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第一話 妖術師と妖怪

桜の花びらが咲き誇り、辺りの風景が段々と春色に変わっている中。

俺、神代火月(かみしろひづき)は一人地面のコンクリートを目で追いかけながら学校へと向かっていた。


本当に春は嫌いだ。

寒いし、学校は始まるし、特に面白いイベントも無い。

春など好きな人はいるのだろうか。

そう思ってしまうぐらいに俺は春が嫌いだ。


「早く終わってくれねえかなぁ」


俺はため息をつきながらスマホに映る道の通り足を進めた。

この東京の街は俺の住んでいた田舎町とは違って道がそこら中に入り乱れている。

遠くに見えるビルはあの赤と白の鉄塔ほどの高さがあり、どれも群青色のガラスで敷き詰められていた。

「住めば都」なんてことわざがこの世には存在するが、この東京こそその都であると俺はつくづく思う。

それこそ、今向かっている学校も設立からまだ二十年も経っていない新しい学校だ。

あっちの学校は昨年百周年になったばかりの古い学校だったからな、都会の学校には確かコンビニがついてるんだったか。


そうやって俺は新しい学校に少し期待を寄せながらとうとうその学校へと到着した。

正にそこは住宅街の真隣にあり、校門はとても小さい。

本当にここは学校か?

そう疑いを持つが、目の前のには「扉江(どえ)高等学校女子バスケットボール部県大会出場‼︎」の文字が大々的に垂れ下げられている。

どうやらこの学校は女子バスケ部が強いみたいだな。


その後、俺は校舎に入り職員室に向かった。

もちろん校舎はコンクリートで建てられ、扉も掲示板も新品同様に光輝いている。

正直、想像よりも殺風景だが古臭く何もかもが壊れやすいよりはましだ。

職員室に入ると体が温まる感触を得た。

職員室だけエアコンが付いていると言うのはあるあるのパターンだ。

さて、担当の先生は誰だろうか。

面倒くさそうな、あっちで言うと尾形みたいな先生では無いことを祈ろう。

心の中でそう祈ると職員の席から一人だけ立ち上がりこちらに向かい歩いてきた。


「やっと来たね、こんにちは神代君」

「こんにちは」

「外は寒かったでしょ、ほら、こっちに来たまえ」


女性の先生は手招きをして職員室と隣接する応接室っぽい部屋に入った。

部屋の中は本物かわからない骨董品(こっとうひん)と悪趣味な柄の絨毯(じゅうたん)、ブラジリアン仕様な机と椅子が置かれた異質な部屋だった。

誰の趣味でこんな部屋になったのだろう。

一応ここは文化系の学校ではなかったはずだ。

 

「コホン、では本題を話す前に軽く私の自己紹介をしようか。私は『閑野霞(しずのかすみ)』静じゃなくて閑ね。担当教科は科学で、あなたのクラスの担任になる先生でもあるわ」

「担任? まだそのことは言っちゃ駄目なんじゃ?」

「いいのよ、このことを話す相手は君にまだいないでしょ」


ごもっともである。

俺は目の前に出されたお茶を一口(すす)った。

この人、抜けているように見えるがかなり頭がキレる。

これは要注意人物リスト入りかもな。


「さあ、さっそく本題に入ろうか」


突如としてその場に重い空気が流れる。

さっきまでのほんわかとした空気が嘘のようだが、大体は予想していた状況と一致する。

果たしてこの人は俺の条件を飲んでくれたのだろうか。

そんな疑問が頭の中で走り抜けるが俺は覚悟の上だ。

持っていたお茶を置き、俺は手を膝に置いた。


「わかりました」

「よし、では聞こう」


閑野はニヤリとした口元を両手で隠しながら膝を机につき、いかにも意味あり気にこう言葉を放った。


「あなた、どうして刃傷事件なんか起こしたのかしら?」



* * *



寒い。

あんなにも温かった体は現在体の芯まで冷え切っている。

あれからニ時間が経った。

あの閑野とか言う先生、中々に強者だ。

まさかこんなことにここまで時間をかけるとは考えていなかった。

外は青空になり、太陽がギラギラとしながらこちらを見ている。


「ハレルヤ、ハレルヤ」


そうやって、また大きなため息と愚痴を吐きながらトボトボ歩いていると春特有の冷たい風が俺の頬を掠めた。

道路の先からでも無く背後からでも無く、それは俺の真横にあった路地裏からまるで俺を呼んでいるかのように吹いている。


不思議と、好奇心に駆られた俺は気づけばその路地に足を踏み入れていた。

いくら東京の街とは言えど裏側は寂れた物静かな街であるのだなと俺は感傷に浸った。

俺の地元の田舎町よりは都会しているが、この物静かな感じはあまりあっちとは変わらない。

まるで、異世界に入ってしまったかのように異様だ。

暇つぶしの冒険がてら入った路地裏にほうけていると、目の前に一瞬白い人影がまるで風のように突然素早く駆け抜けていった。


「白い袴を着た、女の子?」


次に俺がその言葉を口に出すと今度は馬鹿みたいにでかい突風と共に黒い影が高速で白い誰かが駆け抜けた方に横切って行った。

それは立っているのもやっとで、隣にあった鉄パイプを掴んでいないと吹き飛ばされそうになる程だった。

一瞬のことで頭がフリーズする。

明らかにおかしい、こんな突風この今の状況下で起こりうるはずがない。

後方は俺の近くにあったバケツやら花瓶やらが意図も容易く吹き飛ばされ散乱している。


さらに好奇心を掻き立てられた俺はやつらが向かった方向へと走り出した。

道はまるで小さな台風が通ったかのように物が散らばり自転車などが倒れ障害物と化している。

何がどれだけのことをすればこんなことになるんだ。

そう考えながらも好奇心に勝てない足は早まり俺はとにかく走った。


「はぁ、はぁ、こっちか?」


光のある方に抜ける。

そこには寂れお互いに向かい合った三棟のマンションと錆が目立つブランコがその中央にあった。

草木の手入れもされず、窓ガラスも割れたまま放置されどうにも人が住んでいるようには思えない。

東京にこんな場所があるものなのだろうか。

俺は辺りを見渡す。

しかしそこにあの少女の姿も黒い影の姿もない。

道を間違えたか?

……いや、俺の何かの見間違いだったのかもしれないな。

きっと俺は疲れているんだ。

あれから色々あって中々休みも取れなかった。

家に帰ったらすぐ寝ようそうしよう。

帰ろうと体を後ろに捻り返す。


「危ない!」


突然鳴り響く少女の声と共に体が浮く感覚を得た。

胸元には俺を体ごと押すあの袴少女がいて、その奥には人間でも動物でもない、化け物の姿があった。

ゆっくり動く世界が再び動き出し俺と少女は転がりながらマンションの壁に思い切りぶつかる。

少女の方が当たらなくて幸いだったが、俺の体は瞬く間に悲鳴をあげた。


「いってぇ……おい、大丈夫か」

「…………少し、まずいかもです」


少女は焦った顔をしながらその場に立ち上がろうと足を立てようとする。

しかし、少女は立とうとしない。

よく見ると少女の左足からは鮮やかな赤色の血が流れていた。

きっと俺を庇った時攻撃を足に受けたのだ。


「大丈夫です、これくらい」

「おいあまり無理に動かすな、傷が広がって……」

「グゥルルゥアアア」


化け物の鎌の様な手から放たれた風の刃がキイーンという金属音を奏でながらマンションの壁を吹き飛ばす。

周りのガラスは風圧で割れマンションの壁は傾けながら崩れ始め辺りには砂塵が舞う。


「はぁ、はぁ、はぁ。危ねえ、何なんだあいつ」

「あれは、『鎌切り』名の通り鎌状の手で、空気をもつける妖怪です」


足を痛そうにさせ辛そうな声で少女は説明した。

鎌切り……名前と姿が全然想像と似つかないな。

現状こいつを制御できる者は少女の他にいない。

しかし少女が動けない今一旦ここは逃げるしか無い。

不器用で足に負担を掛かるとは思うが少しは我慢してくれ。


「なるほどな。なあ君、このまま逃げるけどいいな?」

「はい、すみません本当なら助ける側なのに」

「いや、君が助けてくれなかったら今頃俺は死んでたよ」


俺は少女を抱えながらまたあの路地裏へと走り出した。

少女はまるでこの世に存在していないかの様に軽く、少し頬を赤ながら同じく赤くなった白い手で入り口に氷の壁を出す。

魔法、いや妖怪相手に使っているのだから妖術とかの部類。

冷静に考えてこの和風な姿から漫画やアニメで見る妖術師か陰陽師(おんみょうじ)と言ったところか。

何にせよそれは非日常な光景だ。

……東京はこういうのが当たり前なのか?


「火月さん」

「どうした」

「正直、このままではあれから逃げることは不可能です」

「……だよな、何か方法は?」

「この先、小径(こみち)を出て直ぐ左に小さな神社があります。

神社は昔から神聖な場所として扱われ魔を寄せ付けません」

「つまりその神社にあいつは寄ってこれないってことか?」


少女は俺の発言にこくりと頷く。

神社は安置。

何とも、ゲームやアニメの世界みたいなことだが今はそれを信じるしかない。


そして、少女の言う通りにその道を走り俺たちは鎌切りから逃げた。

何度か入り乱った小径を曲がったおかげか、次第に風切り音は減りあいつは姿を消した。

一旦は安心だが、いつ何処からまたあいつが顔を出してくるかはわからない。

少女の話によればまだ近くに気配はあるらしいが、まあ一旦は安全だ。


「ふぅ。足、大丈夫か」

「…………」

「おーい」

「あ、すみません大丈夫です!」


少女は俺の胸元にあったある物を見つめながらそう言った。


「そんなに気になるのか、これ」


紐で繋がれた(みどり)色の結晶を少女は手で持ち上げまじまじと見る。

側から見てもら何の変哲もないただの胡散(うさん)臭いネックレスだ。


「これはどこで?」

「……これは死んだ母さんの形見なんだ」

「死んだお母様の……」


母さんの死は呆気なかった。

母さんは昔から登山が好きで、数年前地元の高い山に一人で登ってそれっきり帰ってこなくなった。

それから一週間後、母さんは登山道から外れた崖の下で死体として現れた。

これは、その時そのお母さんの隣に落ちていた物らしい。

「お母さんが死んだ」と学校の先生から言われた時は言葉が出なかったのを今でも鮮明に覚えている。


「すみません……素敵なペンダントですね」

「ありがとう、でもこれはそんなに良い物じゃないよ」


気づくと俺たちは路地裏を出て少しだけ大きい道に出た。

少女の言う通り左に小さく古びた木造りの鳥居が見える。

辺りにあの化け物の姿はない。

どうやら逃げ延びた様だ。


「良かった、このまま神社まで行こう」

「待ってください」


言葉通り俺はその場に立ち止まる。

別に周りには何もなく依然と変わらぬ光景のままだ。

どうしたんだろうか、やはり妖術師ともなれば他にも見えるものがあるのだろうか。


「ごめんなさい、私の勘違いかもです」

「そうか、行くぞ」


再度神社に向かって歩き出した。

少女は不思議そうな顔をしている。

不思議、といえば何故電柱の直ぐ側にある側溝の蓋が全て無くなっているのだろう。

家があるのだから元々側溝などなかったと言うことはないはずだ。

普通、開けたままにしておかないよな。

丁度そこを通過しようとする。


「駆け抜けて……」

「え?」

「今すぐ走って!」


電柱が真っ二つに割れ、そのままズリズリと崩れ落ちた。

音もなく、あんなに綺麗な断面を作れるのはあの化け物以外いない。


「グゥルルゥアアア」


鎌切りは大きな雄叫びをあげこちらをギロリと睨んできた。

まずい、足が動かない。

気づくと俺はコンクリートの上に倒れていた。

足をやられた、左足の感覚が完全に無くなっている。

だが無くなったわけではない、俺の視界にはしっかりと自分の体に繋がった左足が写っていた。

あの子は何処だ?

周りを見渡すと俺から少し先に倒れる彼女の姿がある。

どうする、神社まで走れるか?

神社までの距離はあと少しだけ。

だが、俺が背を向けた時こそあの電柱の様に真っ二つにされている時だ。


「何か、何か手を打たないと」


少女の足からはまた血がドバドバと出始めていた。

このままだと二人とも死ぬ。

体からは冷や汗が溢れ、内臓の中はグチャグチャにゲボが出てしまいそうな感覚に(おちい)った。


ここで、もしここで俺が死んだらあいつらはどうなる?

小六と中三の妹たち。

そんなまだ世間も何も知らないやつらが二人だけになったらどうなるんだ。

答えなど等に知っている。

俺はこんなところで死ねない。

まだ、俺はあいつらにもあいつにも、何もしていないんだ。

その瞬間、あのペンダントが強い光を放ちながら光り始めた。

体に、何かが流れ込んでくるのがわかる。

それも少しではない、大量に、体と頭がおかしくなる程に大きな力が俺の体に流れ始めた。


「火月さんの体から炎が……」


体からドス黒い色の力が湧き出す感覚を得る。

脳内には火花がバチバチと弾け飛び頭がおかしくなりそうだ。

無意識に俺の体は起き上がり左手は血を流しながら化け物の方に向いていた。

まるで紙芝居みたいに視界は途切れ途切れ。

もう、どうにでもなればいい。


「吹っ飛べ」


手から放った火球の様なものは強力な突風を引き起こしそのまま近くにある電線諸共破壊していった。

さっきまであったはずの力はもう俺の体から消えている。何もない、何もわからない。

地べたにぶっ倒れ意識が飛びそうになる。

はは、鎌切りごとぶっ飛ばしたか。


「火月さん、火月さん!」


気づくと目の前は暗闇になっていた。

俺は死んだのだろうか。

いや、死んだのならこうやって何かを考えることなんてできないはず。

じゃあ俺は生きている?

この出来事は本当に現実?

…………今はそんなことどうだっていい。

今はただ、ゆっくり眠らせてくれ。


こうして、俺は地獄への第一歩を踏み込んだ。

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