情報源から同種の証言は乏しい。
五、教皇との関係
討伐後、勇者ラベンダーは魔王の言葉と、死亡時の表情から確信したという。
「魔王の語ることは虚偽ではない。むしろ悪意の中心は聖教会の教皇にある」
後世の研究では、魔王カーマインの父が教皇であった可能性が高い、とされる。
理由は複数あるが、最も直接的なのは「龍族の長老でもある教皇」という記録と、魔王の出生告白が整合するためである。
六、最期の言葉
魔王カーマインは討伐直後、次の趣旨を残した。
「やっと死ねる。勇者よ、魂を救ってくれてありがとう。創造神のもとへ参る」
その死に顔は幼さの残る安堵の表情だった、と記録される。
この記述は複数の当事者報告に一致している。
付記:魔神具・腕輪型について
魔王が装着していた腕輪型魔道具は、勇者ラベンダーが回収し握りしめていたとされる。
ただし、その後の所在は公表されなかった。
一説では、大宰相府が封印保管したとも、エリューシオン教会が回収したともいう。
――後年の研究により、魔王カーマインの死は、単なる「魔王討伐」に留まらなかったことが判明している。
魔王の思想――
「聖教会から離れ、創造神を信仰しながらも独立した魔族の共同体をつくる」という構想は、彼の死によって潰えたわけではなかった。
魔族の一部は中央平原を離れる者もいれば、ゴールド王国の領土内に小規模な共同体を各地に形成していく者もいた。
また、魔王が使用していた魔神具・腕輪型は、後世、魔道具の究極の形の一つとされている。
だれが、いつ、どうやって作成したかは定かではなく、魔族の王族の秘宝として受け継がれてきたという伝承だけが残されている。
一説には、創造神の使徒、み使いが作ったものという伝承も残されているが定かではない。
魔王カーマインは、世界を滅ぼそうとした存在ではなかった。
――以上、禁書庫第三棚補遺より。




