告白練習サークル
告白練習サークル
大学のサークル活動において、もっとも人に説明しにくいサークルのひとつが、我ら「告白練習サークル」である。
なぜそんなふざけたサークルが存在するのかと問われれば、それはもはや歴史的必然であったとしか言いようがない。
人間にとって恋愛とは大イベントである。とりわけ大学生にとっては、試験やゼミ発表や就活などよりもはるかに重要である。……と、我らは本気で信じている。
しかし、肝心の告白は往々にしてぶっつけ本番だ。準備ゼロ、練習ゼロ、リハーサルなし。そんな大勝負に素人が挑むなど、無謀もいいところである。
ならばどうするか。
答えは明白だ。練習すればいい。
こうして、むさ苦しい男子学生だけが五人集まり、サークル棟の片隅に小さな部屋を借り、我ら「告白練習サークル」は誕生したのである。
我らは告白だけに重きを置き、出会い、徐々に親しくなる等のプロセスは全く無視しているため、このサークルからは誰一人として彼女はできたことはない。
それでどころか誰も告白自体したことがないのだ。
しかも、彼女ができたらサークル追放という掟もあり、まさに本末転倒の意味のないサークルなのである。
活動内容は至ってシンプル。
一人が“告白役”を務め、残りが“女子役”を演じる。
「わ、わたし……佐藤くんのこと、好きです……」
「ふふ……実はわたしも」
ヒゲ面の工学部男子が裏声を駆使して小芝居を打ち、他の三人が見守る。傍から見れば茶番も茶番だが、我らはいたって真剣である。
なぜならこの稽古を通じて、声量、間の取り方、視線の使い方、手の位置、そういった実践的な技術を磨いているからだ。
だが、当然ながら笑いは絶えない。むしろそれが楽しくて仕方がなかった。
部長の田村は言う。
「よいか諸君、我々はふざけているように見えて、実は真剣だ。愛とは戦いであり、告白とは決戦である!」
熱弁を振るう姿は、もはや恋愛軍師である。しかし、彼も当然童貞だ。
そんなある日。
サークル棟に現れたのは、一冊の文庫本を抱えた女子だった。
文学部の図書室で何度か見かけたことのある人。僕が密かに気になっていた人だった。
事情を説明すると、彼女は首をかしげてから、少し笑って言った。
「……面白そう」
その一言で、我らが男の園に、初めて本物の女性が足を踏み入れることとなった。
空気は一変した。
全員の背筋が伸び、急に真剣みを帯びた稽古場に変貌する。
そして当然の流れで、告白役に指名されたのは僕だった。
「小林!お前が行け!」
「お前しかいない!」
「ここで決めろ!」
「骨は拾ってやる!」
仲間たちの無責任な激励に押し出され、僕は教室の真ん中に立たされた。
視線の先にいるのは、長い髪を耳にかけ、本を抱えたまま静かにこちらを見ている彼女。
心臓が跳ねた。
舞台に上がった役者のように、逃げ場はどこにもない。
口を開いた瞬間、僕の舌は暴走した。
普段なら「好きです」の二言で終わるはずの告白が、なぜか気合の入りすぎた長文になってしまったのだ。
「君の瞳は夜空に浮かぶ星々を凌駕し、君の笑みはこの世界にただ一つ残された希望の灯火だ。その清流のような髪はなびく度に僕の心を洗い、誰にでも優しく包み込むような心に僕はいつも助けれれている。僕は凡庸で、不器用で、しょっちゅうノートを忘れて君に借りてばかりいる愚か者だが、それでも君がいないと呼吸さえ難しい!どうかこんな不束者の僕だけどお付き合いしてもらえないでしょうか!!」
言い終わった瞬間、部屋の空気が凍りついた。
僕自身、何を口走ったのか理解できず、顔が真っ赤に火照るのを感じた。
だが、彼女は少し黙ってから、肩を揺らした。
そして、ほんの小さな笑みと共にこう言ったのだ。
「……ふふ。面白いね」
それが照れ隠しなのか、本気で笑われたのか、僕には判別できなかった。
仲間たちは「よくやった!」「歴史的快挙だ!」「今日は宴だ!」「赤飯を炊け!」と肩を叩き合い、
なぜか全員が勝者のような顔をしていた。
当の僕は、頭が真っ白で、返事を聞くこともできなかった。
ただ彼女の笑みだけが、胸の奥でいつまでも反芻されていた。
——その日を境に、僕と彼女の関係がどうなったのか。
それはここでは語らないでおこう。
ただ一つだけ言えるのは、告白練習サークルの歴史において初めて、練習が本番に変わった瞬間が訪れた、ということだ。