第4話
その日のうちに、軍は動いた。
ホワイトはクラレットの要望で一緒の部隊にいる。
野営地を出て二日目。
砂漠地帯へ向けて進軍していると、やがて地平の向こうに黒い点が生まれた。
点は群れになり、うねりになり、砂の上を這ってくる。
魔物だ。
クラレットは先頭で陣を敷いた。
指示が飛び、部隊が分かれ、槍が並び、弓が構えられる。
彼の指揮は迷いがなく、兵はそれに従った。
スレートも将軍の一人として部隊を率いていた。
巧みに隊列を整え、前線で声を張り上げ、兵の気持ちをつなぎ止める。
あの頃の盾役が、将軍として戦場に立っている――
それだけで、遠くまで来てしまったように感じる。
そして戦いが始まった。
矢が降り、魔法が閃き、砂が舞い上がる。
魔物の咆哮が重なり、前線が軋む。
しかしクラレットの部隊は、押し返した。
押し返し続けた。
圧倒的な武力。
剣と魔法を同時に叩き込み、隙を与えず、嵐のように攻める。
それが“ウィスタリアの剣”と呼ばれた英雄――いや、王太子クラレットの戦い方だった。
だが。
(深く入りすぎた)
ホワイトがそう思った瞬間、空気が変わった。
正面から圧倒的な魔力が、砂漠の風を押し潰すように広がってくる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕の身体が震えた。
恐怖が骨を掴んで揺らした。
「クラレット」
僕は思わず、クラレットの袖を掴んだ。
掴んだ手が、冷たい。
自分の手がこんなに冷たかったのか。
「これ以上はだめだ」
クラレットが、僕を見た。
その赤い瞳が一瞬揺れ、次の瞬間、鋭く光った。
「この魔力の主を知っているのかい?」
僕は頷いた。
「僕を殺したやつだ。名をメイズ。魔王の側近だ」
その名を口にした途端、前方から、歪んだ声が響いた。
「ふぐぐぐぅぅうぅ・・・・われの名はメイズ・・・創造神さまの敬虔なしもべ、魔王さまの忠実な側近なりぃぃぃぃ」
砂の向こうに立つ影。
魔力が、青白く揺らめいている。
「うむぅ?懐かしい気配だぁ。しかしお主は死んだはずではぁぁ?」
メイズの声音には、嘲りと興味が混ざっていた。
クラレットが剣を構えた。
その動きに、迷いがない。
「メイズ」
低い声だった。
「ぼくは――いや、私はあなたを許さない」
メイズが笑った気がした。
「ほぉ、人族にしては大した魔力だぁ。もしやウワサの英太子かぁ?だが、所詮は人族。我相手にぃ、何を吠えるぅ」
「吠える?」
クラレットの声が切り裂く。
「私の大事な幼なじみに、ひどい目を合わせたからだ!!」
一瞬で距離が詰まった。
剣が閃き、同時に魔法が走る。
斬撃と属性の衝撃が重なり、砂が爆ぜる。
――強い。
クラレットは僕が考える以上に強い。
それなのに、メイズは軽々と受け止める。
無詠唱で放たれる魔法を、まるで“次に何が来るか知っている”ように捌く。
(このままじゃ、負ける)
僕の胸の奥が熱くなる。
恐怖とは別の、胸の高鳴りだ。
いまならクラレットがいる。
ここで決められるかもしれない。
メイズを倒す最大のチャンスだ。
僕は息を吸い、魔法を組み上げた。
雷属性――魔法剣。
身体に魔力が絡みつく。
筋肉が熱を帯び、視界が鋭くなる。
代償の痛みが、最初から骨の奥に刺さった。
「いくぞ!!」
叫び声が、喉を裂いた。
「あの時とは違う!新しい力を身につけた――魔法剣をくらえ!!」
僕は踏み込んだ。
雷が走る。
足場が砂なのに、身体が浮くように速い。
クラレットも合わせてくれた。
二人の攻撃が交差し、メイズの中心へ――
ガキィィィン!!
金属が噛み合う音。
衝撃が腕を砕くように逆流し、視界が白く弾けた。
三者の力がぶつかり合い、同時に弾き飛ばされる。
砂の上を転がり、背中が焼けるように痛い。
息が、できない。
(相打ち)
つまり、二人でようやく互角ということ。
それが現実だった。
視界の端で、クラレットが倒れているのが見えた。
気を失っているが大きな外傷は見えない。
僕より上手く捌いたのだろう。
僕は、腹の奥が熱い。
吐き気と一緒に、血が溢れた。
ぐふっ。
(また、死ぬのかな)
身体が冷えていく。
力が抜けていく。
それでも、耳だけは拾った。
遠くから、怒号。足音。
兵の隊列が崩れずにこちらへ迫ってくる。
「ホワイト!!」
スレートの声だった。
次の瞬間、僕の視界は闇に沈んだ。
どれほど時間が経ったのか、わからない。
後で聞いた話では、スレート・シルバーナ将軍が部隊を率いて僕とクラレットを回収し、撤退したのだという。
メイズもまた、戦場から姿を消した。
そして魔物の群れは、指揮を失い、ほどなく討伐された。
僕たちは、ぎりぎり生き残った。
だが、あの瞬間、確かに感じた。
メイズの魔力は、一度目よりも重く、冷たく、そして・・・・・どこか哀れだった。
宿命。
そんな言葉が、強く胸に残った。




