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第二十四話 最終日

現在時刻八時四十分。

二日目の開会式を終えた俺と月冴は体育館の前でパンフレットに目を通していた。

初めて読んだパンフレットには色々と出し物の紹介が書かれており、もちろんそこには俺たちのアニマルカフェ、古水のたこ焼き屋、甘夏のお化け屋敷も載っている。

ここの二つと天文部には流石に行っておきたいところだな。

次のページはステージ紹介。

ダンスにバンドに民族舞踊……民族舞踊?

まあそういうのもありなのか。

無駄な思考で疲れたくはないから深くは考えないでおこう。


「火月さんはどこに行きたいですか!?」


月冴は昨日の疲れで少し滅入っている俺とは違い目を輝かせ楽しそうに笑った。

正直あんなにも接客が辛いとは思ってもいなかった。

あれが午後もあるとなると流石に嫌になるものだ。

頑張って滅入る気持ちを我慢しながら俺はまず天文部のプラネタリウム観望会に指を刺した。

距離的に離れた方から行くべきだからな。


俺たちは歩いて実習棟を上がり天文部の暗室に入る。

中には子供連れの夫婦と生徒たちがちらほら、端には日野の姿。

甘夏がここに居ないということはクラスの方に行っているのか。

入ってすぐ日野がこちらに気づいたのか近寄ってきた。


「やあ来てくれたんだね」

「はい、少し気になっていましたし」

「本当? ありがとう。そんでそっちは……おいおい嘘だろ」

「月冴琴音です……」


わかりやすく恥ずかしがる月冴。

言われ慣れているだろうに、俺が隣にいるからだろうか。

口をおおっ広げる日野の誤解を適当に解き俺と月冴は手前の空いていた席に腰を掛けた。

ここに初めて来た時からプラネタリウムには少し興味があった、さあゆっくり楽しもう。


今度は実習棟から出て教室棟の方へと向かう。

昇降口付近は相変わらず人が入り乱れているが水族館ほどでは無い。

それにしてもプラネタリウムというものはやはり中々良いものだった。あの落ち着いた空間に煌めく星座。

星についての知識は夏冬の大三角形ぐらいしかない俺でも楽しむことができた。

今度落ち着いた時にでもまた行ってみよう。

星も面白いものだ。

月冴の方に目をやると手に持ったパンフレットをまた見ていた。

まるで遊園地のパンフレットにはしゃぐ子供みたいだな。

なんて思いクスッと笑うが、パンフレットを今朝初めて読んだ俺よりは偉いと言えるだろう。


昇降口を横切ると目の前には甘夏のクラスが営むお化け屋敷が見える。

結構繁盛しているのか列ができていた。

少し待つことにはなるがこのぐらいならいい。

案内役の生徒に指示され教室の中に入ると中は薄暗く辺りには血のついたお札がベタベタと貼られていた。

なになに「赤のお札を見つけたらそれを持って出口のお墓に貼ってね」か、目的はわかりやすいな。


「月冴、赤のお札が必要なんだ……月冴?」


月冴は俺の服を掴み尾を隠しながら後ろに隠れていた。

おいおいまさかお化けが苦手なんですとか言わないだろうな。


「すみません、私驚かされるのが苦手なんです」


そっちなのか。

お化けが苦手はよく聞くが驚かされるのが嫌な方は初めて聞いた。

妖術師の名家で当主様でもある人間が作り物のお化けを怖がっているなんてなんとも面白い構図だが俺は吹きそうな口を我慢して月冴に話を聞く。


「嫌ならそうと言ってくれれば良かったのに」

「いえ、お化けは苦手というか好きな方なのでお化けだけは見たいなと思ってつい……」


ついじゃないんだよついじゃ。

全く、おてんばお姫様には困ったものだ。

俺は腰に手を置いてホッと息を吐き、月冴手を掴んで強引に連れ出した。

これは言ったら素人が作ったお化け屋敷。

お化けが出てくるであろう場所ぐらいなら大体予想がつく。

と、考えているうちに一つ目のポイントについた。

何か書かれた看板の近くには細長いお墓に見立てられた教室の掃除用ロッカー。

明らかに出てくるならここだな。

……そうだ、看板の文字を月冴に読ませてみよう。


「月冴、あれには何て書いてある?」

「えーと『墓の前で合掌を三回しろ』と書いてありますね」

「どうぞ」

「わ、私がやるんですか!?」


俺は頷き一歩後ろに下がる。

月冴が驚く瞬間を見るのは滅多にないことだからな。

嫌そうに墓の前に立ち手と手を合わせて三回パッパッと合唱をした。

数秒待つ。

なんだ、何も起こらないぞ。

中のやつが寝ているということは流石にないと思うが……わからんな。

仕方がないので次のゾーンに進む。

そこからはザ・お化け屋敷という感じで、障子から腕が伸びてきたり置物が勝手に動いたりなど少し驚くようなものが続いた。

もちろん月冴には大ダメージですっかり目を瞑り続けてしまっている。

赤のお札は見つけたが月冴がこれじゃあな。

最後の場所くらいは見てほしい。


目の前には明らかに最後のエリアであるだろう一際目立つお墓があった。

明らかに中からバーンと出てくるタイプのやつだ。


「月冴、最後の所だぞ」

「はい、早く終わらせましょう」


全く目が開いてないんですがその強気な言葉はどこから出てくるんですかね。

頭を少し掻き、何とか月冴にやらせようと考えた俺は無理やり月冴を俺の前に立たせる。

肩をがっちり掴んでいるため逃げだすことはできない。

俺の意図を感じ取った月冴は赤のお札を強く握りしめ震える手でお墓の方に手を伸ばす。

あとはそれをお墓に貼るだけ、頑張れ。


「あとちょっと、あとちょっと……ついた!」

「わあああああ」


白装束の女子生徒が低い声を上げながらお墓から飛び出して来る。

やっぱりそうなるよな、わかりやすいものだが文化祭にしては高クオリティだ。

俺はまじまじとお化けの方を見る。

耳にはみかんのピアス。

もしかして、


「もしかしてお前、甘夏か?」

「正解です」


甘夏が白装束の幽霊役。

適材適所というか、なんかこう、少し面白い感じがするな。

笑うのを我慢しながら月冴の表情を確認するために回り込む。

さて、どんな表情をしているのやら。

月冴は真顔だった。


「あれ、なんで月冴はこれに驚いてないんだよ。ここって一番驚く所じゃないか」

「はい、でも流石にこれを見たらここから出て来ることくらいはわかりますので、ちゃんと耳と目を瞑って対策しておいたんです」


それじゃあ元も子もないだろ。

俺は月冴の驚いた表情を見られなかったことにため息をつきながらお化け屋敷を出た。

完全に不完全燃焼だ。

ここまできたなら月冴の驚く顔が見たい。

何かないかと考えながら次は古水のクラス、二年D組が営むたこ焼き屋に足を運んだ。

たこ焼き屋があるのは昇降口前の広間。

ここも意外と沢山のお客さんがいる。

文化祭なのだから案外どこも人気になるものなのか、向かい側のケバブ屋も列ができている。


「お、二人とも来てくれたんだ」


屋台にはタオルを頭に巻いた古水が店番をしていた。

さすが定食屋の娘、よく似合っている。


「普通のたこ焼き二つで」

「かしこまり。ソースたこ焼き二つ追加ー! で、どうだった?」

「どうだったって何が?」

「もー二人で回ったんでしょ、感想は」


なるほど、そういうことね。


「そうだな、結構面白かった」

「そうですね、特に面白かったのは天文部のプラネタリウムですかね」

「あーあまなっちゃんの部活の、私まだ行ってないんだよね」

「直継なら今日も午前当番だから一緒に回れるぞ」


鋭い目つきで俺の方を睨みつけてくる。

怖い怖い、まるで獲物を狙うライオンだな。

肩をすくめ月冴を残し俺は屋台から少し離れる。

ああいう話題に俺みたいな存在は不要だからな。

ここは自分から身を引くべきだろう。

スマホで時刻を確認する。

あと一時間は余裕がある、どこかで喋りながらたこ焼きを食べて時間を潰そう。

できれば人気の少ない場所がいいな。

俺は広間から少し外れたベンチの上に座る。


その後、月冴は片手にポリ袋を増やして俺の方にやってきた。

どうやらケバブ屋のおじさんと古水が知り合いらしく、「古水ちゃんの友達なら」と言って無料でくれたそうだ。

古水とそのおじさんがどれぐらいの仲なのかは知らないが優しい人だなと思う。


俺たちの間に袋を置いて、そのまた上にたこ焼きを乗せる。

ソースと鰹節の具合が最高に美味そうだ。

早速輪ゴムを外し蓋を開けると湯気が上がり辺りにソースの匂いが漂う。


「それじゃ、いただきます」


合掌をして口にたこ焼きを放り込む。

作りたてなのか熱々で外はカリッと中はふんわりしている。

たこ焼きなんてこういう行事でしか食べられないからなんとなく特別感があるな。


「美味しいですか?」

「最高に美味しい」


次に月冴は爪楊枝でたこ焼きを刺しふーふーと少し冷ましてからひとかじりする。

顔からどれほど美味しいのか丸わかりだな。

俺も爪楊枝でたこ焼きを刺し持ち上げふーふーと風を送る。

折角の青海苔が飛ばされてしまうのは何とも言えないが、火傷をするよりはマシだ。


「火月さんも猫舌でしたっけ?」

「いや、食べる時に冷めていた方が良いだろ?」


月冴は少し考え赤くなる顔を隠しながらまたたこ焼きを冷した。

冷ましているのか暖めているのか。

昼食を食べ終わり月冴とたわいもない話をする。

暖かい風が吹き俺たちの前を通り過ぎ、微かな笑い声が響き渡るこの場所はゆっくり温度が上がっていく。


「火月さんと出会ってもう二ヶ月ですね」

「そうだな」

「これが終わったらもう夏休みですね」

「そうだな……」


空を見上げる。

雲の近くなった雲はいつもより少なく見えた。

本当にもう二ヶ月経つのか。

月冴はベンチから立ち上がり少し歩いて俺と同じように空を見上げる。

そして、


「火月さん!」


振り返り太陽のように明るい笑顔を見せてくる。

俺が妖術師になると言ったあの時と同じような笑顔だ。

眩しく、温かみのある月冴らしい笑顔。

よく似合っている。


「なんだ」

「これからも、よろしくお願いしますね」

「……ああ、こちらこそよろしく頼む」



* * *



さらに置かれた焼き鳥を一本取り口に運ぶ。

焼き鳥はやはりタレよりも塩が合う。

この塩特有のさっぱりとした感じが鶏肉の少しムチっとした感触を際立たせるのだ。

そんな食レポを思い浮かべながらまた肉を口に運ぶ。


あれから無事六月祭は終了し、俺たちは僅差の末売り上げランキング一位を獲得することができた。

まさかケバブ屋と古水のクラスのたこ焼き屋があんなにも追い上げてくるとは思ってもいなかったが、それを跳ね除け俺たちは優勝した。

そして、今はその六月祭終了を記念した打ち上げ会の真っ只中である。


「ほらほらお前らも飲めよー!」


閑野先生はそう言いながらビールの入ったジョッキを上に掲げグビグビと飲み始めた。

個人経営の飲食店と聞いてはいたがまさか居酒屋のような場所に連れてくるとは思っていなかった。

一応、店的には居酒屋ではない判定らしいがそれも怪しい所である。


「完全に先生酔ってるな」

「ああ、なんたってあれで三杯目だからな」


大きなため息をつきながら座布団から立ち上がる。


「どこ行くんだ?」

「夜風に当たってくる、ここは少し暑いからな」


紐のずれた靴を履き俺は店を出る。

そとは真っ暗で街灯と建物の明かりだけがギラギラと光っていた。

丁度よく今日の夜風は良い具合に涼しい適度な風だ。

俺がそう思いながらスマホをいじっていると店から橋本が出てくる。

何か言いたげな顔だ。

きっと俺が店から出たのを確認してついてきたのだろう。


「なにかあるのか?」

「……俺、月冴さんに告白した」

「そうか」


驚かない俺を見て橋本は無言になる。

それもそのはず、俺はこの六月祭が始まる最初から橋本が月冴に告白をすることは分かりきっていた。

根拠はない。

だがそんな感じがした。


俺は手に持ったスマホをポケットに突っ込み。

橋本の目を見つめる。

悲しい顔ではなく、ただただいつも通りに無表情でその瞳は綺麗な漆黒を見せていた。


「気持ちは晴れたのか」

「ああ、随分と軽くなったよ本当ありがとう」


深々と頭を下げて再び店の中へと戻っていく。

全く、律儀なやつだ。

暖かい息が溢れる。

俺も店の中へ戻ろうと踵を返し扉に手を触れた。

だいぶ涼しめる気温ではない。


「戻る前にちょっと良いかな」

「……趣味が悪いなやとり、いつから聞いてたんだ」

「最初からだよ。あの子も大変だね」


扉から手を離してポケットに戻す。

やとりは平然を装っているつもりだろうが明らかに重大なことが起こったとわかる。

いつになく笑顔なその表情が逆に不自然だ。


「最初に一つ聞いていいか」

「なんだい?」

「昨日先生を捕まえた時、どうやってあの人が話を聞いているとわかったんだ?」


やとりは少し嫌そうな顔をし、ため息をついた後腰に手をやった。

何かあるのだろうか。

そう考えていると「まあいいか」と言ってポケットからスマホを出し画面を見せた。

そこにはあの先生が非常階段から顔を乗り出し目をバキバキとさせながらこちらを見る写真があった。


「妖怪よりもやっぱり怖いのは人間の方だね」

「ああ、俺もそう思うよ……」


聞かなければ良かったと後から後悔する。


「そ、それで何があったんだ」

「良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」

「じゃあ……悪い話」

「ほー君はメインディッシュを最後に残す派だね」

「早く話せ」


「はいはい」と言葉を返しながら首を振り、スマホの恐怖映像をスワイプしその画面を俺に見せつけてくる。

これは……極夜事件の現場の写真か?

死体が無く血液が壁に飛び散り片足が転がっている。

確かにこれは極夜の犯行に間違いない。


「おい、まさか」

「そのまさかだよ。極夜がまた動き始めた」


心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。

顔は勝手にニヤケ、手にも力がグッと入る。

やっときた、やっとあいつがきたんだ。


「大丈夫かい?」

「ああ、大丈夫だ」


沸々と湧き胸から飛び出しそうな復讐心を手で押さえ込む。

既に頭の中はあいつのことでいっぱいになっていた。

笑みが止まらず汗がドバドバと出る。

もう、絶対に逃しやしない。

俺はあいつを地獄に突き落とすんだ。

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