冒険を終わらせるもの
【99階層 】冒険を終わらせるもの
そこにいたのは、まさに魔王と呼ぶにふさわしい存在だった。
漆黒の鎧をまとい、まるで闇そのものを形作ったかのような姿。
背後に広がるのは、天井すら見えぬ闇の空間。
どこかの城の王座か、それとも処刑場か──玉座らしきものに深く腰をかけ、こちらを睨みつけている。
燃えるような赤い目が、じっと俺を見据えた。
魔王がゆっくりと立ち上がる。
足元の床がひび割れ、まるで世界そのものが拒絶を示しているようだった。
(……来る)
次の瞬間、俺の体に全身を貫くような圧力が襲いかかった。
物理攻撃、魔法攻撃、精神攻撃──すべてが同時に。
黒い剣が、空間そのものを引き裂く勢いで振り下ろされる。
それと同時に、周囲の闇から無数の魔法弾が俺を包囲する。
さらに、視界の端が歪む。
脳の奥に直接響く、何かが侵食してくる感覚。
──精神攻撃。
(同時に、か……!)
「踊るしかない!」
俺は「激しく踊りながら素早く移動して回避」のスキルを発動。
魔王の剣が振り下ろされた瞬間、俺の体は本能のままに回転し、紙一重でかわす。
轟音とともに、剣が床に叩きつけられる。
大理石のような床が砕け、衝撃波が四方に広がった。
「チッ……!」
その余波を最低限の動きで躱しつつ、俺は魔法攻撃の雨を見上げる。
(全部避けるのは無理だ)
なら──
俺は「魔法反射の外套」を翻す。
瞬間、無数の魔法弾が弾かれ、逆に魔王へと飛んでいく。
だが、それでもなお──
視界の端が揺らぐ。
気づけば、俺は──
幸福な世界にいた。
──食卓。
温かい料理。
家族の笑顔。
苦しみのない日常。
戦いのない世界。
何一つ、冒険などしなくてもいい世界。
(……なるほど、こういう手で来たか)
そして、俺はかつて同じような攻撃を受けたことを思い出す。
『この攻撃、前にもどこかで……』
過去の経験が力になったのか、かろうじて精神攻撃を弾き飛ばす。
視界が一気に元に戻る。
目の前に立つのは──魔王。
今度は、赤い瞳が俺を試すように細められていた。
その瞬間──
黒い稲妻が走った。
反射的に飛びのく。
だが、その一閃は俺の「耐熱の手袋」をかすめた。
次の瞬間。
ボロッ……
手袋が、粉々に砕け散った。
(……なるほど、装備を破壊する能力か)
「冒険を終わらせるもの」──
その名の通り、あらゆる方法で俺の冒険を終わらせようとしている。
だが、
(今までも、ダンジョンはあらゆる方法で冒険を終わらせようとしてきたが、自分はすべて乗り越えてきた)
このボスはダンジョンそのものだ。なら、ここまで来られた自分が倒せない相手じゃない
過去の強敵たちとの経験を武器に、少しずつ、だが確実に、ヴァイオリンによるタコ殴りでダメージを与えていく
そうして、全ての力を出し尽くした時……
ボスは崩れ落ちた。
これで終わりなのか…
だが──
変身
魔王の体が震え、宙に浮かぶ。
そして、その体の半分以上が精神体へと変わっていった。
(ここからが本番か……!)
炎竜の炎、グラサンの威圧、歴戦の強敵たちの技
あらゆる攻撃が飛んでくるが、最大の問題は──
攻撃が通じない
機を見てヴァイオリンで殴ってもダメージがほとんど通っていない
「……なんて防御力だ」
素早さも上がっていて攻撃を当てること自体が難しい
完全に手詰まりだ
(これが通じなければ……)
俺は「水洗トイレ」「丸呑み」「道草」のスキルを組み合わせる。
水の渦。
(動きが速く当てづらいが……!)
「ヴァイオリン!」
俺は「魔法杖のヴァイオリン」の力で渦を的確に魔王へぶつける。
だが、すぐに抜け出してしまいそうだ。
──なら、これしかない。
「スキル強化の秘宝」を使う。
(これでダメなら打つ手なしだ……)
水洗トイレのスキルが大幅強化され、強力な海流へと進化する。
それでも、まだ足りない。
奇跡の指輪が輝き、砕け散った。
「丸呑み」も強化され、渦はもはやブラックホールのような凄まじさに。
だが、それでも……
まだ足りない。
勝てないのか……
咄嗟に頭によぎる
妙な吟遊詩人が言っていた……
「終焉」は人生の終わりを迎えやすくなるスキル──
俺は「スキルを奪われし者」の力を発動。
魔王に「終焉」のスキルを押し付ける。
すると、魔王の動きが鈍る。
魔王は抗う。
渦の中に飲まれかけながら、強引にその力を抑え込んでいる。
──まだ、足りないのか。
ほぼ吸い込まれている。
あと、一押し。
ほんの一押しあれば……
何かが……何かが必要だ……!
(……そうか)
俺は深く息を吸い込む。
魔王はまだ踏ん張っている。
だが、そこに俺は
「くしゃみスキル、発動!」
「……ハ……ッ」
「ハァ……」
俺はくしゃみの直前で、スキルを魔王に押し付ける。
──くしゅんっ!!
魔王の顔が一瞬歪んだ。
──たった、それだけのこと。
しかし、それだけで十分だった。
その刹那、わずかに保っていた均衡が崩れ去る。
──瞬間、魔王の最後の踏ん張りが崩れた。
暗黒の渦が収縮し、まるで最初から何もなかったかのように、その場から消滅する。
ただ静寂だけが残る。
冒険を終わらせるものは、終焉を迎えた。




