能力「うんこ」でエルフハーレム
「お前の能力は……うんこだ!」
教会の神父様が僕に言いました。15歳になった僕――コーエンは同じ月に生まれた他の子たちと一緒に、教会で能力診断をしてもらったんだけど……。
「だっせー! うんこだって!」
「やだーコーエンってばきったない」
「おまえうんこはないだろ!」
幼なじみのヤンとリンとシュンが、僕を指さして笑います。
神父様までこらえているけど、引き笑いしてる。
「ちょっと神父様! 嘘ですよね?」
「いや、嘘じゃないぞコーエン。神が決めたことだ。しかしその……残念だったね。お悔やみ申し上げます」
「死んでないから!」
ちなみにヤンが風を操るスキルで、リンはなんと聖女様にもなれるかもしれない光の魔法力だった。シュンは純粋に筋力超強化。三人とも当たり能力だった。
「お前とはずっと友達だったけど、もう話しかけるなようんこ野郎」
「ごめんねコーエン。噂になりたくないから」
「ま、どんくさいおまえにぴったりの能力なんじゃね?」
三人は笑いながら教会を出て行きました。
「神父様! なんとかなんないんですか!? チェンジで!」
「能力覚醒は人生で一度きりなんだよ。君は君の幸せを見つけようね」
「そ、そんなぁ」
「きっとあるさ。ヤンは風を起こせるから立派な船乗りになるだろうね。風使いは立派な大船団の提督になると、相場が決まっているから。リンには今度、王都の寄宿学校に推薦状を書くことにしよう。もしかしたらこの村で初めての聖女様が生まれるかもしれない。シュンはどこにいっても重宝されるだろうね。冒険者になれば強力な前衛だ。いずれ魔王を倒す勇者になるかもしれないよ」
「じゃあ僕は!?」
「君はうんこだ。良いうんこをしなさい」
笑いながら神父様は説教台をバンバン叩いた。
「あんまりだ! もういいよ!」
教会を飛び出しました。村の人たちから「能力どうだった?」と聞かれるけど、答えたくない。
家に帰ったら両親にも「きっとすばらしい能力を授かったのよね」って、ばか。
ねぇんだわ! 能力! うんこ! もうね、どうしていいかわかんないよ。
しばらく秘密にしていよう。
その日は夕方にはベッドに入って、ふて寝した。涙で枕が乾くことはなかった。
・
・
・
翌日には村中に僕の能力が「うんこ」だとバラされていた。容疑者は四人。幼なじみのヤンとリンとシュン。それに神父様。
見事に全員が犯人だったので、村の誰もが知ることとなった。
「オマエみたいな奴は勘当だ!」
父さんに家から蹴り出された。
最悪だ。僕はおのれの生まれを呪った。
村に居場所もない。ああもう、死にたい。死んでやり直したい。
足は自然と、禁足地と呼ばれる古代種の森に向いていた。
村からすぐのところにある、エルフが住む森だった。最近はエルフはほとんど見かけないけど、この森に入った人間はみんな帰ってこない。
きっと、森を汚す者を許さないというエルフに殺されてしまったんだと思う。
誰も立ち入らない森。
死にたい僕にはぴったりだった。
暗い木々の合間を歩くことしばらく――
喉はカラカラでお腹も鳴った。こんなことになるなら、昨日の夕飯を食べておけばよかった。
消沈したその時。
物陰からいきなり何かにのしかかられた。茂みから飛び出したそれは牛ほどもある巨大狼だった。
ああ、エルフに殺されるのかと思ったけど、自然はもっと残酷だ。
押し倒されて首筋に狼の牙がかかる。やっぱ死ぬのは怖い。漏らしそうだ。というか、漏れてるかもしれない。
目を閉じ最後の瞬間を待つと。
ヒュンと風きり音が響いて、狼がドサリと倒れた。そのまま狼は黒い煙のように消えてしまった。
ああ、魔物だったんだ。
「無事かい?」
銀髪ロングに赤い目をしたお姉さんだった。巨乳がはみ出そうなきわどい服装ながら、構えた弓は狩人のそれだった。
耳がとんがっていて長い。
エルフだ。本当にいたんだな。
「あ、ありがとうございます」
「こんな深いところまで人間がなんの用かな?」
「僕、村にいられなくなって……もう人間不信で……この森に入った人間は二度と戻らないっていうから、死のうかなって」
お姉さんが僕のほっぺたを平手で叩いた。
「痛ッ! いきなりなにするんですか!」
「死ぬなんて気軽に口にするものじゃないよ。ともかく……事情があって行き場がないなら、ついてきなさい」
手を引かれて、僕はエルフのお姉さんの住む集落に向かうことになった。
名前はエルンさん。年齢を数えるのはもう忘れてしまったけど、集落のエルフの中では最年少だそうだ。
・
・
・
エルフは森の恵みで暮らしているという。けど、禁足地の森は枯れ始めていた。
集落では人間の真似をして農作物を作る試みがなされているけど、土地のマナが不足していて十分に育たない。
獲物を狩って暮らそうにも、魔物が増えて鹿も兎もいないんだそうな。
「エルフってお肉を食べるんですか?」
「昔はこの世界に満ちたマナを呼吸するだけで良かったらしいんだ。ただ、エルフというのは数を増やすのに色々とあってね。人間と同じものを食べるようになったんだよ」
「よくわかんないですけど……」
集落の広場までいくと、狩人のエルンさんの元にエルフの女の人たちが集まってきた。
みんな巨乳でスタイル抜群の美人な女の人ばっかり。
というか、お年寄りや子供……そもそも男がいなかった。
金髪に褐色肌のエルフが前に出る。
「人間はさすがに食べないわよエルン」
「いや族長。コーエンは迷い人だ。人間の村を追放されたらしい。しばらく、次の行き先が見つかるまではここにおいてくれないか」
金髪エルフはこの集落の代表者みたいだ。
「そうか。かわいそうに。誰か少しでも食べ物をわけてやってくれないか」
エルフたちは互いに顔を見合わせました。みんな困ってるみたい。死にに来たのに、なんだか申し訳ない。
「あ、いいんです。すぐに出ていきますから」
エルンさんが僕に言います。
「甘えてもいいんだぞコーエン。辛いことがあったんだろう」
「けど、みなさん食べ物に困っているんですよね」
「ああ、この通りガリガリに痩せ細ってしまっていてな」
そうかな? 見た目はそうでもないんだけど。
「そうなんですね」
「あ、ああ。そうか人間にコーエンにはマナが見えていないからか。エルフの肉体は痩せ衰えたりはしないからな。かくいう私も、魂は痩せ細ってしまっているんだよ」
「文化というか種族が違うんですね」
なんて話をしている間に、少しだけだけど森で採れたという果実とキノコ。あと井戸から汲み上げたお水をもらった。
「食べていいですか?」
「こんなものしかなくてすまないね」
「あ、ありがとうございます」
みんなに見られる中で食べるのはなんだか忍びないけど、ペロッとたいらげてしまった。
エルンさんが「次は必ず大きな獲物を仕留めて戻る! みんな諦めずにこの森を守って生きていこう!」と、声をあげた。
けど、誰もが疲れ切った顔だ。族長がエルンさんの肩を叩く。
「おまえも休め。もう三ヶ月毎日狩りに出ずっぱりだ」
「私は大丈夫だよ族長……それより」
エルンさんの赤い瞳が僕を見る。
「今夜は私の家で休むといい」
「なにからなにまで、本当に……」
「だからもう死のうなんて考えるんじゃないよコーエン」
大きな胸で包むように僕はぎゅうっと抱きしめられた。温かかった。
・
・
・
翌日、改めて集落を案内してもらった。
集落の周囲の森は枯れていた。
畑らしきものもあるけど、全然基礎ができてない。ちゃんと耕さずに適当にタネを蒔いた感じだ。
エルフって案外雑なんだな。と、思う。
けど、畑をきちんと耕したとしても、たぶんこの土じゃ作物は実らない。
「エルンさん。集落に男の人はいないんですか?」
「エルフに男はいないんだ」
「ええ!?」
「人間からすれば美女揃いだそうだよ。昔はエルフの美貌を得ようと大軍が押し寄せることもあったそうだ。百年前には魔王軍が森に攻め込んだらしい」
「ど、どうなっちゃったんですか?」
「滅ぼされていれば、もうここにはいないさ。みんな撃退してやったんだ。昔のエルフは強かったからね。今はどんどん数を減らしている。私が末っ子だ。ちなみに母は族長のタニアだ」
「似てないかも」
「父親の形質を継ぐからね」
つい、首をひねった。
「男のエルフはいないのに……ですか?」
「他種族から生命力溢れる者の力を借りるんだよ。基本的には人間のそれと同じ方法で増えるんだが……今や魂が消え去りそうでね。一番若い私ですら、妊娠と出産には耐えられそうにないんだ」
エルンさんは悲しげだ。
「ぼ、僕にできることはないですか?」
「コーエンの子を産めればよかったんだが、きっと魂がもたない」
「こ、こ、子を産むってそれって」
「生殖行動は良いことだからな。とても気持ちが良いとも聞くし。族長によく話してもらった。死ぬまでに一度、体験してみたかったよ」
「あ、ああああえええっとおおお」
「なあコーエン。君は人間だ。寿命こそ短いが、生をまっとうできる。生きている間になにか成し遂げたい夢はないのかい?」
「ないですよ。だって……」
僕の能力は「うんこ」なんだし。
「そうだな。では、私が狩りを教えてやろう。私が死んでこの集落が無くなるまであと十年ほどか。その間に君を超一流のアーチャーに育てようじゃないか」
「む、無理ですよ! 弓なんて持ったことないし! うち、農家だし」
勘当されたけど。
「そうか、無理強いはできないな」
エルンさんのためにも、なにかしてあげたいな。
と、思ったところで。
「すみません。トイレ……どこですか?」
昨日から感覚が麻痺していたけど、ひと心地がついて食べ物をわけてもらったおかげで、胃腸が調子を取り戻したみたいだった。
「森で適当に済ませるものだが? ああ、お尻を拭きたくても良い葉がないか」
「うう、トイレないんだ」
このままじゃも、漏れる!
僕は枯れた森へと駆け込んだ。折れた巨木の後ろに隠れて、その場でうんこをする。
と――
僕のうんこは地面にスッと溶けて消えた。枯れ木色の大地に突然、異変が起こった。
緑が甦ったのだ。まるで世界が再生されるように。時を巻き戻したか、それとも種を蒔いて早送りにでもしたみたいに。
灰色の森が僕の脱糞地点を中心に、緑溢れる森の姿を取り戻した。
これが僕が初めて能力「うんこ」を使った、最初の記憶だった。
・
・
・
森の異変は百年前――
魔王軍によってもたらされた死の呪いだった。エルフを蹂躙するはずが、逆にボコボコにされた魔王軍は腹いせに、土地に呪いをかけていったのだ。
呪いは芽吹き、エルフはすっかり弱体化していった。余命十年にまで迫ったところで――
僕が禁足地にやってきたことで、魔王軍のもくろみは瓦解した。
うんこをすると、そこから緑が溢れ出る。
森は生まれ変わり、命で満ちていった。僕のうんこによって生まれた森の恵みを、エルフたちが収穫する。
果実には生命力が溢れ、傷つき痩せ細ったエルフたちの魂をふくよかに満たしていった。
自分たちが苦しいのに、僕に与えてくれた人々だ。
みんなが幸せになるのが、自分のことのように嬉しかった。
だから僕はいっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱいうんこをした。
ただ生きているだけでエルフの美女に感謝される。喜ばれる。抱きしめられる。最高にハッピーだ。
森の魔物は元気になったエルフたちによって駆逐された。
禁足地は広がっていく。
で、僕は食べて食べて食べまくった。結果、太った。豚のように。
すると、僕のうんこが普通のうんこになってしまった。
この能力は、僕が健康体であることが前提だったのだ。
それからしばらく、ダイエットが始まった。太るのはあっという間だけど、痩せるのは大変だった。
一年かけて体重を戻してからは、食事に気を遣い、適度に運動もするようになった。
エルンさんに弓を習って、森を一緒に駆け回るようになった。
時が過ぎて――
エルンさんが最初の僕のお嫁さんになった。魂が回復した彼女と、僕は森の中で初めて結ばれた。
妊娠が発覚すると集落はお祭り騒ぎだ。
エルンさんが僕の相手をできないとなったら、今度は母親のタニアさんを抱くことになった。
人間の世界じゃあり得ないけど、エルフにとっては普通のことらしい。
タニアさんも、自分の夫が自分の母親とも子供を成したので、娘のエルンに相手ができたら、そうしたかったと語った。
あとはもうなし崩し的に、僕は集落のエルフのみんなと子作りに励んだ。
いっぱい愛して、いっぱい愛された。
森は広がり、ついには僕が生まれた村さえも森が呑み込むことになった。
村の連中も、僕を捨てた両親も遠くへ引っ越していくしかなかったみたい。
それから七十年――
禁足地の面積は元の十倍に広がった。エルフの森林大帝国だ。
エルフの人数も増えに増えて、国と言えるくらいにまで成長した。
僕は寿命を迎えた。天寿を全うしたと思う。
最後の瞬間まで、僕の手を握ってくれたのはエルンさんだった。
「ありがとう……エルンさん。あのとき、僕を拾ってくれて……」
「ううん。コーエン。この森に来てくれて……ありが……うう……やだ……死なないで! 逝かないで!」
「人間だから……ね。ずるいや……エルンさん……全然……あの日と……かわらないんだ……もの」
「やだ! 一人にしないで!」
僕を寝かせたベッドの周りには、家族が集まっている。
本当は最後に一人一人、全員を抱きしめたかった。
「みんな……いるよ……大丈夫だよ……エルンさん……は」
「ううっ……コーエン! コーエン! 目を閉じないで!」
「そろそろ眠るね……ありがとう……みんな……ありがとう……エルン……さん」
目を閉じる間際、みんなが僕のために泣いてくれた。
幸せだった。
あの日、教会でクソ能力認定された僕は、結局、英雄にもなれなければ魔王を倒したりもしなかったけど、誰よりも幸ウンだったのかもしれない。