第12話
メイズ視点。
砂嵐から隔絶されたような静けさの中、魔族の帷幕には淡い青白い魔力が漂っていた。
メイズは、誰もいない場所で、回復魔法を使う魔道士から治療を受けていた。
「・・・・・足りぬ」
呟く声が、低い。
傷が癒えぬ。
魔力が戻らぬ。
それ以上に――胸の奥の何かが、欠けたままだ。
自分が作り上げた軍が崩れた。
一角を担うはずの指揮官も討たれた。
万全の態勢を整えていたにもかかわらず、だ。
あの戦いで、メイズは理解した。
力だけでは、勝てない何かがある。
そして――
「・・・・・あの人族」
ホワイト。
なぜ、また現れる。
なぜ、何度も。
なぜ、死なぬ。
いや。
死なぬのではない。
死にかけているのに、前へ出る。
(理解できぬ)
そう思いながら、理解してしまう部分があるのが気に入らなかった。
メイズは、掌を見つめた。
「創造神さま」
口に出すだけで、胸が少し落ち着く。
魔族は創造神への強い信仰を持つ。
メイズも当然創造神への強い信仰を持っている。
だが今夜は、祈りがうまく言葉にならなかった。
(なぜ創造神様は、人族をお創りになられたのか)
(なぜあのような非力な種族に、あれほどの意思の強さを与えられたのか)
矛盾が胸に刺さる。
メイズは、祈りをやめた。
「創造神様のご加護がどちらに下るか、それを決めるのは創造神様だけだ」
明日、決着をつける。
勇者でもなく、英太子でもない。
名もない剣士。
それでも――
自分の宿命を引きずり出してくる相手。
「宿命、か」
吐き捨てるように呟き、メイズは剣に手を置いた。
その刃は冷たい。
だが、持ち主の心は、奇妙に熱かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜が、完全に明ける前。
砂漠は音を失い、世界そのものが息をひそめているようだった。
魔王の居城へ続く道は、ラベンダーたちの前にまっすぐ伸びている。
一切の装飾も、威圧もない。
ただ、進めと言わんばかりの一本道。
「・・・・ここで別れよう」
ホワイトが言った。
ラベンダーは立ち止まる。
「本当に、行くの?」
「行く」
即答だった。
「僕が行かなきゃ、だめなんだ」
理由は言わない。
言わなくても、通じる。
ナイルが、静かに前に出た。
「ここから先は、あたくしも同行しないわ」
ラベンダーが驚いてナイルを見る。
「龍族なのに?」
「龍族だからよ」
ナイルは笑った。
軽くて、いつも通りの笑み。
「あたくしが手を出したら、彼の宿命の邪魔をすることになる」
その意味を、ラベンダーはすぐに理解できなかった。
けれど、ホワイトは分かっていた。
「ありがとう、ナイル」
「礼は要らないって言ったでしょ」
ナイルは彼の肩に、軽く拳を当てた。
「――ちゃんと、自分で終わらせなさい」
それだけ言って、彼女は一歩下がる。
ラベンダーは、ホワイトの前に立った。
「・・・・・約束」
「うん」
「生きて」
「・・・・・うん」
嘘かもしれない。
でも、それでいい。
ラベンダーは何も言わず、ホワイトの胸に、そっと額を預けた。
ほんの一瞬。
戦場に出る前の勇者とは思えないほど、弱くて、静かな仕草。
「行ってくる」
「・・・・・行ってらっしゃい」
彼女は振り返らず、魔王城への道を進んだ。
仲間たちが続く。
サンドベージュだけはホワイトを睨みつけていたが。
ホワイトは、その背を見送った。
(――これでいい)
胸の奥が、静かだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
砂漠の反対側。
そこに、最初から“用意されていた場所”のように、メイズは立っていた。
「来たかぁ」
声が、低く響く。
「勇者でもなく、英太子でもなく・・・・・やはり、お前だぁ」
ホワイトは剣を抜いた。
手が、震える。
「・・・・・待たせたな」
「待ったともぉ。だが、悪くない」
メイズはゆっくりと歩み出る。
「お前は、逃げなかった」
「逃げられなかっただけだ」
「違う」
メイズは、はっきりと言った。
「逃げなかった」
その言葉に、ホワイトは苦笑した。
「・・・・・そうかもしれない」
沈黙。
風が、二人の間を通り抜ける。
「不思議だな」
ホワイトが、ぽつりと呟いた。
「お前が僕の宿命の相手だと、それだけは、わかるんだ」
第3部 本編 おわり




