第1話
江戸時代の始め、三代将軍徳川家光の治世。
肥前鍋島の城下に「化け猫が出た」と噂された。
藩主の正室を食い殺し、家臣を次々と血祭りにあげ、幼子を攫って喰らう——
その禍は歌舞伎や講談の題材となり、「鍋島の化け猫騒動」として今に語り継がれている。
だが、それは幕府の意向で黒塗りされた表の歴史に過ぎない。
最早誰ひとり語ることのない真実、それは——、
「担いだ荷と懐の銭を渡せば、見逃してやろう」
ここは西国街道——京都と下関を結ぶのちの山陽道。西宮の宿場から五里ほど離れた辺り。半年に一度の京都での商いを今回も無事に終え、鍋島への帰路に着く商家の主人、山崎屋惣兵衛。五十路も半ばとなり好々爺然とした惣兵衛と若い手代の一郎太を、どこか酒臭い四人の浪人姿の男たちが取り囲んでいる。一郎太は惣兵衛を庇うように前に出て震える手で道中差を構えるが、一太刀で道中差を弾き飛ばされると尻を突き、後ずさりしてしまう。
「見逃すのは爺いだけでもいいんだぜ」
下卑た笑い声を上げながら、これ見よがしに白刃を振り回す髭面の浪人。一郎太の尻の下にじわりと水溜りが広がるのを見て、浪人たちの嘲笑が街道に響き渡る。
道行く旅人たちは騒ぎに巻き込まれるのを恐れ、街道の両側一町ほど離れた場所に固まって様子を伺っている。その囀りを耳にした浪人衆の頭目が眉をしかめて周囲の様子を伺ったその時、旅人たちの一団が、すうと左右に割れた。
裂け目の奥から、春の空を押し上げるような大男が現れる。
刀を手にした浪人たちが道を塞いでいるにも関わらず、春の穏やかな陽の下で散歩をするように自然体で歩く男。身体も、腕も、拳も、足も、並外れて大きなその男の身のこなしは臆病な猫のように滑らかで、不思議と風の音はするのに、その歩みにだけ音がない。
近づいても歩を緩めるでもなく、目線を向けるでもなく、ただ無心に通り過ぎようとする大男を、見惚れるようについ目で追ってしまう浪人たち、そして惣兵衛たち。
真っ先に我に帰った頭目が慌てて大声を出す。
「おいてめえ、舐めてんのか!」
その声に反応して配下の浪人たちも口々に叫びながら白刃を大男に向ける。
「止まれ!」「おらっ!」
大男は立ち止まり、ようやく気づいたかのように辺りをゆっくりと見回す。
面白そうな表情で見つめる惣兵衛と目が合うと、少し驚いたように左の眉を上げるが、再び浪人たちに目を向けると、ため息と共に静かに一歩を踏み出す。
後退りしながら刀を構える浪人たちのひとりが刀を上段に構え、
「叩っ斬って……」
言い終わる前にその身体が吹き飛んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
初執筆、初投稿です。
勢いで10話まで書いたので、最初の10話は毎日更新します。
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