その後の王国(??視点)
追加します。
とあるモブ視点で、イオリスが去った後の国についてのお話になります。
チェリアが来る前です。
「全く、イオリスのやつ一体どこをほっつき歩いているんだっ」
「……王太子殿下、こちらの方も今日中にお願いいたします」
「わかってるっ!」
今日も今日とて王太子の執務室には怒鳴り声が響く。補佐官の一人であるアストンは深いため息を隠すので精いっぱいだった。
今から一年ほど前になるが、ここサーンス王国の第二王子が突然行方不明となった。理由は不明。護衛を担っていた騎士や専属侍女らに問い質しても、明確な答えは得られぬままだ。第二王子ならば多少行方をくらましたところで、大きな影響はないだろうと国王をはじめ、大臣らも大した捜索もせずにのんびり構えていた。
だが王太子付きである補佐官らからしてみれば、その衝撃は計り知れないものだ。何せ、ここ数年の王太子が行う政務のほとんどが第二王子に頼り切りだったのだから。王太子の行ったこととされているほぼすべてが、第二王子主導で行われていた。王太子自身は恋人たちの逢瀬や、友人との豪遊で忙しく、碌に書類にさせ目を通していない状況だったのだ。
今もなんとか王太子に署名をはじめ、ある程度の政務をやってもらってはいるものの、一年前に比べればその処理速度は比較をすることさえ馬鹿らしい。本来ならば王太子が考え、思考するものなのだが、王太子が行う処理のほぼすべての基準が第二王子が残した記録となっていた。どちらが王太子としての器があったのかなど、ここにいる補佐官全員がわかっていた。
「おい、これはどういうことだ⁉」
「どういうこととは?」
「この日はパーティーに出ると伝えたはずだ! 何故、視察などに向かわねばならん!」
そのパーティーに参加している余裕などないからだ。そもそも視察と貴族家で行われるパーティー。どちらが重要であり優先されるべきかなど、言わなくてもわかるはずである。だがこの王太子は、己の欲求がまず先に来る。何故、かなどアストンに聞くこと自体が間違いだ。王太子はアストンへと指示する立場なのだから。
「もういい! お前では話にならん。アッシュを呼べ!」
「……第三王子殿下では処理できません。これは王太子殿下が行われる執務です」
「イオリスはやっていただろう! ならばアッシュでもできるはずだ」
弟王子ができるのであれば、兄である王太子もできるはずだ。前提として弟に押し付けようとすることを、どうして当たり前だと思ってしまうのだろうか。
そこまで考えて、アストンは苦笑してしまった。出来ていた人がいたからだと。第二王子は、ずっと前からこの王太子の補佐をしており、その代わりを務めてきた。弟が兄を支えるのは当然だと。そしてそれを可能にする力が第二王子にはあった。
「お言葉ですが、これ以上執務をお溜めになられるようであれば、我々補佐官にも考えがあります」
「考えだと? そもそも俺の仕事がこれほどあるのは、お前たちが無能だからではないかっ」
「それらは我々が処理する権限を持ち得ないものばかりです。それを処理できるのは王太子殿下のみでございます」
「今まではそうじゃなかったはずだ!」
「第二王子殿下が王太子殿下の代わりに色々と動いてくださっていたからです」
理由などそれ以外にない。それでも第二王子は、これまで行ってきた執務のことをすべて記録に残している。だからこそ、王太子でもそれを真似ることでなんとか形になっているのだ。正直に言えば、王太子がやるよりも補佐官らがやった方が速い。むしろ王太子がやることが逆に色々な作業を滞らせている。不敬になるため、言葉にはしないけれど。
「っ……もういい! お前はクビだ! 役に立たない補佐官などいらんっ」
「これで何人目でしょうか。まぁいいです。ですが覚えておいてください。これ以上第二王子殿下と共に働いていた補佐官を解雇しつづけると、貴方は王太子ではいられなくなりますよ」
「なんだと⁉」
「それでは失礼いたします」
アストンは最後通告だとでもいうように告げて、王太子の執務室を出ていった。
補佐官を解雇されたとしても、王城の文官を解雇されたわけではない。だが、現時点でアストンが持つ国に対しての忠義は薄れてしまってきている。
回廊を歩いていると、おしゃべりをしている侍女たちの姿見えた。楽しそうに働く侍女もいれば、一年ほど前から憂いを見せるようになった侍女らもいる。護衛騎士たちも同じだ。サーンス王国は悪い国ではない。居心地が悪いわけでもなかった。王太子は別格だが、少なくとも第二王子がいなくなる前まではこの地で生涯を過ごすのだと思っていた。
「たった一人、王族が消えた。それだけなのに、こうも変わるものなのですね」
なんとなく足が向いて、アストンは第二王子が住んでいた居住区域へと踏み入れていた。そこは、この王城内で一段と静けさを保っている。主である第二王子がいないだけでなく、そこで働く者たちも書類上はいなくなっているからだ。第二王子の行方がわからなくなったその責任を負わされたという。それでも、彼らはこの場に残り第二王子の部屋を守っていた。おそらく解雇した側は、この場にとどまっているなどと思ってもいないだろう。
「ご苦労様です、皆様」
「……アストン補佐官殿」
「もう補佐官ではありません。王太子殿下に解雇を言い渡されましたので」
「そうですか」
またか、と思われただろう。こうしてアストンだけではなく、補佐官は王太子の下から去っていく。それは同時に第二王子と共に働いた者も去っていくということ。この護衛騎士もそれがわかっているはずだ。
「なぜ皆様はここから離れないのですか? 既に職はないのでしょう。第二王子殿下が失踪した件の責任を取らされ、恨むことはないのですか?」
第二王子が行方不明になったからこそ、彼らは王城で職を失った。そのことについて恨むことはないのか。単純に気になってしまった。だが彼らは顔を見合わせて笑う。悲し気に。
「恨むことなどありません。あの方は、いつだって我々のことを考えてくださる。だからこそ、我々はこの場を守りたいのです。せめて、王女殿下が戻られるまで」
「チェリア王女殿下……第二王子殿下の双子の妹君だからですか」
「はい」
「ではその後は?」
王女殿下が戻られた後はどうするのか。彼らは答えてくれなかった。だがそれが彼らの区切りなのだ。この場所を守るという。
その場を去ったアストンは、文官室へは向かわずに王城を出た。王城の外は明るい。人々の声も空も、明るく光に満ちていた。何の不満もなかった。だからこそ思わずにはいられない。
「何故、貴方はこの地を去ったのですか? イオリス様」
この先、サーンス王国の世代交代が起きるようなことがあれば、間違いなく国は今の平穏を失う。人々から笑顔を奪う結果になってしまう。それを予期していなかったのだろうか。そこまで考えて、アストンはそうじゃないことに気づく。
「そうですね。貴方は、兄弟には甘かった。けれど、あの兄弟たちに貴方の想いは届いていなかった。それだけの話なのでしょう」
自分の価値を正しく理解していなかった。兄弟について甘かった。それが第二王子の欠点だ。だがそれも、いずれは綻びとなって表れていたのかもしれない。既に歪だったのだろう。最後にとアストンはもう一度王城を振り返った。
「イオリス様がいれば、王太子だったならば、と思わずにはいられません。残念です」




