第3話
西国街道を西へ。
姫路宿、片島宿、三石宿……、海沿いの街道をひたすら歩いて長府藩下関港に至る一週間余りの道程。共に明石の瀬戸に浮かぶ島々を眺め、土地の酒食を楽しみ、一郎太が茶店のひとり娘に一目惚れされ大騒ぎとなる一幕はあったものの、天候にも恵まれ押し並べて平和で順調な旅だった。
武州の左側が定位置となった惣兵衛は、訪れた町のことから、自分の商い、遠くに霞む城の噂、果ては山陰の温泉の話まで途切れることなく喋り続ける。
武州は聞いているのかいないのか、時折「ふむ」とだけ返し、また黙る。
そして不意に半歩前に出る。
人影が過ぎると、何事もなかったように元の位置へ戻る。
それが三度目のとき、惣兵衛がハッとして顔を向けると、目を逸らして頭を掻く武州。
一行は四日市宿に足を踏み入れた。
「時に、武州さまは九州のどちらに向かわれるのですか」
「肥後で俺を待つ爺いがおってな」
自分のことを多く語らない武州の故郷は肥後であったかと考えていると、
「港が見えましたー!」
と遥か先の坂の上に立つ一郎太の大声。
「いつまで経っても行儀作法が身に付かない不束者でして」
「一郎太は心根が良い。然るべき時が来れば自然と身に付くだろうよ」
目を合わせて笑う二人の鼻先に、潮の香りと港のざわめきが届いた。
坂の上から見下ろす下関の港は、九州の玄関口の名が示す通り、無数の船と人々で溢れ返っている。この時期の海は北風に荒れるのが常だが、この日は風が凪ぎ、天空の色を映した紺碧の水面が広がっていた。
港で九州へ渡る弁才船を待つ一行は、旧知の船宿で主人から妙な噂を聞かされる。
「詳しいことは分からんが……、鍋島では夜になると、何かが出るらしい」
「向こうで商いする連中も、最近は別の土地に回ってると聞く。大方与太話の類いだろうが、火の無いところに……とも言う。精々気を付けなせえ」
船は凪いだ海をゆっくり西へ進む。
惣兵衛は船主の言葉が気に罹り、眉間に深い皺を寄せ、あてどなく船内を歩き回っている。旧知の商人たちを見かけるが、彼らも暗い表情で会釈するだけ。
甲板で右舷に浮かぶ島を眺める武州を見つけると、迷いながらも近づいてしまう。
気配を察した武州は、平素とは異なる様子の惣兵衛に目をやり、ひと言。
「旅の終わりまで一緒だ」
そして再び島へと目を向ける。
背筋が伸びる、惣兵衛。
小倉の港に近づくに連れ、気温がぐっと下がり、空も海も鈍色へと変化していく。
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司馬遼太郎先生は、執筆の際にトラック1台分の資料を収集したと言われていますが、自分は1時間検索しただけで、後は勢いで書いています。明らかな間違いなどあればご教示ください。
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