拾ったモノ(リズ視点)
自由貿易都市の端にある森、その奥で一人小さな小屋を作り過ごすようになってから何年が経っただろう。もはや己の年齢すらわからないくらいの年月を過ごした。何十年、何百年と過ごすうちにわからなくなったともいえる。いつしか他人との関わりさえも失くしたリズが、それを見つけたのは偶然だった。
「……生きてはいるが、何故このような場所におるのだ?」
いつものように薬草を採取していると、一人の男が落ちていた。抱き上げてみれば、まだ幼さを残した青年だった。淡い緑色の髪を払いのければ、その奥には整った顔が見える。身なりからして冒険者のようにも見えるが、どことなく生気が感じられない。とはいえ、放置もしておけないとリズは彼を持ち帰ることにした。
イオリスと名乗った青年。年齢は十八ということだったが、それよりは幼く見えた。否、リズからしてみれば十八歳など幼子も同然だ。小屋に留めることになったその青年をリズは観察した。
サーンス王国の第二王子。今では行方不明扱いとなっている王子だ。自由貿易都市の外れにあっても、情報くらいは届く。その当人だというイオリスは、どこか儚さを持っていた。この地へ来た理由は聞かなかったが、国を出てから旅をしてきたという。誰も伴わずたった一人で。そうして一人で死ぬつもりだったと。
拾った時は気づかなかったが、イオリスの魔法力は異様に高いものだった。リズも強い魔法力を持つ者だ。その力があるからこそ、不老に近い状態で生き続けている。そうしなければリズは生きていけなかった。その術を教えてくれた師はもういないけれど、恐らくイオリスもリズと同じだったのだろう。
イオリスの身体は、あちこちが壊れかかっていた。強すぎる魔法力が体外に出ることが叶わず、イオリスの身体を破壊しづつけた。ある程度の自己治癒力があるとはいえ、補えぬほど破壊されればその先にあるのは死だ。既に取り返しのつかない状況にあるイオリスを救うことは、リズであってもできない。もっと早く、いやもう十年早く出会っていれば……。
出会ってから一か月。イオリスは静かに息を引き取った。王族として生を受けたのであれば、もっと救う方法もあっただろうに。もっと生きたいと、死にたくないと望めばよかったのに、最期までイオリスは恨み言も憎しみも言うことなく、儚く笑って亡くなった。
悔いはないのかと聞いても、イオリスはないと答えた。望みはないかと聞いても、それは同じだった。何も望まない。強いて言うならば、申し訳ないと。イオリスの我儘を聞いてくれた人たちには謝っていた。それは護衛や侍女たちであって、両親や兄弟に向けてではなかった。そのことが、イオリスの育った環境を物語っている。
イオリスの亡骸をリズは近くにある湖へと鎮めた。弔うと約束した。だが、そのまま地に埋めることはできなかった。せめて、安らかな眠りをと、水神が宿るといわれる湖へと鎮めたのだ。この湖の中であれば、イオリスの身体も朽ちることはない。遺したかった。彼が生きた証を。忘れられることを望んだ彼の願い通りではないけれど。
「たった一か月、じゃが妾にとっても楽しい日々じゃった。安らかに眠れ、イオリス」