第11話
轟——と風を裂いて、三頭の馬が長崎街道を北へと駆ける。
武州の乗る漆黒の馬は荒れた大地を蹴り、その背に惣兵衛が必死に縋りつく。
ウィレムは手慣れた様子で白馬を操り、背につかまるディエゴは前方を睨みつけている。
最後尾、メイリンが鞭を入れると赤毛の馬の筋肉が躍動し、さらに加速する。
一路、鍋島へ——。
その前日。
和蘭商館の一室には、緊張した空気が漂っていた。
停泊した船がぎしりと軋む音がかすかに聞こえる。
ディエゴは、部屋の中央でウィレムに押さえつけられ、荒い呼吸でもがいている。
「落ち着け」
ウィレムの声が重く響く。
「ひとりでは殺されに行くようなものだ。話してくれ、教会が秘すヴァンピーロとは何なのか——」
ディエゴの身体からすとんと力が抜ける。
しばらく沈黙したのち、ディエゴの喉が小さく鳴る。
「奴らは——不死の呪われし者。斬られようとも、血は出ず、傷はすぐに塞がる。
始祖に血を吸われた者は、死ぬか——眷属として蘇る」
「討つ手は三つのみ。
ひとつ、胸に木の杭を打ち込む。
ひとつ、陽光の下に曝す。
ひとつ、首を落とす。
そして——正しく神の祝福を受けた十字架と聖水は、奴らを焼くと言われている」
ディエゴの瞳がわずかに揺れ、胸元の十字架を握りしめる。
今の自分に神の祝福など——
惣兵衛がおずおずと一歩前に出た。
膝をつき、深く頭を垂れる。
「どうか、力をお貸しください。鍋島の町では、人が消え、家々には血の跡が残されております。どうか——」
言葉が途切れる。
武州は少し困った表情で宗兵衛の姿から目を逸らし、
「乗りかかった船だ」
ただそれだけ。
ウィレムが続く。張りのある声で、
「苦しむ民を救うのが貴族の務め——」
自分の言葉にくすりと笑い、
「いや、この事態が南蛮人のしわざだと広まれば、交易が止まり、鎖国の口実にもなりかねません。和蘭商人として、利のために力を貸しましょう」
と美しい所作で礼をする。
それが合図であるかのように衛士が現れ、武州に預かっていた大小を差し出す。
左の眉を上げ、ウィレムを睨む武州。
リュウ・ジンは帽子を取り、
「正直に言います。鍋島で事が起きる前に、我らは情報を得ていました。最も手練れのシャオランを密かに送ったのですが——消息を絶ちました」
メイリンが一歩前に出て、言葉を継ぐ。
「私が兄を取り戻す。そして——」
一瞬武州に目を向け、
「自分の力を、確かめたい」
全員の視線が、ひとりに集まる。
ディエゴは固く結んだ唇を薄く開き、押し殺した声で宣言する。
「必ず、仇を討つ——」
武州はその横顔を一瞥すると、ふっと笑みを洩らした。
「鍋島へ行くぞ」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
それぞれが自分の武器に手を伸ばす。
ウィレムは壁の細剣を衛士から受け取り、鮮やかに腰に収める。
メイリンは床に置いた棍をつま先で軽く跳ね上げ、空中で握り取った。
武州は大小の鞘の位置を一度だけ確かめる。
そしてディエゴは、胸の十字架を強く握り、神の名ではなく、失った家族の名前を静かに呟いた——。
今、三頭の馬が疾走する。
それぞれが、怒り、希望、後悔、使命を胸に携えて。
——だが、彼らが向かう先はひとつ。
鍋島。
読んでいただきありがとうございます。
私事で恐縮ですが、実は昨日から急遽帰省をしています。
数日で落ち着く予定ですが、更新も少しお休みさせてください。
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