第二十二話 六月祭開催
俺は歩く。
右手にアニマルメイドカフェの食材、左手にはたこ焼き屋の素材の入ったポリ袋を持ち、目の前で自転車を押す月冴と鞄だけ持った古水を追いかけながら歩く。
察しの良い人ならもうお気づきだろう。
そう、俺は朝っぱらからこいつらの物持ち係、つまりこの二人にパシリとして働かされているのだ。
「火月さんごめんなさい、基本的に朝が弱いのに」
「大丈夫、大丈夫」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
正直に言うと眠すぎて今すぐにでもベットの中に潜り溶け込みたいところだが、ここまで来たのならもう引き返すことはできない。
というか昨日の夜、月冴からのメールに返答をした時点で行くしかなくなっていた。
別に行きたくなかったわけでは無いが、やはり眠い。
重くなった瞼を袖で擦り目をパチパチとさせる。
それにしてもこの二人、女の子の筋力では結構重たいであろうこれをよくここまで持ってこれたものだ。
流石、妖術師をやっているだけのことはある。
…………でも、部活で筋トレをしているであろう古水はまだしも、月冴はそんなに筋肉がついているようには思えないんだよな。
見た目に反して意外にも力自慢だったりするのだろうか。
まあいいや。
ジョロジョロと音を立て素早く流れる河川の石橋を渡り、新しく出来たのであろうコンビニの前を横切る。
田舎とは違ってやはり都会のコンビニは少し小さく見えるな。
きっと、駐車場にそれらしき車がないことから経営者の車を止めるスペースすらもないのだろう。
やはり経営者というものは大変だな。
…………前にもこんなセリフを言わなかったか?
あれは確か初めてかっぱに会った時だからえーと……
「火月さん聞いてます?」
「聞いてません、全く」
「ほら聞いてない。かっぱちゃんの話だよ、あの子をこれからどうするかって話」
かっぱの話か、かっぱのことは考えていたがそっちの話は全然聞いていなかった。
「あの子をどうするかって言うのはどういうことなんだ?」
「それがさ、菊一さんが正式にかっぱちゃんを月冴家の一員として迎え入れたいって言うんだよ」
「……一応聞くが、お前らはあいつのことが嫌いなのか?」
二人は首を横に振る。
良かった、単純にかっぱのことが嫌いだから菊一さんの意見に不満を持っているのかと思った。
「じゃあ、妖術師は妖怪を仲間にすることが禁止されている……とか?」
「いや、駄目ってわけじゃないんだけど……」
「他に何かあるんだな」
「ええ、それがですね。妖術師の家々でも一番権力を握っている藤原家の方たちが妖怪を仲間にするという行為自体を嫌っているんです」
なるほど藤原家絡みね。
元祖妖術師集団とかいうめんどくさそうな肩書を持っているやつらだが、これは俺的にも藤原家の意見の方が的を得ているような気がする。
だって元々妖術師という職業は妖怪を退治、鎮静するために作られた集団だ。
それが敵という存在である妖怪と仲良くするなんて、元祖妖術師集団の奴らからしたら文句を言いたくなるに決まっている。
だが、時代と共にルールは変わっていくものだ。
そのルール通りに動くことも必要な世の中で堅苦しく文句をだらだらと言っているのも俺はどうかと思う。
でもな、そういうお堅い奴らほど聞く耳を持たないからな、当主陣の中で若い方であろう月冴は大変だ。
「他にも妖怪を仲間につけている所はあるんだよな?」
「ありますね、一応」
「じゃあ良いんじゃないのか?」
二人は難しそうな顔をしてからまた考え始めた。
きっとこの世界に足を入れたばかりの俺ではわからないことが沢山あるのだろう。
この件ばかりは俺が口を入れる必要はなさそうだ。
自分の立場を理解して肩をすくめながらまた後ろへと俺は下がる。
今気づいたが、未だに俺は他の名家と言う奴らに合ったことが無い。
名家同士の関わりはそこまでないのか、それともさっきの話のように名家同士の仲が悪いのか俺にはわからないが、後者の方だったらこれから疲れそうな予感がするので前者であって欲しいという願望がある。
こればっかしは神頼みだな。
仲が良いことを願うばかりだ。
大きな欠伸をして重くなった肩を伸ばすように腕を上げる。
かっぱが悪い妖怪では無いことは俺も、月冴家のみんなも全員知っているが、それを他の名家のやつらに伝えることは難しい。
説得するにはもっと知恵が要りそうな問題だ。
簡単に済むような話では無い。
今度菊一さんとかっぱに直接話を聞いてみることにしよう。
適当に話しながら歩くと次第に「扉江高校六月祭」の大文字が大々的に上げられた校門が見えてくる。
広間には地域が出すインドカレー屋や油が垂れるケバブを売る店々が準備を始めていた。
なんだ、その、もっとカレーとかラーメンとかそういうものは無かったのか?
俺は別にこういうのが嫌いな訳ではないが、好きという訳でも無い。
この学校はなんで時々民俗系の物が関わってくるのだろう。
田舎民である俺の感覚がおかしいのか?
東京では当たり前の光景なのか?
戸惑う俺とは違い二人はズカズカと校内に進んでいく。
やっぱり俺の感覚がおかしいのか。
昇降口を抜け階段に向かう。
一年生は忙しさと楽しさを交わらせた声でお互いを呼び合い既に準備を始めていた。
甘夏のクラスも忙しそうに見える。
朝から大変そうに、ご苦労様です。
「やっぱり他のクラスは忙しそうだね」
「先生たちからの催促でしょうね」
「催促?」
「先生たちには個人の評価があるのよ」
なるほどな、世知辛い世の中だ。
一段一段感謝の念を込めながら階段を上がると目の前には群がる生徒の壁、どうやら何かあったらしい。
しかもそれは二年B組の教室、俺たちの教室でだ。
「あ、月冴ちゃん」
一人の女子生徒が月冴に気付きこちらに寄ってくる。
良い内容なら良いのだが、彼女の顔からしてそういう雰囲気であるとは思えない。
「私たちの教室で何かあったんですか?」
「うん、それが……」
ついてこいと言わんばかりに群衆の中を抜けていく彼女、よくここをすらすらと通り抜けられるものだ。
誤りながら一緒に進み教室の扉の前で足を止める。
右には橋本と増田さんも困惑した顔で立っていた。
「嘘……」
「誰がこんなこと……」
月冴が驚いた顔をしながら手を口にやった。
それもそのはず、目の前にはテーブルは裏返り、テーブルクロスも破れ汚れ、黒板に書かれていたはずの「二年B組アニマルカフェ!」の文字が無惨にも消されている。
中には啜り泣く女子生徒もいれば、怒り犯人を炙り出すかのように周りの群衆に指を向ける生徒もいた。
しかしその群衆たちはかえって冷静で、他人事に色々な噂を飛ばし合い、近くの友人たちとぺちゃくちゃ話してただこちらの方を見ている。
まあ、こいつらにとっては少し大きなハプニングが起きたぐらいの感覚だろう。
別に気にしてはいない。
教室の中に入り汚れたテーブルクロスを持ち上げる。
俺があの日この教室を直した時から今日までの時間が犯行の期間。
休日に行った可能性は無さそうだが……まだよくわからないな。
「この教室を最初に発見した人は」
「わ、私です」
か弱そうな女子生徒が手を挙げてこちらを見る。
俺も冷静に。
彼女を怖がらせないようにしないと、ここで口を閉じられては困ることしかない。
「何時に来たのかな?」
「えーと、確か七時十分頃だったと思います」
早いな、よくその時間で眠くないものだ。
俺だったらその時間はまだ夢の中だぞ。
……と、気を取り直して。
つまり俺がわかる範囲内で考えると、この犯行は俺が影姫を退治したあの日から今日の七時十分までということになる。
だが影姫の日はもう夜も遅かった。
他に生徒がいた可能性はゼロに等しいはずだ。
先生がやったという可能性もあるがあまり信じたくなる話では無い。
再び周りを見渡す。
他にめぼしいものはなさそうだな。
立ち上がり教室のドアから覗く橋本を見る。
悔しそうな顔だ、相当六月祭に力を込めていたんだな。
「さて……橋本、どうする」
話を振ってみると橋本は顎に手をやって考え始めた。
あのメガネはない。
もうメガネをつけることは無いのだろうか。
口から指を離し少し考え、口を開ける。
何か意思が決まったみたいだ。
「開会式まであと一時間もある」
「だよな」
さっきの弱々しい顔とは違い、今までに見たことのないやる気に満ちた顔を橋本はした。
さすが我らがクラス委員長、これぐらいのことで面を食らうわけがないよな。
「優先は衣装と調理係だ」
「衣装は一応被服室に隠しておいたから無事だよ!」
「オッケー、じゃあ優先は調理、調理係の人は今すぐ調理に取り掛かってくれ」
「はい!」
「余っている人は教室を最低限整備してお客さんを受け入れられる体制にしよう」
「おう!」と一致団結の号令がなり皆が各自動き始める。
一人一人が自分の行動を真っ当し一所懸命に頑張り合う。
良いクラスだ。
俺は邪魔にならないよう教室のドアにそろそろと体を寄せた。
これでクラスの方は大丈夫そうだな。
「火月」
「橋本か、なんだ」
「お前はこの犯行を行った犯人の捜索を頼む」
「わかった、そっちは俺に任せろ」
「ありがとう、頼む」
頭を少し下げて橋本は忙しそうに小走りで戻って行った。
そこまで言われたら期待に応えないとな。
ツーンとする鼻の先をさすり、俺は少し考えてから目的の場所へと歩き出した。
大体の予想はもうついている。
俺の教室が狙われたのなら、きっとあそこだって何か事件が起こっているはずだ。
……さあ、俺も自分のやるべきことをやろう。
* * *
準備は滞りなく順調に進み教室は最低限元通りになった。クラス委員長たちのおかげというのもあるが、一番の功績は岡田が足りなくなったガムテープや白い布をかき集めてきてくれたことだろう。
あれのおかげでクラスの雰囲気は最高潮だ。
体育館で開会式を終えた俺たちは再び教室に戻り最終準備に取り掛かっていた。
俺と直継、その他の男子生徒は教室の扉側で着替え、月冴などの女子生徒たちは仕切りを使って黒板側で着替えを始めた。
やはり蝶ネクタイは少しきついが、半日程度なら大丈夫だ。
相変わらずこの犬耳のせいでホストのようだがどうにかなるだろうか。
「火月どうだ、おかしい所とかないか?」
直継は片方の手袋を口で持ちもう片方の手袋を手につけグッと引っ張りながらそう聞いてくる。
おかしな所……は無さそうだな。
「無いぞ」
「そうか、なら良かったぜ」
こいつ、意外とウェイターエプロンが似合っているな。
センター分けで体の線がすらっとしているからだろうか、
何とも俺のようにホストという感じではなくウェイターの方が優っている感じがする。
俺と直継で何が違うのだろう。
やはり雰囲気か?
いやだが待て、やっぱりこいつはウェイターと言うよりも優っているのは殺し屋の方か?
口を抑え疑問を浮かべる俺を直継は不思議そうに見つめてくる。
妄想だけで考えるのはやめよう。
変な気分になってきた。
俺も手袋をグッと引っ張り上げ気を引き締める。
すると、
「どうですか?」
黒板の方から声が聞こえ、そこにはメイド服を着た月冴の姿があった。
俺は一瞬唾を飲む。
月冴も結構というかとてもメイド服が似合っている。
もしかして俺がホストみたいだなと感じるのは俺がただ一番似合っていないだけなのか?
ウェイターエプロンは俺にとって呪いの装備なのか……?
「……あの、火月さん」
「なんだ」
「そんなにまじまじ見られると少し恥ずかしいというかなんというか……」
「……あ、すまんすまん」
一歩足を引いて後ろを向き直継の方を見つめる。
なんだこいつ、堂々と遅刻をしたくせに人の顔を見ながらニヤニヤして気持ちが悪いやつだ。
そのせっかく似合っているかっこいい姿が台無しだぞ。
などと思うが本人には伝えず、俺は再び月冴の方に振り返る。
クラスの男子生徒は他のメイドたちに目もくれず月冴を見つめ続けとうとう写真を撮り始める者もいた。
これはまた俺への日当たりが色んな意味で悪くなりそうだな。
腰に手をつきながら大きなため息をつく。
「よし、じゃあ皆んな集まって!」
そう増田さんが音頭を取ると月冴に集中していた視線が一瞬にして委員長二人に集中する。
さすが、我らがクラス委員長。
いつもは大人しいがやるときゃやる人だ。
「あと五分もしないうちに俺たちの教室は満席になる。だから各自、自分のできることを見つけて冷静に取り組もう」
「オッケー!」
「ああ」
「よしじゃあ……絶対に校内一位を取るぞ!」
「おー!」
こうして、待ちに待った六月祭がスタートした。