第十七話 あしあとの行先は
雨がザーザーと強く降る中俺は傘を投げ捨て走り出した。
前には黄色のかっぱ、あしあとだと思われる物体が裸足で逃げている。
まあまあ真面目に走っているのに中々追いつかないな。
隣ではフードを頭にかけた甘夏がスカートを気にしながら走っている。
よくこの五月のしかも雨の中スカートで走れるものだ。
しかもなぜか甘夏の服はわかりやすく濡れていない。
あしあとは右に曲がったり左に曲がったり、住宅街の入り乱れた路地を上手く活用しながら俺たちを離そうとしてくる。
妖怪といってもそういう脳はあるみたいだな。
もしかして妖怪の中でも頭の良し悪しとかがあるのだろうか。
俺が今まで戦ってきた奴らは喋ることすら無かった。
「このままだと追いつけそうにないですね」
「ああ、どうにかしないとな」
俺は滑りながら足を止め空を見上げる。
雨は相変わらず降り続け俺の服はビシャビシャ、本当に最悪な気分だ。
それもこれも全部あいつのせい、さっさと捕まえないと長引びくな。
その場で両足を深く踏み込み空を高く飛ぶ。
まるで煙と炎が空中を舞うみたいに、体が炎と同化して飛び上がり俺は火衣であしあとの頭上まで飛び上がった。
このまま行けば取り押さえられるかもしれない。
妖術を解き落下する。
体を広げる手を目標の方へと出し、あしあとの黄色いかっぱに覆い被さるため体を前に倒して落ちる。
距離は充分だ。
俺はあしあとに向かって手を伸ばす。
あと少し、あと少しで届く……
俺の手とかっぱがあと数ミリの距離になった瞬間、地面から集まった大きな水の玉が俺に向かって放たれる。
「妖術か」
咄嗟に避け右腕で受け身を取る。
ちっこくて俊敏。
まるで千早みたいだな。
「先輩先行きます」
甘夏は速度を上げ俺の動きに動揺したあしあとを追いかける。
対してあしあとは縮まってしまった距離をまた戻すかのように左右に曲がりまた逃げ続けた。
とにかくすばしっこくて大きさは千早ぐらい。
ここでは炎を飛ばすことすらもできず使えるのは妖術での瞬間移動のみ。
しかし飛んだ後隙が生まれあの水に攻撃を受ける。
ここは回り込んで先に出るしかない。
考えながらも前を見て甘夏の後を追う。
角のせいで俺にはあしあとの姿は見えない。
俺たち妖術師二人を相手にして軽々と逃げられているということはここら一体に理解があるはずだ。
だとしたら回り込むのは難しいか。
一直線になりあしあととその奥の少し大きい道が見える。
だが甘夏はあと少しで大通りに出ようとするのにスピードを緩めようとはしない。
あいつ、目的がすぐ目の前にいるからって周りに注意を飛ばさなすぎだ。
周りの音でも聞こえてないのか?
「待て甘夏!」
そう俺が声をかけても甘夏は振り向きもせず道路に飛び出していた。
右耳からは大きなクラクション音。
その瞬間心臓の鼓動と共に息ができなくなる。
俺はこの状況を知っていた。
月冴の両親、甘夏と同じ月冴の家族である両親の死亡原因と同じ。
一瞬で脳が活性化する。
ここで、甘夏が死んで月冴はどうなるだろうか。
両親と同じ死因で、数少ない家族の一人が死にまた助けられないまま終わってしまう。
そんなの、月冴が耐えられるはずもない。
右手がピクッと動き瞬きをすると無意識に俺の体は甘夏の真後ろまで一気に飛んでいた。
体は炎に包まれ俺は甘夏の左腕を思い切り掴み引き込む。
掴んだ瞬間時が止まり俺はまた……
甘夏の体は俺の胸元にありクラクションをならしたトラックは運転手が怒号を上げながら左へと走り抜けていった。
ずぶ濡れの俺とは違い甘夏は濡れていなく暖かい。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
胸の中で止まる甘夏の両肩を抑えながら焦らす俺の方に顔を向かせる。
「大丈夫か、怪我は?」
「無い……です」
確かに外傷は無さそうだ。
緊張で固まった肩を落とし俺は安堵の息を吐いた。
無事ならそれでいい。
「すみません、私よくあるんです聞こえなくなること」
「怪我がないならいいんだ」
甘夏は少し笑顔を取り戻して俺の発言に頷いた。
さて、完全に見失ってしまったがここからどうすればいいのだろう。
右か左か、はたまた空を飛んでしまったのか。
あの妖怪の特性がわからない以上どこへ消えたかなんて検討もつかない。
ここは二手に分かれた方がいいな。
「先輩」
「なんだ、どうした」
「先輩って、意外と大きいですよね」
意外とってなんだ。
普通に大きい方だろ。
俺はそう心の中で思いながら口には出さず腹の奥に留めた。
その後、俺たちは分かれて行動することにした。
甘夏の情報によればあしあとは空など飛ばずそのまま先のように足で移動するらしい。
だとすれば話は楽そうに見えるのだが、この入り組んだ迷路の中で隠れられでもしたら見つけるのは至難の業だ。
何かいい方法があればいいんのだがそんな簡単にはいかない。
雨を回避できそうな場所を見つける。
全部ぐしょぐしょだ。
タオル……と思ったがタオルは鞄の中だった。
鞄は学校か、今更学校に戻る意味もないな。
ポケットからスマホを取り出し月冴に「そのまま帰る」とメールを送る。
鞄は放置でいいだろう。
大きなため息をつきながらワイシャツを絞る。
あの時あいつが攻撃してくることを考えていればこんなことにはなっていなかった。
逃げるだけのやつだと思ってたんだがな。
ふぅ、俺もかっぱが欲しいところだ。
「ふぅ、やっと逃げれた」
隣にいた少女はあしあとと同じ黄色いかっぱのフードを取りハンカチで髪の毛を拭いた。
こんな時間に小学生が雨宿りか。
確かに下校時間か?
もう昔のことだから小学生の下校時間なんて覚えていない。
覚えているとすれば小学生の頃雨の日はかっば派であったことだけだ。
黄色ではなく青色だったけど。
それももう五年前のことか、時が流れるのは早いものだな。
よし、俺もぼちぼち再開しますか。
また雨の中を歩き出した。
同じ場所を何度か通ったりもしたがそこにあしあとの姿はない。
完全に見失ってしまった。
隠れられたか離れられたか。
どっちにしろ探し出すのはもう無理そうだ。
「甘夏いたか?」
「いません、流石にどこか隠れてしまったみたいです」
「そうか、俺も同じ黄色いかっぱの女の子しか見なかった」
この場合どうなるのだろう。
任務失敗とかになるのだろうか。
でも甘夏は仕事の期限などは言わなかった。
それに仕事には討伐と鎮静の二つがある。
この仕事の場合それは決まっていなかった。
まあ、とにかく終わりにするなら早く帰りたい、
そろそろ寒くて死にそうだ。
「じゃあ、今日は一旦」
「先輩、今黄色いかっぱの女の子って言いました」
「ああ……言ったけど?」
甘夏は考えるポーズをとり手をポケットに突っ込む。
何か、今の話に重要な情報があっただろうか。
確かに服装も背丈も同じだがあれが妖怪だとは思えない。
まさか甘夏はあの女の子があしあとだと言いたいんじゃないだろうな。
そう俺が考えていると甘夏は真剣な顔つきをしながら俺の方を向く。
「その子は、あしあとかもしれません」
おいおいまじでまじなのかよ。
とても妖怪のようには見えなかったが……
さっきの場所へと大急ぎで走る。
まさか本当にあの女の子があしあとなんてことがあるのか。
それが本当なら俺はさっきまで一緒に雨宿りしていたことになる。
隣にターゲットのやつがいるなんて全然気づかなかった。
というか気づくわけがない。
角を曲がりあの場所に出る。
そこにはまだ少女の姿があった。
確かに今よく見てみれば少女はあしあとと同じように靴を履いていない。
「嘘、まだ追いかけてくるの!?」
気づいたあしあとはまた走り出し最初と変わらぬ光景になった。
このままでは追いつけないのも同じ、どうするべきか。
一応白夜はあるが……少女に刀を向けるのはな。
甘夏は懐から白銀のダガーを二本出す。
まさかこいつ、あしあとに向かってそれを投げる気なのか。
いくら相手が妖怪だからと言って少女に刃物を向けるのは。
「甘夏」
「大丈夫、当てませんから」
自信あり気に笑顔を見せ地面から塀へと、塀から屋根の上へと飛び上がり高所をとりに行く。
凄い身体能力だ。
さすが月冴家メンバー二番手の実力者。
これぐらいは容易いことなのか。
それから高く飛び上がり持っていたナイフをあしあとの方に投げた。
確かに投げたその方向は正確だったが数ミリ外れ地面に刺さる。
あしあとはそのまま角を曲がってしまった。
流石に甘夏でもこの距離では当たるはずが、
「わお」
目の前でダガーが浮かび上がる。
方向を変えあしあとの走る方向を予測し甘夏を中心に弧を描いてあしあとを捉えた。
次に甘夏が腕を横に動かすと同時にダガーも動き出しあしあとはかっぱごと壁に突き刺さりあっさりと動きを止める。
最初のあの健闘はなんだったんだ。
「甘夏今のは?」
「今のは私の妖術『星操作』指定したものの直線軸と回転軸を操作できます。まあ、有機物には使えないんですけどね」
それだけでも凄い能力だとは思うがな。
軸……さっきまで使わなかったのはここの地理がわからなかったから。
甘夏もただ追いかけていたわけではないのか。
俺は自分の馬鹿さに恥ながらあしあとの方へ歩く。
あしあとの両肩スレスレにはダガーが二本。
当てないとは言っていたがここまでするとは思っていなかったぞ。
もし俺がやられる立場なら気絶してしまいそうだ。
やられてるあしあとには同情しかないな。
そのあしあとはというと、
「ごめんなさい、私誰も食べてませんから許してください!」
「先輩どうします?」
「なんで俺に聞くんだよ」
あしあとはその容姿と同様に子供らしく目には涙を浮かべていた。
手と足のひらは黒くなり髪の毛もボサボサ、その姿はまるで掃き捨てられた街の孤児の様だ。
妖怪、なんだよな。
不思議とこいつからはいつもの敵であるという認識が感じられない。
それは相手が無防備だからでもなく泣いているからでもない。
少し……似ているから?
そうやってよくわからない感情を抱える自分に俺は笑みが溢れる。
* * *
「事情はわかったから、次はしないでよ」
「はい……」
透明なかっぱを被ったおじさんは花壇に唾を吐きつけ帰っていった。
ただ傘と買ったものを落としていただけなのにポイ捨て判定なんて、ケチな野郎だ。
どうせ上から言われて動いているだけのくせに。
と、考えていそうな顔を見せながら甘夏は屋根付きのベンチに座った。
「なんですかあれ」
「こればっかしはあっちが正しい、何か文句をつけられなかっただけましだろ」
「そういうことじゃない」と言わんばかりだな。
新しく買った水をあしあとに渡し俺も甘夏の隣に腰掛けた。
あしあとは目の前で足をプラプラとさせながらその小さな口で水を飲んでいる。
側から見たら本当に子供だな。
「そんで、この子をどうするかだな」
「『私たち次第』ですか」
「うぶっ」
盛大に口から溢れている。
確かに甘夏のこの顔であんなことを言われたら口が動かなくなってしまうのも無理はない。
俺も最初に出会った時はめいっていたのを覚えている。
俺は少し考えたあとシャツの袖で少女の口を拭き甘夏から貸してもらったタオルを頭に乗せた。
追いかけていた時から答えは決まっていたのだ。
「君は見逃す」
「本当!?」
「ああ、だがこのままだとまた報告される可能性が高い」
「それはどうしてですか? この子ならそれは無さそうですけど……」
この格好でこの歳なら人間に見つかる可能性は大いにある。
不恰好と言っていい装いなら家出、家庭問題などから警察へ色々と複雑になることは間違いない。
そこで結局俺たち妖術師に仕事が回るならここで止めてしまうのが一番だ。
こいつは何故か人間にも視認されている。
妖怪ではあるようだが妖怪の特性はない。
「半分妖怪、半分人間」そう言った方がわかりやすいだろう。
「なるほど、じゃあこの子は一旦お姉ちゃんの家で見ることにしましょう」
「いいのか?」
「はい、きっと大丈夫です」
良かった。
俺も最初は月冴の家で任せようとしていたが無理だったら俺の部屋で面倒を見るつもりだったからな。
甘夏が先に提案してきてくれて本当に良かった。
今度月冴の家にはお礼をしにいかないとだな。
「私、どうなるの?」
「あなたは私の家で一緒に暮らすんだよ」
「えっ」
いかにもビビっている顔だな。
「家の人たちは優しいしたまには俺も顔を出すから大丈夫だ、そんなことより名前をつけないとだな」
「名前ですか……」
あしあとをそのまま使うのは少し違う気がする。
かと言って何かつける名前があるかと言われたらあまり思いつかない。
水の妖術を使っていたから水子とか?
待て、そもそもこの子は本当に女の子なのか。
今見てみれば髪が長いだけで少し中性的な見た目だ。
もし男の子なら女の子っぽい名前をつけられたくはないだろう。
どうするべきか……
「かっぱ」
「え?」
「私かっぱがいい!」
予想外の提案に俺と甘夏はその場で固まってしまう。
かっぱ、そんなもので本当に良いのだろうか。
一瞬そう考えたがこの子本人がそれでいいと言っているのだからこれ以上とやかく言うのはやめておこう。
「じゃあかっぱ、これからよろしくな」
「うん!」
こうして、幼き妖怪少女かっぱが俺たち月冴家の一員として加わった。