第6話
新十郎たちが呼んだ町の与力たちが骸を戸板に載せて引き取っていく。
死人、行方知れずに加え、断りなく遁走した者も多い。おそらく無縁仏として寺で荼毘に付されるだろう、殿の与力がそう言い残すと、彼らは静かに店を後にする。
「化け猫は死んだんだ、これで鍋島は元通りに……」
縋るような一郎太の声に、与力は振り返りもせず答える。
「奴らは一匹ではない、日に日に、その数は増えている……」
静まり返る室内。 武州が開け放たれた引き戸を閉め、かたんと心張り棒を落とす。
奥の座敷で、惣兵衛とミネは武州に礼を言う。
女中が膳を運び、酒を注ごうとするが
「今は飯だけで良い」と断る武州。
女中が退室し、惣兵衛は再び口を開く。
「まさか化け猫なる妖が、本当にいようとは。今でも信じられません。旅先で武州さまは遠国にも行かれたと話して下さいましたが、斯様な怪異に触れたことはおありでしょうか」
しばしの間、瞑目する武州。やがて、
「——古くは頼光さまの鬼退治。伊勢や鹿島神社の霊剣の逸話……、岩見殿が信州で狒々を斬ったと言われているのは二十年ほど前か」
「俺も狐憑きなるものは見たことがある。狐に憑かれ人が変わったり、残忍な振る舞いをしたり……」
「だが……、あれは違う。あのようなものは見たこともない」
言葉はそこで途切れる。武州は目を細めるが、その眼差しは何も見ていない。
いや、己の思考の奥底を覗き込んでいるのだ。
やがて武州はゆっくりと口を開く。
「無理強いはせぬが——、大事なことだ、答えて欲しい」
「祭壇に飾られた観音像、あれは耶蘇教のものだな」
顔を強張らせるミネ、そして惣兵衛。
ふたりは向き合って、暫し目で語り合う。
ミネが頷くと、惣兵衛は武州に向き直って、
「全てお話しいたします——」
惣兵衛は慣れた手付きで煙管の雁首に煙草を詰めて火を点けると、ふうと大きく紫煙を吐いた。
「山崎屋の始まりは博多にございます」
「創始者の山崎伊兵衛は、博多の三大豪商として知られる島井宗室さまの二番番頭を務めておりました。——ミネの祖父でございます」
伊兵衛は三十の年にひとり立ちし、鍋島の城下で小さな呉服店を開く。
宗室は南蛮との密貿易で巨万の富を築いた男である。その薫陶を受けた伊兵衛もまた、絹織物の輸入で莫大な利を得たのだが、宗室が金にあかせて薬や武器を買い集め、大名たちに取り入って贅を尽くしたのに対し、伊兵衛は自分で店を構えると、ここ鍋島に寺子屋を開き、町火消しを支援し、折々に炊き出しを行うなど、町衆に慕われる顔役となっていった。
また、番頭時代から懇意にしていた豊後の大友家との繋がりは深く、彼の地で布教に励む伴天連たちとも、浅からぬ縁があったという。
ミネが言葉を継ぐ。
「私は祖父のお気に入りの初孫で、店を継いで多忙を極める両親の代わりに、祖父に育てられたようなものでした」
「隠居した祖父と共に長崎へ、大友家へと足を運ぶようになり、そこで伴天連たちとも言葉を交わすようになり——」
ミネは、そこまで言うと一度言葉を止め、唇を震わせながら深く息を吸う。
「——私は、耶蘇教に帰依いたしました」
ふむ、と微かに声を出す武州。
慌てたように惣兵衛が、
「正直に申せば、初めて聞いたときは面食らいました。されどミネは申したのです、耶蘇教とは誰かに強いるものではなく、一心に神を愛し、隣人を愛する、ただそれだけなのだと——」
惣兵衛はミネを優しく見つめる。
「私は、それを受け入れることにいたしました」
ふたりは不安げな表情で武州を見つめる。
煙管から灰がはらりと落ちる。
武州は何も言わず、小さく頷く。
ぱあっと表情が和らぐミネを見て、もう一度。
蝋燭が、風など吹くはずもないのにゆらりと揺れ、祭壇の中央に飾られた赤子を抱いた観音像の貌に影が差す。
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ますます頑張って執筆したいと思います。
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