第11話
夜明け前。
ラベンダーは、まだ誰もいない回廊を一人で歩いていた。
足音が、やけに大きく響く。
思い返せば、いつもそうだった。
危険な役目を、自分より先に引き受ける。
目立たない場所で、誰かの“失敗”を肩代わりする。
評価されなくても、文句を言わない。
それが“優しさ”だけではなく、覚悟も混じっていたと気づいたのは、ずっと後だった。
「・・・・・私、何を見てたんだろう」
勇者。
選ばれた者。
期待される存在。
その言葉の裏で、彼が、ホワイトがどれだけ自尊心を削られていたか――
自分は、ちゃんと見ていただろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぼくクラレットもその諜報網を駆使して、ホワイトの足取りを掴んでいた。
そして、ホワイトの居る宿屋がわかった時、ぼくは、真っ先にラベンダーに伝えに行った。
「クラレットくん?」
「ラベンダー、ホワイトの居場所が分かったよ。会いに行くかい?」
「もちろん」
嬉しそうに微笑むラベンダーとは対照的にぼくのこころは落ち込む。
恋敵に塩を送るんだ。
でも、ホワイトが本当に望んでいるのはぼくじゃない。
ラベンダーだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クラレットの案内でホワイトとラベンダーは会った。
その夜。クラレット、ラベンダー、ホワイトの運命が交錯した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜が明けて。
「急がないと」
ホワイトは、ベッドから立ち上がろうとしたが、体がよろめいた。
すぐにラベンダーがホワイトの身体を支えた。
「・・・私が支える」
ラベンダーはその腕を離すまいと強く握りしめた。
ホワイトは支えられながら一歩一歩、先へ進む。、
砂漠の奥。
崩れた神殿とは別の場所。
そこに――魔王の居城が、姿を現していた。
静かに。
圧倒的に。
その手前で、三つの運命が、同時に収束し始める。
勇者。
名を呼ばれぬ剣士。
そして、宿命を背負った魔族。
(ここで、決着をつける)
ホワイトは、胸の奥で静かに思った。
(でも――)
視線の先にはラベンダーがいた。
(僕は、独りじゃない)
その確信だけを携えて、彼は一歩、前に進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
砂漠の夜は冷える。
火があるのに、骨の芯が冷たい。
ホワイトは焚き火の前で、指先をじっと見ていた。
ホワイトはナイルと合流した。
震えは、止まらない。それは寒さのせいじゃない。
身体の奥が、もう摩耗しきっている。
「・・・・・顔色、最悪。でも目は死んでないわね」
ナイルが、ぶっきらぼうに言った。
だけど視線は、ずっと彼の手元を追っている。
「分かってる」
ホワイトは笑おうとして、咳き込みかけた。
耐えた。
今ここで崩れたら、もう立ち上がれない気がする。
そのとき――
「ホワイト君」
声が聞こえた瞬間、ホワイトの表情がゆるむ。
ラベンダー。
鎧の上から砂を払う仕草は、旅の途中のそれなのに――
目だけは、とても優しかった。
「なんだい?」
ホワイトの声は、思ったよりかすれていた。
その問いを無視してラベンダーは、
「あなたが、私の“邪魔”にならないために無理をしてるの、分かるよ」
ホワイトは息を呑んだ。
言葉が出ない。
ナイルが、わざとらしく咳払いをした。
「はいはい。そういう話はあとあと。時間がないわよん」
ラベンダーがナイルを見る。
ナイルもラベンダーを見る。
互いに、相手の強さを一瞬で理解する目だった。
「・・・・・あなたが、ナイル、さん?」
「そうよん」
「この魔力の流れ・・・・・龍族?」
「そう」
短い言葉のやりとり。
それだけで、十分だった。
ラベンダーはホワイトに視線を戻し、一つだけ、強い声で言った。
「私、魔王の元へ行く」
ホワイトは頷く。
それは止められない。
「・・・・・うん」
「その前に、もう一度だけあなたに会いたかったの」
“会いたかった”
その言葉だけで、胸がじんわりと熱くなる。
ホワイトが口を開こうとした時、砂の向こうから馬蹄と鎧の音が近づいた。
「ラベンダー!!」
先に飛び出してきたのは、サンドベージュだった。
すぐ後ろに、キース、ミモザ、ケイトが続く。
「勝手な行動するな!単独行動など。心配したんだぞ!」
サンドベージュの怒声が止まった。
ホワイトを見つけたからだ。
「っ、きさま・・」
空気が、硬直する。
キースが先に口を滑らせた。
「え、なに、あいつ・・・・・生きてたの?」
ミモザが小さく息を吐く。
聖女ケイトは、まるで祈るように目を閉じた。
ラベンダーは、仲間たちの前に一歩出た。
「勝手に動いてごめんなさい。私が悪いの」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
サンドベージュは歯を食いしばり、握りしめた拳からは血が流れていた。
「・・・・・分かった。だが、時間がない」
彼が言う“時間”は、魔王への道のことだ。
そして――
ホワイトは別の“時間”を数えていた。
(僕の時間)
もう、長くない。
だからこそ、今夜で――
決めなければいけない。




