第7話
武州は膳に置かれた食事を掻き込んでいる。
すっかり落ち着いた様子の惣兵衛が尋ねる。
「ときに、武州さまは何故耶蘇教の観音像をご存知だったので」
武州残りの飯に茶をかけつつ、
「摂津の剣術道場に身を寄せたことがある。あそこは領主の高山さまが熱心な耶蘇教の信者だった故、観音像や掛け軸を目にする機会があったのだ」
言葉を切り、お茶漬けを一気に啜るとひとつ息を吐いて、
「それに、ミネが両の手を握り締めるように祈っていただろう」
あら、と自分の手を見つめるミネを見て、微笑む惣兵衛。
箸を置く乾いた音が、再び空気を引き締める。
武州は再び記憶を辿り、
「あれは、確かに耶蘇教の祭壇を見て立ち尽くしていた」
「何故とは言えぬが、わかるのだ。——化け猫は、耶蘇教と関わりがある」
武州の言葉は消えずに、澱のようにその場に留まっていた。
翌朝、長崎街道には再び旅装束を纏った武州と惣兵衛の姿があった。
耶蘇教、そして南蛮の怪異に関して教えを乞うため、長崎平戸に居住する南蛮人を訪ねるのだ。
江戸時代の始め、寛永の頃に幕府が長崎出島を興すまで、平戸は数少ない海外に開かれた地であった。
港に並ぶ朱塗りの帆柱を立てた唐船からは大きな木箱が運び出され、その向こうには幾艘もの南蛮の巨船が色取り取りの旗を翻して佇む。
町には異人たちが声高に語らう声が響き、独特な異国の香りが漂っている。
この港には香辛料や薬種、玻璃の器、絹織物などが運び込まれ、代わりに日本からは大量の銀や銅、磁器などが積み出された。
博多の豪商たちは薬種や密かに運び込まれた銃を売り捌き、山崎屋は絹織物や香辛料扱い、巨万の富を得たのである。
瓦屋根のありふれた町並みだが、彩り鮮やかな異国の旗が其々に飾られている。
唐人、南蛮人らの横を、近所を散歩するような気軽さで通り過ぎる惣兵衛。
六尺はあろうかという南蛮人たちは、さらに頭半分大きな武州の後ろ姿に目を見張る。
「ここには先代の伊兵衛の供として、まだ一郎太のような右も左も分からぬころに初めて参りました」と惣兵衛。
「山崎屋は殊に和蘭の商人と多くの取引をしております。伊兵衛はその頃和蘭商館長だったヤクスさまとは互いをイルマン——兄弟というほどの仲でした。私はその後を継がれたイレムさまに懇意にしていただいているのですよ」
港から海鳥の声が届く。
ひときわ大きな石造りの建物の前で惣兵衛は立ち止まる。
真っ白な壁に黒い瓦屋根、赤白青の三色旗が風に揺れている。
「こちらが和蘭商館でございます」
和蘭商館の衛士に惣兵衛は蘭語で話しかけ、ふたりは中へと案内される。
入り口で腰から大小を抜き取り、下緒を捌いて右手で刀を持つ武州。
一歩踏み入れたところで、惣兵衛がすまなそうな口調で刀を預けるよう伝えると、無言で大小を衛士のひとりに差し出す。
衛士が両手で刀を受け取り一礼する所作に、武州の口元が僅かに綻んだ。
そこは大きな広間だった。
思わず見上げるほど天井は高く、床板は磨き込まれて黒光りしている。
南蛮の机や椅子が整然と並び、玻璃の窓から白い光が射し込んでいた。壁には格子柄の唐紙が貼られ、絵画や錦糸の織物が飾られている。
正面の階段を登る。
商館長の部屋は、二十畳はあろうかという畳の上に緋色の絨毯が敷かれ、大きな洋卓と椅子が並ぶ和洋折衷の様式。
白い壁に金地の花模様が散りばめられ、萌葱色の柱と窓枠が彩りを添えている。
洋卓の向こう側、絵屏風を背に座る紅毛の南蛮人と男女の唐人がこちらに目を向ける。南蛮人は満面の笑みを浮かべて立ち上がり、
「ソーベエ!」と両手を広げる。
「イレムさま!」と惣兵衛は小走りで近寄り、短く抱き合うと蘭語で言葉を交わす。
暫しの後、惣兵衛は武州に向き直って
「武州さま、和蘭商館長、カピタンのイレムさまです。イレムさま、こちらが私の命の恩人、武州さまです」
六尺の痩身、武州と同じ年頃か。笑い皺の目立つ顔、瞳は深い海の蒼。癖のある紅毛を肩まで伸ばし、美しい刺繍で飾られた南蛮服に身を包んだ「イレム」は、
「初めまして。ウィレム・デ・フリース、オランダ商館の代表です」
と流暢な日本語で挨拶し、右手を差し出す。
武州は懐手のまま、その手を見つめ、
「——剣士か」
「私もサムライですよ」
ウィレムは行方を失った右手で壁に掛けられた細身の剣を示し、いたずらっぽい目を向ける。
——と、真紅の疾風が武州に襲いかかる。
読んでいただきありがとうございます。
AIとか得意じゃないんですが、小説を読ませて「武州の画像を生成して」とお願いしたら、こんな画像が。
日本人には見えませんね……。
https://30d.jp/brighton1114/1/photo/1
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