第十二話 オリガミボックス
目の前はカラフルな世界へと変貌した。
折り紙の箱を触れた途端周りを折り紙の壁が覆い尽くし辺りを囲んだ。
さっきまでの物置の様子が嘘かの様に消え去りまるで異世界だ。
ここは何処と言ったらがいのか。
あの箱の中……というかあの箱が開きに開かれてこの空間を作ったのだが、どちらにせよこれはオリガミボックスの世界だ。
「何をしたら出られるんだ」
床を叩いても鉄みたいに硬くびくともしない。
折り紙に見えるだけでペラペラの紙というわけではないようだ。
白夜で切りつけても傷一つつかない。
暴れるだけ体力の無駄だな。
もう一度周りを見渡すと先までは無かった人影が見える。
人影、というより「人の形をした折り紙の像」と言った方が正しい。
しかもその折り紙はどこかしら俺に似ているような気がする。
近づいてみるがそいつに動く気配はない。
俺と同じ身長で白夜と同じ長さの刀を持った折り紙はただ遠くを見つめている。
「ただの置物か?」
顔も肩も触っても反応なし。
手触りは紙となんら変わりないんだがな。
それじゃあ、握手でも。
「…………あれ、離れねえ」
硬く、段々俺の手を捻り潰すように力が入っていく。
「クソ、何だこれ……あ、取れた」
右手がジンジンと痛む。
初めて俺より強いやつに手を握られた。
いつもだったら俺の方が力は上で相手が先に唸り声を上げるのに……って待てよ、なんでただの紙の像だと思っていたやつが力なんか、しかも俺の握力よりも強く握ることができるんだ?
だってこれはただの折り紙なんだ。
ハッと気付き前を見る。
刀を構え、俺の髪を掠めながら風切り音を立てて刃が頭の上を横切った。
なんだそれ、さっきまではただの硬い紙切れだったはずだろ。
オリガミは俺の隙を見逃さず俺の逃げ道を消していくかのように次々と刃を送り出してくる。
この刀の持ち方、下ろし方。
それにフェイントを入れたり屈伸を織り交ぜて使うこの動きは完全に俺の戦い方だ。
一太刀避け後ろに飛び滑りながら左手に持つ鞘から刀を出す。
走ってくる折り紙は完全に俺の動きそっくりなため、次の行動も読める。
が、折り紙だからと言って刀も紙切れではない。
床と同様に硬く、刀は火花を散らせることはないが重くそれを理解しながら相手は体重をかけてくる。
何で折り紙にこんな質量が存在するんだ。
しかしそれに比例して体は人間のように比較的柔らかい。
要するにこれは「自分自身との戦い」ということだ。
「俺はこんなにペラペラなやつなのか?」
相手にとって不足はない。
と、ここは言いたいところだが、互角どころか折り紙の方が優勢の立場にある。
なぜならオリガミは体力無限の鬼スタミナ。
息切れどころか止まって休憩することさえしない。
逆に俺が休もうと思って止まったら速攻が飛んでくる。
直継が厳しいと言っていたのはこういうことか。
確かにこれはハード、というかハードすぎる。
「はぁ、はぁ、そろそろキツくなってきた」
そんな俺の言葉を無視してオリガミは切り続けてくる。
何か打開策を打たなければこのままではジリ貧だ。
だが、そんなに都合よく策など浮かばない。
加えずっと動き続けて考える暇などない。
ヒントはないのか。
ヒント……そういえば俺は何の特訓のために来たんだ。
刀の振り方、防御のやり方。
どれも違う、俺は菊一さんに妖術の伸ばし方を聞いた。
相手は紙で俺の力は炎。
硬くても紙なら燃えるはず。
俺は相手の刀を鍔で固めて押し飛ばす。
その一瞬の隙で当てる方法を考える。
俺が、油断する時のことなど自分が一番理解している。
オリガミは先と同じように切り掛かった。
この時俺がこいつなら、きっと体制を崩そうとするはず。
狙うのはその前の刀を惹きつけた時。
ジリジリと鍔迫り合いを起こしたその後、オリガミが左足を引き刀を体に寄せる。
今しかない。
「炎天渦」
オリガミと俺の周りを炎の渦が包み見込む。
いくら俺の分身でも、いくら俺の体力が無限でも、紙に炎なら燃えるはず。
そんな期待を込めて俺は再び猛火を放った。
* * *
火月さんが来て一か月経ちました。
一か月、一年で考えたら少なく見えるけど私にとっては貴重な年月。
そんな中私の生活でも色々なことが変わりました。
例えばこの勉強会。
今までこのようなイベントはありませんでした。
そもそも私は直継さんや御代ちゃんと話すことも少なかったのです。
……間違えました。
御代ちゃんとは何回かお買い物に行きました。
でも、直継さんとは本当にあまりお話していないんです。
話したことがあるとすれば仕事上のことだけで、最近になってプライベートのお話もするようになりました。
直継さんは私的によくわからない人です。
皆んなの前ではおちゃらけて見えるけど、仕事中だったり何か考え事をしている時は少し怖い時があります。
それも、お爺ちゃんが関わっている時は特に。
直継さんとお爺ちゃんは何か繋がるものがあるのでしょか。
そういえば二人とも野球観戦好きだったような。
昔、お爺ちゃんは推している球団が負けている時機嫌が悪くなることがありましたし、怖く見える時は負けている時なのかもしれません。
「お姉ちゃん?」
「はい?」
「つっきー何考えてたの?」
気づくと私の向かいに御代ちゃんが座っていました。
気づかなかった、よっぽど考えることに集中していたみたいです。
「珍しいねつっきーが考え事なんて、何考えてたの」
前のめりになりながら私の返答を待つ御代ちゃんは興味津々のよう。
「火月さんが来て色々変わったなと思いまして」
「あー確かに、今までこんなこと無かったもんね」
「そうだね、急にお姉ちゃんから『勉強会をやる』って言われた時は彼氏が出来たのかってびっくりしたよ」
私に彼氏だなんて。
葵祢ちゃんの期待し過ぎです。
私は机の上に残った団子を一本手に取り一玉口の中に入れた。
「ごめんな」と謝られたけど少し、やっぱり火月さんの言葉が気にかかります。
火月さんは大丈夫なんでしょうか。
いや、火月さんだから大丈夫なんでしょう。
特訓に行くと言って直継さんとどこかに行ってしまいましたが、一体何の特訓をしているのか、葵祢ちゃんに聞いても「わからない」の一点張りで何も話してはくれませんでした。
そういえば最近になって思ったことがもう一つあります。
それは火月さんと御代ちゃん以外の月冴家の皆さんが何か私に隠し事をしているような気がします。
というのも、今まで知らなかったことが最近増えてきて、例えば今火月さんが行っている特訓も直継さんの言っていた武器のある場所も私にはわかりません。
それだけではなく最近は私に仕事もあまり回ってこなくなりました。
……仕事に関しては火月さんの方に回っているのかも知れません。
でも、他にも皆んなは私に色々隠すようになりました。
原因は…………今もわかりません。
一つ言えることがあるとすれば「火月さんが来てから」ということだけです。
「火月なら大丈夫だよ」
その声に私は身震いする。
気づくと、今度は私の後方にある部屋の扉に直継さんが立っていたのです。
隣に火月さんの姿は無く、手には何も持っていない。
最初私はてっきり二人で特訓をすると思っていたのですがどうやら違ったみたいです。
「わかってます、でもやっぱり気になっちゃって。火月さんは今何をしているんですか?」
「火月は……」
少しの沈黙の後、直継さんは笑みを浮かべながら言った。
「『自分自身と戦ってる』かな」
* * *
炎の渦は天井まで登り、周りを業火で焼き尽くす。
隙を狙った攻撃だった。
それに手の平には当たった感触がある。
少し妖力の扱い方が効率的では無かったが、当たっていれば十分だ。
さあ、これでやりきれていれば良いのだが。
あの頑丈で鬼スタミナのオリガミがこんなにあっさり倒れてしまうものなのだろうか。
それに紙は紙だがあれは普通の紙ではない。
こんな簡単に燃え消えてしまうのだろうか。
俺は刀を振り下ろし一旦肩の力を抜く。
そういえばこの白夜、気づけば重くなくなっている。
アドレナリンのせいかそれとも慣れただけなのか。
まあどっちにしろ使い物になったのだからいい。
それにしても長いな。
違和感を感じた俺は渦の炎を手の中に戻す。
そこに、オリガミの姿はない。
焼け跡もない。
つまり倒れていない。
あまり驚きはしなかった。
こんなものでオリガミが倒されるとは到底考えられなかったからだ。
こういう時俺だったらどう考えて動くだろう。
きっと、自分の位置がバレていないのだから奇襲を仕掛けるはずだ。
例えば敵の死角になりやすい、
「上か」
上空には刀を振り上げるオリガミの姿。
炎は効かないか。
ならまた思考を練り返すしかない。
オリガミは体重を使いながら俺目掛け刀を振り下ろした。
後ろに一歩下り刀を避ける。
そこから右手で足に向かって一発。
刀で防ぎ、弾き返しながら体を引く。
オリガミの行動は俺の思考通り。
思考通りだが中々刃を当てられない。
最初から考えろ。
俺は何の特訓をしに来た。
菊一さんは「妖術の特訓に」と言って鍵を渡してきた。
これは剣の特訓でも体術の特訓でも無く妖術の特訓。
なら妖術を活用する必要がある。
でも待て、妖術を活用する必要があると言ってもあいつには妖術が効かない。
つまりオリガミに対して使うわけではないということ。
ならなんであの人は俺にこの試練を与えたんだ。
わからないまま、刻々と時間は過ぎていく。
ただ攻撃を剣で受けて引いて弾いての繰り返し。
剣はあいつの体に一回も触れられない。
そろそろ疲れで体の反応も遅くなってきた。
そんな疲労困憊の俺とは対にオリガミは自分の刀に炎を纏わせる。
表情は現れないが笑っている気がする。
我ながらうざったらしい限りだ。
しかし、まさか分身に妖術の活用方を教えられるとはな。
これが菊一さんの狙いか。
俺も炎を纏わせる。
刀と体に。
「火衣」
俺は火花が散る靴底を蹴り上げ炎と煙が纏わりつく体を精一杯前に押しながら折り紙の方へと突っ込む。
さっきとは段違いのスピードで激突したためオリガミは初めて体を後ろに引きながら俺の刃をを受けた。
次は横。
刀を張り上げそのまま体でオリガミの横胸を押す。
体勢を崩し、オリガミは背中からゆっくりと倒れていく。
このまま大きく開いた腹部を一の字に切り付ければ終わり。
あっさりチェックメイトだ。
俺は刀を両手で持ち思い切り力を込める。
オリガミ目掛け、一瞬の狂いも無しに。
なんて、もし俺が俺の敵だったらそう考えるのだろう。
だが相手は俺自身。
こんな時俺だったら、
「右手を軸にして大勢を保ち、体を360度捻らせながら相手目掛け切りつける!」
超スピードで回ってくる刀を避け右足を押しだし、オリガミの腹部まで刀身が迫る。
悶々と燃える刀を両手に持ち思い切り。
「ありがとな、折り紙の俺」
真っ二つに破れたオリガミは地面に落ちるなり散り散りに破け去り破片だけがその場に散らばった。
足で踏んでもまた動く様子は無し、どうやらこれでやっと終わったみたいだ。
喉に詰まった息を吐き力を抜いた瞬間手に持っていた刀が勝手に落ちる。
腕に力が入らない、それに頭もクラクラするし立っているのもやっとだ。
まあ、四十分も休憩無しの全力で動き続けていたらそうなるのも当たり前か。
俺は重くなった刀を片手で持ち上げ鞘に入れ、目を瞑りゆっくり深呼吸をした。
息を吐き出し目をゆっくり開けると、そこは埃まみれの倉の中。
無事、オリガミボックスからは抜け出せたみたいだな。
足元にはカラフルな折り紙の箱が落ちている。
それを取り手のひらに乗せてみる。
また吸い込まれるかもとヒヤヒヤしたが大丈夫みたいだな、少し小さくなったか?
そう思いながらも俺は箱を元あった場所に置いて倉を後にした。
「はぁ、早く帰って月冴の作ってくれた団子を食べようそうしよう」
そう、息巻いて月冴たちの元に戻った俺だったがそこにはもう団子は無くあるのはバラバラに開かれた教科書とノート類。
俺は口の中に団子の風味を感じながらまた泣く泣く勉強会を始めるのであった。
* * *
勉強会は丁度四時に幕を閉じた。
途中で直継が完全にオーバーヒートして動きを止めてしまいこのまま勉強を続けるのは危険という判断で解散ということになったのだ。
労力的には俺の方が疲れてるはずなのだがな。
仕方がないやつだ。
「今日は楽しかったねお兄ちゃん」
「ありがとうございます、また来てくださいね」
「うん!」
門を潜ると空は緋色になっていた。
久しぶりにこうやって友達と休日を満喫したかもしれない。
昔は毎日のように遊んでいたのを思い出す。
それもつい最近の話だったんだけどな。
「ねえお兄ちゃん」
「何だ?」
「今度はお姉ちゃんも呼ぼうね!」
「…………ああ、そうだな」
お姉ちゃん……か。
千早に申し訳ないがそれは永遠に果たせそうは無い。
俺が極夜を倒してもあいつはあの大会にも出られないし俺のことを許してはくれない。
だってこれは俺のただ自己満足をしたいがためだけの行動なのだから。
今生きるには過去を終わらせないといけない。
それをしないと俺はどうにかなってしまう。きっとそうだ。