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第十三話 天才と呼ばれる二人

中間テストが終わった。

結果はぼちぼちで俺は学年十位になった。

別に結果など気にしてはいないが生涯で初めて二桁の順位になり少し驚いている。

今までは最低五位以内には入っていたんだがな、きっとケアレスミスでも多かったのだろう。

そうして通知表を机の中に突っ込み、俺はまた顎をつきながら気怠い授業に耳を傾けた。

教卓の前では薄髪で似合わない黄色のネクタイをする年配の教師が黒板をトントンと叩きながら数式を暗唱している。

まるで何かの儀式みたいだ。


月冴の方を見てみると、真剣な眼差しをしながら黒板に書かれた内容をノートに板書していた。

さすが真面目さんだな。

そして視点を少し左にやる。

目線の先の直継は俺と同じように突っ伏して壁の方を向きながら動かないでいた。

よくよく考えてみれば、俺は教師からの視点で見ると直継と変わらない問題児だ。

それに加えて俺は刃傷事件を起こした身のため教師たちからの評判が悪い。

まあ、俺はテストでそれなりに点を取っているから一応何とかなっている。

教師陣では閑野先生がストッパーになっているみたいだしバレる事は無いだろう。

俺は腹の底から響く音を抑えた。


「火月さん、お腹空いたんですか?」


聞こえていたのか。

俺は頷く。


「あとちょっとですから頑張って下さい。ほら、姿勢を戻して」


月冴に言われる通り俺は腰を椅子に戻し体を上げた。

気づくと机の上にはぎっしりと文字が書かれたノートが置かれている。

もちろん、俺のものではない。


「最初から教えてもらう気だったのか」

「はい、少しここがわからなくて」


黒板を見ずノートにも板書しない問題児によく学年三位が質問してきたものだ。

まあそれなりには頼られていると言うことの証拠にもなるからそれはそれでよしとしよう。

教科書の問題に目を移す。

先生の言っていた内容と教科書の内容を繋ぎ合わせればこの問題はあまり難しいものではなかった。

なんなら授業を聞いていれば解ける問題なはずだ。

月冴が授業を聞いていなかったとは思えない。

ただただ本当にわからないだけなのだろうか。


「ここはこの数を使うんだ、それでこうして、後はわかるだろ」

「なるほど、それを使って解くんですね。じゃあこっちの問題は?」

「こっちの問題はこれを同じように使ってそれで……」


やはり何かおかしい。

この程度の問題が月冴に解けないとは思えない。

それにこの問題の明確な違和感。

教科書を持ち上げ二つの問題を見比べる。


「…………なあ、本当はこんな問題簡単に解けるんじゃないのか?」


月冴は俺の言葉に素っ頓狂な顔をして逃れようとする。

とてもわかりやすい、やはり月冴にこういうのは向いていないな。

教科書を再び机の上に置き芯を出さぬままシャーペンで二つの問題を指す。


「最初の問題、これはこの問題が出来ないと解けるはずがない。そうだろ」

「バレましたか」


バレるに決まっている。

確かに俺は片方をすっ飛ばして最初の問題を解いたが、俺は耳だけで授業を聞いていたから一応解くことができた。

でも、次に示された問題がそれの基礎問だったら誰でも違和感を覚える。

これは最初の問題を応用問題だと知らない俺だから引っ掛かったことであり、月冴はそのことを知っていながら質問してきた。

つまりこれは計画的犯行だ。


「何のためにこんなことを」

「すみません、少し試したかったんです」

「試したかった?」

「はい。それが先ほどの休み時間、私たちの間で『何で火月さんは授業を聞いていないのに問題が解けるんだろう』という話題になりまして」

「それで試してみたってわけか」


月冴は頷く。

まとめると、俺は恥ずかしげもなく答えを知っている相手に対してきょうべんをし、更にそれがただ試されていただけで俺は無意識に動かされていた実験用モルモットであったということみたいだ。

じゃあ俺は最初から月冴の手のひらの上で……いや、月冴は「私たちの間で」と言っていたのだから正確に言うと俺は女子たちの手のひらの上でゴロゴロと転がされていたということか。


「すみません善意で教えてくれたのに」

「別にいいよ、それよりその謎は解けたのか」


わかりやすくシャープペンシルの尻を口元にやり考えるポーズを取る。

そして数秒後、教室全体を見渡してから俺の方に向き帰った。


「写真記憶とかですか?」

「似てるがちょっと違うな」

「ではどうやって?」

「簡単に言うと、先生の発言と図を繋げてるんだ」


月冴は俺を見つめたまま何も言わず止まる。

流石に少し内容を端折りすぎてしまったか。

一旦先生の様子を伺い、俺はノートを開きシャープペンの芯をカチカチと出した。


「まず先生が問題の説明をする、次に前を見て黒板に書いてある内容を見る、最後に聞いた内容と黒板の内容を見ればその問題の解き方がわかるってことだ、わかったか?」

「…………」


少し説明の仕方が難しかったみたいだ。

俺はシャープペンの先を軽く机に叩きそのまま筆箱の中に投げ入れた。

これは生まれた時からの付き合いである「成瀬」から教えてもらった方法だ。

そいつは頭が良く、中学のテストでは大体一位を独占していた。

高校からは疎遠になったが聞いた話によれば高校も地元の有名な進学校に進学したらしい。

つまり、優秀な奴の言っていたことなのだから別に間違った方法ではないと言うことだ。

しかし流石にこの方法は難しかったか。

俺は反省しつつ机の教科書類を片付けた。


「さて、そろそろどうだ?」

「火月さんがやっぱり天才だったことはよくわかりました」


確かに発案者は天才だったから否定はしないが……なんで月冴が目を輝かせているんだ?

困惑しながら俺は鼻の先を指で擦る。

それと同時に違和感を覚えたのはその時だった。


「……火月さん、どうしたんですか?」


話しかける月冴を横目に教室全体を見渡す。

そこには薄毛の教師と退屈そうに授業を受ける生徒たちだけで特に異常はない。

ただの勘違いだろうか。

いや、だが今のは……

少し考えたあと「なんでもない」と一言だけ言って終鈴までの時間を黒板上の時計で確認しながらまた俺は机の中に意識を潰す。

今の強い気配はなんだったのだろう。



* * *



チャイムが鳴ると同時に教室から生徒達が廊下へと散らばっていく。

時刻は午後四時半、放課後だ。


「火月、じゃあな」

「ああ」


直継は鞄を肩にかけ教室から出ていった。

教室に残ったのは大声で話す女子のグループと何かの相談をするクラス委員長の二人と俺。

女子グループはメイクの話で委員長は来月の文化祭の話しか……完全に俺は場違いだな。

かと言って帰宅してもやることはないしきっと俺が帰る頃にはあいつがいる。

あいつは俺と会いたくも話したくもないだろうからな。

しかし未だに頭の中には俺の行きたくなるよう場所は思いつかない。

いつもは直継と特訓をしたり、図書館で甘夏に色々な本を紹介してもらったりと他人頼りで過ごしている。

が、今日は直継も甘夏もいない。

そんでもって月冴は家に、古水は部活。

意外とあいつらは暇じゃないらしい。


机の横の鞄を持ち教室の扉を開ける。

廊下は静かで、俺の足音とホイッスルの音だけが響いている。

さて、本当にどこへ行こうか。

スマホで時刻を確認しながら階段を降りて俺は昇降口へと向かう。

反対側にあるのは職員室と事務室。

何かふっかけられないようにさっさと通ろう。

ポケットに手を入れそそくさと走り出す。

靴箱の扉を開け上履きをしまい、扉をパタンと閉めるそのタイミングで、


「神代君、暇〜?」

「まじかよ…………」


重すぎる段ボールを二つ重ね俺はたじろぎながら先生の後を追う。

薄々閑野先生に捕まるような気がしていた。

帰りのHR終了時直前、明らかに閑野先生の目線は俺だけに向き何かを語りかけていたのだ。

多分最初から誰かに運ばせる気だったんだ、でなければこんな重いもの一人で運ぼうと思うはずがない。

俺は大きなため息をつく。


「いやー君がいいところにいてくれて良かったよー」


ラッパの様に笑いながら閑野先生はスキップしていく。

とんだ大嘘つき者が。


「最近ものを新品にすることが多くてさ、運び込むの大変だったんだよね」

「だったら最初から誰かに手伝わせれば良かったんじゃないですか?」

「最初は重くなかったんだよ」


何の荷物なんだろうか。

閑野先生は科学の担当教師なのだから研究用の器具とがだろうか。

でも、どこに行く気なんだ?

こっちに科学室なんてあるわけないのに。


「そこ、上気をつけてね」

「はい」


返信をして上を気にする様に見るとそこにはこう文字が書かれていた。


「体育館? 先生、どうして体育館なんかに?」

「え……ああ、言ってないけ?」


先生の先をついて行くと体育館では女子バスケ部と男子バスケ部が練習をしていた。

男子バスケ部は確か男の先生が指導をしているはずだ。

女バスのマネージャーが立つ横に段ボールをゆっくり置く。


「ありがとう、助かったよ」

「閑野先生は意外にも女子バスケ部の担任だったんですね」

「意外にもとは失礼な、これでも私はチェスも将棋も上手いんだぞ」


それの何が関係あるんだ。

俺は肩を触りながら腕を回し練習している様子を見つめた。

そこにはもちろん古水の姿もあり、俊敏な動きで相手を抜き去りゴールを入れて行く。

直継の言っていた通り古水のバスケ力は頭一つ抜けているのが見てわかる。


「休憩!」

「はい!」


古水は俺に気づいたのかすぐに近寄ってきた。


「火月、何でここにいるの?」


二つ重なった段ボールの方を指で刺す。

それで理解したのか古水は頷きながら水筒の水をグビグビと豪快に飲みパイプ椅子に掛けてあった水色のタオルを手に取り頭に被せた。


「どうだった私のプレイ」

「意外だった、あんなに上手いとは想像してなかったよ」


へへーんと言わんばかりに古水は俺の方を見下しながら胸に手をやる。

こればかりは俺も何かを言う気はない。

なぜなら古水には自信を持って良いほどの凄い実力が確かにある。

現役時代の俺よりも遥かに上手く尚且つ周囲を確認しながら動けている点では高校のバスケで敵無しの「天才」なのではないかと思ったほどだ。

その強さの秘訣はどこにあるのか、少し気になった。


「そういえば火月も中学の頃はバスケ部だったんだよね?」

「一応な、俺たちの高校は県大会にすら出れてないけど」

「でも強かったんじゃないの?」


確かに強かったのかもしれない。

でもバスケはチームスポーツ、たかが上手い奴が一人二人いてもどうにかできてしまう。

実際、そのせいで俺たちは優秀だった奴以外の実力が伸びなくなってしまいマークされたりパスの間でカットされたりが頻繁にあってそのまま最後の大会は負けてしまった。

まあ、今になっては良い思い出だ。


「……強かったよ」


俺の言葉に古水は目を輝かせる。

そして次に先生の元へ行き何かを相談し始めた。

先生はすぐに首を縦に振りまた古水は俺の元へ戻ってくる。


「火月、一対一しない?」

「また急だな」

「そりゃ火月が急に来たからね!」


それでは説明がついていないだろ。

そう思いつつも古水が投げ出したボールを反射的に取ってしまう。

少し小さいか?

ブレザーを脱ぎシャツの袖をまくる。

部員たちの視線はすぐにこちらへと向き、丁度休憩になった男バスも視線を飛ばしていた。

少し大ごとになってしまったみたいだ。

古水は目薬のようなものを指してからこちらに向かってくる。


「長くはできないから三先でいい?」

「わかった、少しは手加減してくれよ?」

「火月が手加減出来るほどの相手だったらね」


ボールを古水に返す。

古水はその場で深呼吸をし、ボールを突き始めた。

手加減する気はさらさら無いってか。


低い一突きをして一瞬で古水は駆け出す。

右に行きフェイントをかけるフリをしてそのまま右に。

足を引いてシュートと見せかけて右に一歩。

動きが目でも体でも追える、これなら。


「やるね……でも」


あるべきことか古水は置いた右足をバネにして後方に飛びありがり空中を舞いながらシュートを決めた。

それは一瞬のことで気づけばボールが俺の後ろで跳ねている。

おいおいそこ狙うか?


その後、俺は同じようにもう一本取られスコアなしのままリーチに追い込まれてしまった。

三回目は古水のシュートミスで何とかボールを取ることはできたが、現役経験者の古水と一年間はプレイしていない俺との差は格段に開いている。


「凄い、戦い方が直継にそっくりだよ」

「へー直継もやってたのか」

「うん……私が始める頃には辞めちゃったけどね」


ボールを受け取り手に感覚を馴染ませる。

さっきの古水のプレイ、あれをやれと言われたら出来る気はしないし勝てる気もしていない。

だが、俺の中には中学の頃自分は強いと信じていたプライドと昔ながらの技術だけが残っている。

そういえば昔あいつに「負けると思うから負けるんだ」なんて言われたな。


ボールを突き体育館に音が響く。

全員の視線は俺に集中しその場にはなぜか緊張が高まっていた。


「勝つ気出たみたいだね」

「どうやらな」


前に出る。

足を踏み込み古水の脇を大股で通り抜けそのままレイアップを決めた。

体が思うように動くのを感じ、お互い何も言わずまたスタートラインに戻る。

古水の方を見るとニヤけて満足したような顔をしていた。

今度はボールを両手で持ちフェイントプレイを仕掛ける。

ボールを突きそのままゴールに向かう。

が、相手はやはり強者ということもあって前に進むことは難しい。

俺は一歩引き下がり高く飛び、身長を生かした高めのシュートを放った。


二対二。

その状況でボールは古水の方に渡ってしまった。

古水はボールを突きながら俺の目を真っ直ぐ見て離さない。

これが最後、その時俺はそう感じた。


「火月、私が得意な技って何だと思う!」


俺は頭の中で先のプレイを思い出す。


「ドリブル……それか人読み?」

「違う」


高く舞い上がり天井の電気と交差する。

ボールは綺麗な曲線を描きゴールに一直線で向かう。


「私が得意技わかった?」

「『相手が届かない位置ギリギリのスリーポイントシュート』か。やられたよ」


結果、俺はニ対三で無事に負けた。



* * *



ピッという音と共に笛が鳴り休憩が終わる。

ベンチにいた部員達が走り出しフィールドに戻ってキャプテンである古水の話を聞き始めた。

はぁ、たった数十分のプレイだけで少し汗をかいてしまった。

俺はベンチでくたびれながら古水に貸してもらったタオルで汗を拭う。


「どうだったかねうちの古水は」

「スポーツゲームの全能力オールSチートキャラ。あんなの勝てませんよ」

「抵抗していた君もそうだろう?」


ペットボトルに入った水を喉に流し込む。

目の前では古水がパスを要求し、スリーやレイアップやらをポンポンと決めていた。

本当に上手い、スカウトを貰っていたりするのだろうか。

俺は椅子から立ち上がりタオルを頭に乗せた。


「さて、何か気づいたかな」

「……やっぱり先生も気づいていますよね?」

「『天才と天才は惹かれ合う』って言うからね」


閑野先生はそう言いながらまた練習の指導に戻って行った。

「天才と天才は惹かれ合う」か。

確かにそうなのかもしれない。

古水は勉強もそこそこできてバスケの方も妖術師の方も一流だ。

だが、今そんなことはどうでも良い。

なぜなら古水は、あいつは大きなズルをしている。

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