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第十五話 魚と犬

人混みを通り抜け改札を通り過ぎる。

東京の駅はいつになっても慣れない。

路面図を見てもまるで迷路のようだし、何線がどこまで繋がっているのかも未だに理解できていない。

ここに来れたのも月冴のメールがあったからこそ来れた。

月冴にはいつも助けられてばかりだ。


ここは東京の都心から少し上に行ったところにある池袋。

都心から離れたと言っても変わらずビルは高いし建物はオシャレなものばかり。

高架橋も相まって武蔵野とはまた違った空気感を醸し出している。


待ち合わせの場所まで歩く。

今日は月冴と水族館に行く日。

朝から準備をして最寄駅からこの池袋駅まで来たが、こんな事をするなら最初からお互いの家から平等に近い駅で待ち合わせすればよかったんじゃないのか?

そしたらわざわざここで待ち合わせなどする意味も無くなっていたはずだ。

まあでも、月冴が「ここで待ち合わせにしましょう」と頑なに言うのだからそれが良いんだろう、俺にはその意図がわからないが。


「あ、火月さーん」


遠くから月冴の呼ぶ声がする。

その声の方向に目をやると案の定月冴が大きく手を振りながら笑顔でこちらに語りかけていた。

茶色のブーツを履いて肩から黒く小さなバックを掛ける月冴の姿はいつもの幼さのある感じとは違い少し大人びて見えるような気がする。

ほんと、女の人のこういうところには尊敬するよ。


「おはよう」

「おはようございます!」


元気に挨拶する月冴は見えない尻尾を振りながら犬みたいに目を輝かせている。

まだ着いてもないのに安上がりなやつだ。

きっと相当この日を楽しみにしてたのだろう。

心の中で嬉しさと安堵が入り混じる。


「待たせたな」

「大丈夫です、私も今来たばかりですから」

「そうなのか、なら良かった」


月冴は気づいてくれと言わんばかりに腕を横に広げて体全体を俺に見せつけてきた。

褒めて欲しいのだろうか。


「似合ってるな」

「ありがとうございます」


まだ月冴は腕を下げない。

他にも気にして欲しいところがあるのか、俺の目に語りかけるようにして目をパチパチさせた。

下から見てブーツや服装は月冴らしいと言えば月冴らしが特に何か言う理由は無い。

また少し目線を上げる。

肩から掛ける鞄もこの前月冴がメールで送ってきた物であろう。

だとしたら何だ?

髪型はいつも通りで今回は眼鏡もつけていない。

他に何かあるとすれば……


「そうかヘアピン!」

「そうです!」


嬉しそうに人差し指で三日月のヘアピンを指す。

なるほど、確かにいつもは黒いヘアピンとかだったな。

自分で言ったくせに後から遅れて納得し頭を縦に揺らす。


「学校ではつけないのか?」

「はい、学校だと少し恥ずかしくて」

「……そうか」

「なぜです?」

「似合ってるから勿体無いと思ってな」


いちごみたいに顔が赤くなる。

月冴は喋らなくなり、前髪を整えながら小さく途切れて「行きましょう」とだけ言って水族館の方へと歩きだした。

そこまでおかしなことを言っただろうか。

本当に似合ってると思ったんだがな。


水族館の入り口はまあまあの人で混み合い混雑していた。

さすがに休日だからこれくらいの人はいるか。

そう思いながら二人分のチケットを受付に渡し、少し前に進み人と人の間を通り抜けれるかを確認する。

これくらいなら行けそうだな。

そうして俺が前に一歩進むと誰かに服の袖が掴まれた。

誰かの手が当たっているのか。

俺は後ろを向く。

するとそれは月冴だった。

白く小さな手で俺の袖を握っている。


「どうした?」

「……その、迷子になるかもしれないので」


確かに、この人混みだったら迷子になるかもしれないな。

もし迷子になったら合流するのも難しそうだ。

 

「じゃあ手でも繋ぐか?」


顔を逸らしながら小さく頷く。

俺の手と違い月冴の手は小さく冷たかった。

冷え性なのだろうか。


水族館の中は凄いものだ。

無数の魚が入り混じる水槽の中には珊瑚やイカ、まるで生き物たちが本物の海で泳いでいるかのように見えるほど綺麗に飼育されていた。

生き物にあまり知識は無いが、当たり前に知らなくても楽しめる。


次に現れたのはアザラシ。

アザラシと言えば陸の上でゴロゴロと転がっているイメージだがここのアザラシは水の中をスイスイと進んで行っている。

成瀬が言うには「ゲームとかアニメとかで陸上プラス丸っこいみたいに描かれるからそういう印象が付いてしまう」とのことらしい。

言われてみれば確かに今思いつくのはゲームのキャラクターだな。


そこから視点を右にやると、月冴は隣にいる子供と同じように水槽に張り付きながら目を輝かせていた。

高校生と小学生で反応は変わりない。

中々に微笑ましいものだ。


「あ、あっちに小さいお魚!」

「お魚!」

「ついていくなよ」

「う、すみません……」


まるで子供に付き合うお父さんの気分だ。

俺はまた安堵し小さく呼吸をする。

と、そんなことやっている場合じゃなかった。

スマホで時間を確認する。

そろそろだな。

俺は月冴の手を連れながらある場所へと向かう。


「これは!」


目の前にはカワウソが横になって寝ている。

良い寝顔だ、少し直継に似ているから記念に撮っておこう。

月冴はさっきよりも前のめりでカワウソの方に見入っている。

事前に調べておいて良かった。

もしかしたら喜んでくれないかとも思ったが俺の考えすぎだったみたいだな。


その後、俺たちは午後になるまで水族館を見て回った。

月冴は意外にも魚というか生き物が好きなのか、色々なものに興味を抱いているようだ。

特にクラゲに対する興味は凄く、俺に知っていること全てを聞き出し俺のクラゲ情報をすっからかんにした。

今初めて昔の俺に二時間もクラゲについて語ってきた自称生き物博士のことを感謝した気がする。


まあ、色々あり月冴の気を戻すのに大成功したわけだが、そもそもあの時なぜ月冴をこうやって誘ったのか自分でも既にわからなくなっていた。

菊一さんと話してそれから色々あったはずなんだけどな。

月冴にも聞いたがあっちも忘れている感じだ。

もう俺たちの中ではそんなことどうでも良いということなのか。

良い思い出ではないはずだから良いが。


それから水族館を出て、月冴が前から食べてみたかったと言う近くの飯屋に向かった。

店のから見ていかにも店内はイタリアンという感じだ。


「ここはカルボナーラが人気だそうですよ」


そうなのか。

確かに店のメニュー表にはカルボナーラの上に店内ナンバーワン人気と書いてある。

オススメで一番人気ならこれ以外を選ぶ選択肢はないだろう。

伝票を取りに来た店員にカルボナーラを二つ注文した。

ソースに少し時間が掛かってしまうらしい。


「それにしても良かったですね!」

「……ああ、キーホルダーのことか」

「はい、まさか数量限定の商品がちょうど二つだけ残ってるなんて思ってませんでしたよ!」


月冴はスマホにつけたペンギンのキーホルダーを俺に見せた。

数量限定のカワウソのキーホルダー、そっちは俺の財布についている。

少し前に行われたペンギンのイベントで売られたキーホルダーは人気なのかカワウソと同じように数量限定で一つだけ残っていた。

俺はペンギンの方のキーホルダーを買ったのだが、月冴はプレゼントと言ってカワウソの方を渡してきたので俺もペンギンの方を月冴にプレゼントした。

最初からペンギンの方が欲しかったのならそう言えば良かったのに。

今日の月冴の行動は中々読めない。


突然扉のベルが鳴ると共に外の風が流れてくる。

異様に冷たいその風は俺の背筋をなぞり頸部分で止まった。

ゆっくりと、扉の方向に振り向くがそこには誰もいない。

他の客が出てったのか?


「久しぶりだね、琴音君」


鳥肌を立てながら踵を返す。

俺の右隣には見知らぬスーツ姿で慣れたように料理を注文するポニーテールの美少年。

多分声からして男だと思う。

珍しく早くなる鼓動を抑え俺は深呼吸をした。


「君が巷で噂の火月君かな?」

「……そ、そうです」

「そんな畏まらないでよ、僕は早見やとり、一応警察やってるね」


警察という言葉を聞いて俺の警戒心は上昇し左手は勝手に机の上に上がっていた。

警察に良い思い出などない。

ましてやこの人は多分妖術師のことについても知っている。

もしかしたら幹部の人間かもしれない。


「あんたはどこまで知ってるんだ」

「全部、君が色々しちゃったことも、もちろん妖術のことも全部知ってるよ」


何から何まで俺の事情は見透かされてるというわけか。

警察だからと言って人の個人情報を勝手に見るのはどうかと思うがな。

俺は頬杖をつきながら壁の方を見る。


「ああもう、何でいつも早見さんは説明足らずなんですか。火月さん、早見さんは悪い人ではなくてその!」

「僕は今刃傷事件『極夜』の捜査を担当している、と言ったらいいのかな?」


刃傷事件「極夜」の捜査、ということはこの人があの一人だけで捜査を任されたっていう人なのか。

もう一度よく見ると胸ポケットに警察手帳らしき物の上部分がはみ出している。

つまり言っていることは間違いないようだ。


「せっかくだから極夜のことについて話そうか、君の証言も聞きたいしね……てい!」


腕の肘を目掛け飛んできた手刀は左腕を麻痺させ俺の顎を机に押し当てた。

正確に狙ってくるなんて……顎が痛い。

目の前にスマホが置かれ何かが開かれていた。

日本列島に赤青緑の四角い印。

捜査資料だろうか。


「これは極夜が事件を起こした場所、赤が去年で青が今年だよ」

「緑は?」

「緑は昔の昔、江戸とか大正とかのやつだから気にしないで」


赤が去年で青が今年、緑がそのまた昔……か。

確かに俺が事件を起こした位置には赤いマークがついている。

あれももう去年のことなのか。

他に赤のマークがある場所は京都と名古屋に二つずつ。

青いマークは東京に八つもついている。

今年になってまだ約六ヶ月程だがもう八つもついているのか。


「待て、本当に犯人というか凶器は極夜だったのか?」

「あーそうだね、そのことなんだけどこれを見てくれるかな」


スマホを右にスワイプし日本地図の資料から変わって何かの写真になった。

東京だと思われる路地には血痕と切れ落ちた片腕。

銀色の腕時計と赤のネイルがついている。

血痕と片腕があるということは事件現場で間違いないだろう。

しかし、事件現場として特におかしい事では無い。


「言い忘れてた、これは事件直後、本当にすぐの写真。あ、食事前にごめんね」

「大丈夫ですよ」


そこまで強調するということはそこに何かがあるはずだ。

事件直後であればあるはずのものがここには無い。

まあ、そんなこと言われたらすぐに答えはわかる。

血痕があって片腕が落ちていて、この角度で死体が写っていないというわけでは無いはずだ。


「死体は回収したのか?」

「言ったろ「事件直後」だって」

「……死体は無くなっていたのか」

「さーすが、その通りだよ」


指を弾くやとりの隣では月冴が手のひらの上に拳を乗せている。

月冴は事件の内容について知っているんじゃないのか?


「言われる前に言っておくけど監視カメラは全部砂嵐化、目撃者も無しだった」

「冗談はよせ、それだったら誰がすぐにこれを通報するんだ」


またスマホをスライドさせ電話履歴を見せる。


「これは容疑者のスマホから、行方不明者の電話番号と一致してたよ」

「よ、容疑者ですか?」

「まさか犯人自ら通報を?」

「正確に言えば極夜だね、極夜は多分『体を乗っ取ることができる』その証拠に」


今度は内側の胸ポケットから几帳面に折った紙を出した。

各犯行の加害者と被害者の情報。

一応一般人の俺にこんな重要そうな情報を教えても良いの

だろうか。

そう思いながと改めて読み直す。

容疑者からの電話は毎回別人で性別も年齢も違う。

それは被害者も同じで無差別に狙われた犯行だとわかる。

そして、同じなのは犯行状況も。

どの事件も現場には身体の一部が落ちているそうだ。

まるであの時みたいに…………待て、あの時はそんな状況ではなかったはずだ。

確かに眼球は落としたが俺もあいつも消えてはいない。


「気づいたみたいだね」

「ああ、俺たちのは例外だ」


捨ててしまった記憶をゴミ箱から掘り返す。

あの時確かにあいつの眼球はなくなり俺の手の中にあった。

ここまでは他の事件と同じ、だがその犯行を起こしたとする俺も眼を抉り取られたあいつだって俺が警察の監視から解放される頃には病院生活を送っていた。

おいおい待てよ、俺は極夜に取り憑かれてあんなことを。


「改めて言うけど君はやっていない、あれは極夜の仕業だ」


そんなこと……わかってる。

俺はやってない、俺はやってない、やったのは極夜だ。

深呼吸をしながらお冷を飲み干す。

冷静に、俺。


「でもなぜ火月さんとそのご友人さんはいなくならなかったのでしょうか」

「それがわからないんだ、火月君はその時何か特別違うこととかなかった?」


あったとすればある。

例えば、石咲石碑。

あれは神頼みで有名なパワースポットだった。

妖怪は神物を嫌う。

俺たちが消えなかったのはもしかしたら石碑のおかげかもしれない。

そして、可能性はもう一つ。

俺は首に掛けたペンダントを手元に乗せた。

ヒビが入り、翠色が店内の照明で煌めく。


「わからないな」

「そうか、残念」


ペンダントを胸の中に戻し俺は資料に眼を通す。

わからない、なぜ極夜は警察に通報をする必要がある。

あいつが通報したって何の得も無いはずだ。

なんなら事件が起きたのだってわかってしまう。

もしかして逆にそれを知られたかったのか?

思考を巡らす俺を置いてやとりは立ち上がり、財布を出して会計レジの方に行った。


「おい料理は」

「もう来るよ、僕はお先にテイクアウトでね」


そういうと本当に料理が運ばれてきて鼻の奥にカルボナーラのいい香りが広がった。

久しぶりの一品に俺は唾を飲む。

月冴にこの店を教えたのはやとりだな。。

会計を終えたやとりは店のドアに手をかけていた。


「ごめんね、デート中に」

「……なあやとり、俺はお前を信じていいんだな?」

「そりゃもちろん、何か聞きたいことがあればその紙の右上に」


先の捜査資料にはわかりやく電話番号が書かれている。

手を振り、再び街に繰り出すやとりの後ろ姿は確かに警察官の鍛え上げられた硬そうな背中だった。

早見やとりは話し方もそうだが雰囲気が誰かに似ている。

頭が切れるところも、きっと俺が今思ったことは全部やとりの誘導だったはずだ。

なんだろうな、あのやりにくい感じが何とも……


「……月冴、どうした?」


顔が赤く目が目が虚。

頭からは湯気が機関車みたいにポーっと出ている。

……いや、この湯気はカルボナーラの湯気が被っているだけか。

俺たちは絶品を楽しんだ。

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