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第6話

戦後処理というものは、いつも静かだ。


血の匂いが薄れ、負傷兵が運ばれ、死者の名が記録される。

剣が振るわれるよりも前に、すでに勝敗は決していたかのように、事務は淡々と進む。


僕は治療天幕から出され、野営地の外れにある簡易の待機所に移された。

名目は「療養」だけど実態は「隔離」だ。


誰も説明しないけど、説明しなくても、分かる。


ナイルだけが、黙って隣にいてくれた。


「静かねぇ」


彼女がつぶやく。


「戦いが終わったあとの野営地って、いつもこんな感じなのかしらん?」


「もっと、騒ぐこともあるよ。でも今回は違う」


「ふうん」


ナイルは、周囲を見渡した。

兵は僕を見ない。

正確には――見て、視線を外す。


「あはは。あなた、完全に“触れてはいけない人”扱いね」


「・・・・もう、慣れてるよ」


「強がっちゃってぇ、もう」


ナイルは優しい口調で、


「慣れてる人は、そんな顔しないわよん」


返す言葉がなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


昼を少し回ったころ、使者が来た。


年配の士官。

階級章は高いが、戦場の匂いは薄い。


「ホワイト殿」


呼び方は丁寧だ。

だが、距離を感じる。


「軍務長官がお呼びだ」


予想はしていた。

覚悟も、していたつもりだった。


ナイルが立ち上がる。


「同行するわねん」


士官は一瞬だけ眉を動かしたが、何も言わなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


天幕の中は、冷えていた。


軍務長官は机の向こうに座り、書類を整えてから顔を上げた。

視線は真っ直ぐ。

敵意は感じないが、情も感じられなかった。


「ホワイト。まずは、生還したことを評価する」


形式的な言葉。

それが前置きだと分かる。


「しかし――」


「今回の戦闘において、君の行動は独断専行と見なされた」


「反論はあるか?」


問われたが、声が出なかった。


事実だ。

命令は受けていない。

こう言う時、結果を出したかどうかは、関係ないんだ。


「また」


軍務長官は続ける。


「君の存在が、王太子殿下の行動判断に影響を与えているという報告が複数上がっている」


僕は、ゆっくり息を吸った。


「それは・・・・」


言いかけて、止めた。


説明すれば、余計に泥沼になる。

僕がどう思っているかは、ここでは意味がない。


「よって」


軍務長官は、結論を告げた。


「君を、前線任務および王太子殿下の行動範囲から外す」


「今後は、後方支援専属とする」


「異論はあるか?」


あるに決まっている。


けど、こうなるかもしれないという気持ちもどこかにあった。


「・・・・ありません」


そう答えると、軍務長官は一瞬だけ目を細めた。


「理解が早くて助かる」


それが褒め言葉ではないことだけは分かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


天幕を出ると、ナイルが待っていた。


「終わったかしらん?」


「ああ」


「どうだった?」


「・・・クラレットの邪魔するなって」


ナイルは、しばらく黙ってから言った。


「そう・・・。ここの人たち、よっぽどクラレットからあなたを離したいのねえ」


彼女の声は静かだったが、どこか軽い調子だった。


「しょうがないわね。人族って。嫉妬。みんな、クラレットがあなたにべったりなの羨ましいのね」


「そんなこと・・・・」


あるかもしれないな。


幼なじみが原因で嫉妬を受けるのはこれで2度目だな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


夕刻。


野営地の外れで、僕は一人、荷台の整理をしていた。


回復薬や魔法薬。

乾燥肉や携帯食料。

魔石。


行商の荷だ。


これから、これを運ぶ。

戦場の外側で。


「・・・・・ホワイト」


声がした。


振り返ると、そこにクラレットがいた。


鎧を脱ぎ、簡易の外套だけを羽織っている。

顔色は悪くない。

だが、目は潤んでいた。


「話、聞いた」


「・・・・・ごめん」


僕は、首を振った。


「クラレットが謝ることじゃないよ」


「でも」


クラレットは一歩近づき、拳を握った。


「ぼくが、前に出すぎたから・・・」


「違う」


即座に言った。


「クラレットは、間違ってない」


「でも、そのせいで――」


「違う」


僕は噛み締めるようにゆっくり言う。


「僕は、これで良かったと思ってる」


クラレットは唇を噛みしめた。


「それでも」


言葉が続かない。


僕は、彼の視線から逃げるように、荷台を見た。


「僕は、行くよ」


「行くってどこへ?」


「次の補給地。ラベンダーたちの進路を追う。元の任務に戻るだけだ」


クラレットの目が見開かれる。


「魔王の方へ?」


「その途中に――」


言い淀んだが、隠す意味はない。


「メイズがいる」


クラレットの表情が、凍りついた。


「・・・・・行かないで」


すがるような声を出す。


「もう、十分ホワイトは頑張ったよ」


「・・・」


今度は、僕が一歩前に出た。


「これは、僕の宿命なんだ」


「クラレット、君は生きろ。僕は・・・・」


言いかけて、止めた。


死ぬつもりだとは、言えなかった。


「・・・・・必ず、戻る」


嘘だと、自分で分かっていても。



クラレットは、しばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「分かった。信じるよ」


そして、震える声で言う。


「でも、覚えておいて」


赤い瞳が、まっすぐ僕を見る。その瞳には涙が浮かんでいた。


「あなたは、独りじゃない」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


クラレットの従者として仕えてきたホーネットは、クラレットとホワイトがメイズに攻撃を加えたとき、ようやく気が付いた。


われら5人が探してきた輝かしきご主人様は、今まで仕えてきたクラレットではないかもしれないということに。


自分の疑念を確信に変えるため、ホーネットはもう一度、クラレットの魂を探った。


そうだ、やはりそうだ。


目の前にいるクラレットの魂はご主人様の魂とは違っていた。


クラレットの魂には、われら5人のご主人様だと認識させるような魔法がかかっていたようだが、それが完全に解けた。


さらにそれだけでなくクラレットには、生まれた時から女性だったにもかかわらず自分が男性だと認識させる魔法もかかっていたのだ。


・・・・・・そしてそれも解けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ぼくクラレットの魂には認識阻害の魔法をかけられていたが、同時に肉体にも認識阻害の魔法がかけられていたようだ。


自分はずっと男だと思い込まされてきたのだ。


この瞬間、ぼくは気づいた。


自分は実は女であり、ずっとホワイトのことを愛していたことを。

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