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最期の時まで

悲恋というか悲しい話が読みたかっただけでした<(_ _)>


「殿下、申し上げにくいのですが」

「いいから、気にせず教えてくれ」

「……もってあと一年、かと」


 王宮の筆頭医師から告げられた言葉は、半分予想通りでもあった。自分の身体のことだ。誰に言われるでもなく良くわかっている。ただはっきりと告げてほしかったのかもしれない。それが事実だと。淡い緑色の前髪が揺れ、その奥にある深い青色の瞳を閉じるとゆっくりと息を吐いた


「イオリス殿下」

「……最後に一つだけ、頼みがある」

「何でございますか?」

「このことは、誰にも……父にも母にも、誰であっても言わないでもらいたい」


 誰であっても。両親でも兄弟でも、それ以外であってもだ。その言葉を聞くと、その医師は険しい表情となる。だがその決意が揺るがないのだと理解したのか、深々と頭を下げた。


「承知、いたしました。イオリス・サーフィア殿下」

「感謝する」


 医師に礼を告げてから、イオリスは部屋を後にした。

 回廊を歩いていると、賑やかな声が届く。外を見れば、侍女たちが洗濯をしている姿が見えた。天気が良いので外で行っているのだろう。医務室が近いこの場所は、侍女たちの仕事場に近い。幾度となく見た光景だが、それだけここでの時間が穏やかだということだろう。

 王城内にある自室へ戻ったイオリスは、人払いをする。こちらが何かを言うまで誰も立ち入らせないようにときつく言及して。そうして一人きりになった部屋で、イオリスは机の前に立った。一瞬目の前が真っ暗になり、思わず机の上に右手を付く。


「っ……」


 と同時に胸に痛みが走り、左手で強く掴んだ。何度も深呼吸を繰り返すが、治まることはない。ここ最近はこうなることが多かった。

 イオリス・サーフィアは、この国の第二王子として生を受けた。兄が一人、妹が二人と弟が一人おり、今の年齢は十七歳。学院に通いながら、兄である王太子の補佐という名の雑用を担っている。兄は既に二十歳を過ぎているが、まだ遊び足りない部分があるらしく、その分滞った仕事をイオリスへ押し付けていた。それについては慣れているため、今更不満の一つを言うわけではない。双子の妹であるチェリアならば不満を言うだけでなく、仕事も差し戻すだろうが。


 そんなイオリスが自分の不調に気が付いたのは、もう十年も前だった。この世界にある魔法という力。その魔法力がイオリスとチェリアは特に強かった。双子という特異性も起因となっているのだろう。第一王女という立場に在るチェリアはその魔法力を有効活用するとして、王都から少し離れた宗教都市の大聖堂に移り住み、祈りと称して魔法の力を輝石へと注いでいる。輝石は魔力を秘めた石のことで、それさえあれば魔法力がない者でも、その力を扱うことが出来るのだ。チェリアは常に魔法力を使うことで、己の中にある力を制御していた。

 だが、イオリスは違う。闘う力として魔法力を扱うことはあれど、強すぎる力は周囲を破壊しかねない。ゆえに、イオリスは己の中にしまっておくことしかできなかった。それが仇となり、今はもう取り返しのつかないところまでイオリスの身体を壊してしまっているらしい。扱いきれない力は身を亡ぼす。その通りなのだろう。持て余しすぎたのだ。今の状態であれば、一年持つか持たないかというところまできたらしい。イオリスからしてみれば、良く持った方だと思っていた。


 あと半年、それが精々イオリスの状態を隠し通せる限度。それまでの間に、後始末でもしておこうかと考えて、一番厄介な問題に気づく。

 それは婚約者の存在だった。イオリスには五年ほど前から婚約をしている一つ年下の令嬢がいる。バレンシア伯爵家の長女であるレティシャだ。鳶色でウェーブがかかった髪、まっすぐに向けられる紅の瞳。引っ込み思案な性格であるのだが、その瞳の色の所為で誤解されやすいがとても優しい令嬢だ。良好な関係を築いているけれど、このままにはしておけない。かといって正直に告げることもできなかった。ではどうするか。


「……」


 レティシャとイオリスの婚約は、第二王子であるという立場が大いに関係していた。イオリス自身はこれまでの五年間のこともあって、レティシャには親愛の情を抱いてはいる。それが異性に対するものではなくとも所詮は政略結婚なので、そういうものだと思っている。

 一方で、一つ年下の弟がレティシャのことを気に入っていることも知っていた。イオリスとの婚約が決まった時、ものすごい形相でイオリスを睨みつけていたことを思い出す。政略結婚であり、そこにお互いの意志はないと告げれば、更に煽ることになってしまい暫くは口も聞いてくれなかった。今でも時折挨拶を交わす程度で、仲が良いわけではないけれど。それもレティシャが原因なのだろうということは、弟の傍にいる侍女たちの言葉で理解していた。

 ちょうど再来週に王城ではパーティーが開かれる。いつもならば、イオリスからレティシャへとドレスなどを贈っていた。だが今回は贈らない。かといってレティシャに恥を搔かせるわけにはいかない。


「どうやって煽ってみるかが課題だな」


 今後のこと。両親は公務に忙しいため、子どもたちのことなどさして振り返りはしない。半年顔を合わせないことだって多々あった。兄は激昂するだろう。妹たちは、どう反応するだろうか。少なくとも、チェリアは悲しんでくれる。そう考えて、イオリスは筆を執った。



 それから八か月。イオリスは国を出て、他国を渡り歩いていた。すべてを放り出して、一番身近にいた護衛たちにも侍女にも口留めをし、同行を希望する者たちもすべて断りを入れ、たった一人で。

 最終的にたどり着いたのは、自由貿易都市と呼ばれる土地だった。これがイオリスが移動できる限界だったのだ。旅をする途中で、冒険者の真似事をしてある程度稼いではいた。不調の原因となる魔法力を扱うことで、少しでも長くとは思ったがそれも既に手遅れだった。気づいた時、イオリスは小さな小屋にいる少女に拾われていた。


「お主、死ぬ気だな」

「……貴女は?」

「妾はリズじゃ。そういうお主は誰じゃ?」


 少女らしからぬ口調で話す不思議な娘。森の奥で倒れているイオリスを拾ったという。ただ名前だけを告げると、リズは眉を寄せた。


「サーンス王国の行方不明の王子というのはお主のことじゃったか」

「……それは確かに俺かもしれませんね」


 口調がそれだからか、何故か幼子とは思えずイオリスはリズに対し、丁寧な口調で話をしていた。それを気に留めることもなくリズは淡々と現状について語る。


「騒ぎが起きていることは知らぬのか? 王子という立場に在りながらすべてを捨てて、お主は何をしようというのじゃ」

「何も……ただ、死ぬ場所は自分で選びたかった。それだけですね」

「……」


 それだけだった。言葉に出してから理解する。あのまま王城にいても結果は変わらない。第二王子としての義務と責任を果たし、そのまま死ぬことだってできた。それをしなかったのは、最期は自分らしく生きて、自分の望む場所で死にたかったからだろう。


「城での生活に不満でもあったか?」

「何もありませんよ。俺がいなくとも、それほど困ることもありませんし、数年経てばいたことすら忘れるでしょう」

「お主……」


 そういう人間がいたかもしれない。仮にも王子だったのだから、それくらいはあるだろう。だが、行方不明という形であれば思い出されることはそうそうないはずだ。姿を消した碌でもない王子として、非難されるくらいか。


「そうしてくれればいいんです。誰も傷つくこともない」

「……身体、蝕まれておるな」

「はい」

「それでいいのか? 本当に」

「いいんです」

「やり残したことは本当にないのか?」


 やり残したこと。そもそもイオリスの人生でやりたいということもなかった。ただ、流されるまま、そう過ごしてきた。悔いがあるかないかという以前に、イオリスという人間は空っぽ過ぎて、何かを為そうと言う気概も、そんな力強さもない。


「……助けてくださってありがとうございます。貴女も、俺のことは忘れてください。邪魔をしました」

「待て! そんな身体でどこへいこうという?」


 動かない身体を必死で起こすと、イオリスはなんとか立ち上がろうとした。だが思うように身体が動かない。否、たぶんもう無理なのだろう。最後の最期で誰かに頼るなど不甲斐ないと、イオリスは舌打ちをする。


「……そんなに死にたいならばここでも構わぬだろう。今はここにおればいい」

「リズ、さん?」

「妾しかおらぬ。ここには他の誰かが来ることもない。お主が死した時は、弔ってやってもよい。それまで、妾の話し相手でもしてくれ」

「……」


 死ぬその時までここにいろ。それがもう遠い日ではないことはイオリスにはわかっている。もしかしたら、リズにもわかっているのかもしれない。どのみち身体は動かないのだ。イオリスは諦めることにした。今更どこに行きたいわけでもないのだからと。


 それから一か月。イオリスはリズと共に過ごしていた。身体は動かないし、イオリスが返事をすることがなくてもリズは話しかけてくる。それが子守歌のようにイオリスの中に溶けていった。


「最期に貴女に会えて……よかった……ありが……」


 それがイオリスの最期の言葉だった。




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