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第十四話 六月への準備

五月も終盤に差しかかり、時期は梅雨になりつつある中、俺の通う扉絵高校は文化祭「六月祭」ムードに移り変わり始めている。


そして、今まさにその五月祭で何をやるかの出し物決めをしている途中なのだが、俺の知らないところで中々に議論が発展していっているようだ。

別に文化祭なんて授業が無くなるだけでしかないと思うんだがな。

俺は机の中で本を読みながら周りの話を耳だけで聞く。


「いやいやいや、絶対にケモ耳メイドカフェだろ!」

「それだと普通すぎ、やっぱ男装カフェで男女問わずじゃない?」

「皆んな私のことも考えてくれよー」


閑野先生はそう言いながら今日休んでいる奴の席にまた座った。

こんな異色の会話になってしまったのは元はと言えば閑野先生のせいである。

閑野先生が議論の前「普通の平凡とした出し物だけにはしないように」なんてルールを作ってしまったせいで議論は変な方向へと傾き始めた。

文化祭と言えばそういう普通の感じが良いものだと俺は思っているんだが。


本のページには終わりが見え始める。

そろそろまた甘夏にオススメを聞いておかないと俺の暇つぶしがなくなってしまう。

栞を入れ、一旦本を閉じて黒板を見る。

黒板にはケモ耳メイドカフェ、男装カフェの他にロシアンたこ焼き屋とカードゲームが書かれていた。

なぜ出し物でカードゲーム?


「火月さんはどれにしますか?」


この中で決めろと言われたら困るやつしかいないだろう。

まあ、消去法でいくとケモ耳メイドカフェと男装カフェはよくわからんし、ロシアンたこ焼きは辛そうだから必然的にカードゲームになる。

ただ、カードゲームとやらは何をするのだろうか。

カードゲームと言って思い浮かべるものはトレーディングカードゲームだが、学校でそういうものをするのは校則に反するような。


「まあカードゲームかな」

「カードゲームですか、それも良いですね!」


良いのか……


「月冴はどれが良いんだ?」


数秒黒板を見つめ答えを考える。

月冴がこの中で選びそうなので言えばロシアンたこ焼きとかだろうか……いや、男装カフェか。


「あれですかね」


指さす先には男装カフェの文字。

やっぱりそうきたか。

前から思っていたが月冴は知らない単語や物に興味を持つ習性がある。

そして男装カフェなど普段生活していたら聞くはずのない言葉だ。

ロシアンたこ焼きはどこで知ったのか知らんが、ケモ耳メイドカフェのメイドカフェ部分ならこの前仕事で秋葉原に行った時質問された。

しかし男装カフェを選んでしまったか。

月冴はこのクラスの中でも、


「月冴さんもそう思うよね!」


ほら来た。

月冴はこのクラスでも人気で影響力が大きい。

大々的に指を刺して主張などしてしまったら全ての意見がそれにまかり通ってしまう。

よりよって男装カフェなど……

次々とさっきまで他の意見だった奴らが男装カフェの方に賛成していく。

しまった、このままでは男装カフェになってしまう。

もちろん男の俺には影響など無いが、月冴が男装してしまったら店に客が集中してしまって仕事が増えるのに加えて休憩が少なくなりさらにそれが二日もあるとわかっていたらたまったものでは無い。

これは何とか他のやつにしなければ。


教室を見渡すと直継が悔しそうな顔をしているのが見える。

直継は確かケモ耳メイドカフェを推していた。

ケモ耳、それとメイドカフェ。

本当はこんなもの選びたくなかったのだが背に腹はかえられん。

椅子を強く引き立ち上がり宣言する。


「俺は……ケモ耳メイドカフェがいいと思う」


教室全体が静まり返り俺に目線が向く。

生徒たちがぽかんとしている中で直継だけが目を輝かせて首を縦に振っていた。

別にお前の意見がいいと思ったわけでは無いぞ。


しかしこの行動のおかげでクラスの半数を占める女子たちがケモ耳メイドカフェの方に移り変わった。

これで残るは男子組だけ、簡単だ。

一般男子校生の思考回路など直継を見ていたら全てがわかる。

そう、男という生き物は自分の欲に単純な生き物なのだ。


「男子の皆んなは……本当に月冴の男装が見たいのか?」

「ああ見たいさ、可愛い女の子が男装、これ以上に性……」

「ケモ耳」

「え?」

「ケモ耳に加えメイド服の月冴」


俺の言葉に顔をハッとさせた彼は自分の過ちに気づいたのかゆっくりと席に座り「ケモ耳メイドカフェ」と一言言って前を見つめた。

そしてまた次々に男子たちの意見がケモ耳メイドカフェへと変わり完全に意見全てがケモ耳メイドカフェになった。

直継は俺の方を神を讃えるように見ている。

俺も、男という生き物をこんな単純な生物に創造した神様に感謝の気持ちを送りたい気分だ。


出し物はケモ耳メイドカフェになった。



* * *



出し物が決まった放課後、俺たちは早速準備に取り掛かった。

まあ準備と言っても何から始めるかなどの予定を話し合う程度なのだが、教室には結構の人数がいる。

そして、その中にはなぜか古水もいた。


「いいなーメイドカフェ、私たちはただのたい焼き屋なのに……」


出来れば俺はそっちの方が良かった。

ため息をつきながら目の前で椅子の背もたれに顎を乗せる古水は片手に持った野菜ジュースをストローでズズと飲む。


あれから俺は自分の気が狂っていたことに気づいた。

男装カフェで月冴が男装などしたら客が集中するとあの時は思っていたが、今考えればケモノ耳でさらにメイド服の月冴の方がもっと客が店に集中してしまう。

さらに男は単純な生き物だから男装カフェの倍、きっとそれは予想以上になるに違いない。

俺も大きなため息をつき読み終わった本を鞄の中に入れる。


「なんだよ二人揃って辛気臭い……火月はいいじゃねえか、メイドカフェになったんだし」

「……お前は嬉しそうで羨ましいよ」

「ああ当たり前だ、クラスの女子たちのニーハイに加えカチューシャエプロン姿とか男のビックイベントだろ!」


大袈裟にはしゃぐ直継を見て古水が鋭い眼光を飛ばしクラスの視線は直継に集まる。

女子たちは引いた目で、男子の方は目を輝かせその光景はまさに対比していた。


呆れて俺は席を立ち上がり、月冴とクラス委員長の元へと歩く。

机の上には重要そうな紙と誰かの茶色い手帳。

委員長のどちらかの物なのだろうか。


「火月さん、どうしました?」

「いや、決まったのかなと思って」


眼鏡をかけた……おっと、どっちも眼鏡だった。

改めて女子の方の委員長、確か増田が無言で手帳を差し出す。

この手帳は増田の物か。


手帳にはびっしりと予定が書かれている。

何を作るか何を買うか何を売るか、流石クラス委員長と言った計画力だ。

物の価格もびっしり書いてある。

細かい人だな。


「もういいだろ、返してくれ」


無愛想な表情で俺の手から手帳を強引に奪い取り胸ポケットに入れた。

確か名前は橋本だったか、中々に硬そうなやつだ。

俺に似て無口で勝手でおまけに無愛想。

結構気が合いそうな気がするが俺に似るとそれは無理だな。


最初月冴がなぜここで二人と話しているのか気になった。

だが、話を聞けば月冴は一年の頃クラス委員長を勤めていたらしく文化祭の手続きには理解があるため手伝いをしているそうだ。

一年の頃委員長だったなら何で二年の今は委員長をしていないのだろう。

何か理由でもあるのか、月冴ならこういうものは率先してやるタイプだとばかり思っていた。

逆にやらない方がおかしい。


「月冴は……」

「神代、今は忙しいんだ、後にしてくれ」


追い払われた。

確かに色々と大変そうなのが見てわかる。

本当に忙しそうだし、ここは大人しくお暇するとしましょうか。

俺の方を残念そうに見つめる月冴に手をひらひらと振り自分の席に戻る。

今度はそこに甘夏も増えており俺の席には直継が座っていた。

なぜ横の月冴の席に座らないで俺の席には座るんだ。

仕方なく月冴の席に腰を下ろした。

机の中はきちんと整頓され教科書類と雑貨に分けられている。

これは眼鏡ケース、図書室で月冴がつけていた物だろうか。


「メイドカフェいいな、私たちはただのお化け屋敷なのに……」


甘夏が言う。

出来れば俺もそっちの方が良かった。

それは本当の本当に、俺だってウェイターをするよりも白装束に血だらけでただ墓地で座っているだけの方が良かった。

まともに接客業もしたことがないし俺は人と接するのが得意な方ではない。

はぁ、もしかしたらこの学校の中で今一番俺が六月祭の事を悪く嫌に考えているのかもしれないな。

何だか色々考えていたら気分が悪くなってきた。

もうこの話はやめよう。


「それで火月はメイド服を着るの?」

 

まだこの話は続くみたいだ。

そりゃ、六月祭についての話し合いなんだから当然か。


「…………って待て、メイド服を着るってなんのことだ」

「何のことってそりゃあそこに書いてある事を言ってるだけだけど」


黒板には新たに誰が何を取り組むかが書かれていた。

受付と運搬と飲食の準備、それにおおまかな予定表。

なぜか俺は運搬の係に割り当てられている。

これはメイドカフェなのだから運搬はウェイトレスである女子専門ではないのか?

その他にも直継を含む男子が数名、女子には月冴とその他数名が挙げられていた。

俺は焦りながらも委員長たちの発言を待つ。


「ここに書かれていることが皆さんにやってもらう仕事です。確実に自分のやる事を覚えて下さい、他に質問のある方」


手をまっすぐ上げ運搬係のことについて質問をする。

増田さんは淡々と説明し男装カフェに賛成だった人のことも考えて男子はウェイターエプロン、女子はメイド服で運搬をすることにしたそうだ。

良かった、本当にメイド服を着るのかと思ってヒヤヒヤした。

男の自分がメイド服など着させられたらたまったものじゃない。

ウェイターエプロンの方もあまり着るのは好かないがメイド服よりかはましだ。

安心した体をすっと椅子に戻す。

他に質問はないのか俺以外は誰も手をあげない。


「はい、じゃあ明日からこの予定通りでお願いします」


そういうと生徒たちは各々に動き始める。

また話を始めたり教室から出て行ったりやっていることは様々だが誰もが六月祭の話をしていた。

ようやく話し合いが終わったってのに……


月冴が近づいてくる。

何かを紙を持ち難しそうな顔をしながら。


「お姉ちゃんもういいの?」

「うん、こっちは大体終わったよ」

「大変だねー委員長でもないのに」

「ほんとそうだ、俺なら絶対やらないね」


三人は腕を組みながら一斉に頷いた。

確かに俺も委員長ではないのに仕事を手伝うことは絶対にしたくない。

それがいくら友達の頼みだったとしても面倒なものは面倒だから。

月冴はお人好し、というか過ぎるくらいだ。


「いいんですよ、私が自分からお願いして手伝っているんですから」


笑いながら手に持った紙を鞄の中に入れた。

その顔は疲れが溜まっているように見える。

昨日は夜遅くまで家のことで色々あったそうだし頑張っているのだろう。

あまり寝ていないのか、目を開けるのがやっとのような感じだ。


「月冴、手伝えることがあるなら言えよ」

「はいもちろん」


月冴はそう言って自分からお願いしたことはない。

自分がやらねばならないと思ったことは他人に手伝わせようとはさせない。

俺も同じような感じだから何か言うことはできないが、無理をらするのだけは見てる側からして程々にして欲しいところだ。

水族館のことはやめて休ませた方がいいかもしれないな。


「そういえばつっきーは何で立ったままなの?」


確かに、座りたいなら自分の席でもどこかの席でも座ればいいはずだ。

立っている方が楽だからとか言う理由なのか。


「火月さんが、その、私の席に座ってるから……」

「……すまん忘れてた」


俺は空いた席の椅子を引っ張り古水の席の隣に置く。

結局なぜかいつもの五人になった。

古水と甘夏は自分たちのクラスのことはいいのか、気にせずくつろぎスマホを弄ったり本を読み耽っている。

逆に月冴は机のなかに入れていた眼鏡ケースを取り出しまたシャーペンを持った。

まだ何かやる気なのか。

流石に止めに入った方が良さそうだ。

俺が月冴の腕にに手を伸ばし始めると突然横からガシッと掴まれた。

銀の時計がついた腕は俺の腕を突き飛ばす。


「これは明日までの仕事なんだ、邪魔をしないでくれるか」


橋本は眼鏡を直しながらそう言った。

こいつ、仕事のためなら人の体がどうなってもいいって言うのか。

彼の言葉を無視し月冴の持つシャーペンとノートを奪った。


「おいお前」

「これは俺がやる、それでも良いよな?」


睨み合い諦めたのか「ふんっ」と鼻で笑いながら橋本は教室から出て行った。

何だったんだあいつ、それだけ仕事がしたいならお前がやれば良いだろ。

イライラする頭を深呼吸で落ち着かせ月冴の方に振り返った。


「すまん」

「ありがとうございます。でも、それは私が頼まれたので火月さんに手伝ってもらわなくても」

「いや俺もやる、今の月冴だとあいつに怒られそうだからな」


顔を膨らませて怒り顔をした月冴はもう一度「ありがとうございます」と言っていつも通りの笑顔になった。

これからは俺も手伝えることは手伝うようにしよう。

あの橋本とか言うやつに月冴を任せることはできない。

人を物のように扱う奴は嫌いだ。


俺と月冴の二つの鞄を両肩に持ち教室の扉の方へと向かう。

確かに月冴の方が少し重い気がする。


「ちょっと火月さんどこへ?」

「どこって月冴の家だけど」

「仕事ならここで出来ますよ?」

「仕事は教室でできるかもしれないがまともな『睡眠』はこんなところでできないだろ」


恥ずかしそうにする月冴を横目に塗装の剥げた教室のドアを開ける。

夕立が降る前に月冴の家へと向かわないとな。

と、そんな事を考えながら。

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