烏帽子形兜に託した親心
妻が無事に赤子を出産したと知った時、私は心底ホッとした物だった。
しかも産まれた赤子が健康な男子なのだから、士族の父親としてこれ以上の喜びはないだろう。
何しろ我が淡路家は由緒正しき武家の家系にして、淡路一刀流剣術指南所の館主の一族なのだから。
「御覧下さい、春尚さん。貴方の子にして我が淡路家の跡取り、養宜ですよ。」
私達の待望の跡取り息子は、愛しき妻の懐の中で健やかに眠っていた。
今は目も開かぬ赤子だが、無事に成長すれば妻と私のどちらに似ているか分かろうという物だ。
母子共に健康で産後の肥立ちも良好。
そうして一段落ついたなら、色々考えなければならない事も出てくるものだ。
「本当によくやってくれた。この子には是非とも、我が淡路家の跡取りに相応しい立派な士族に成長して貰いたい物だよ。」
「それでしたら、我が淡路家の氏神様へ御参り致しませんとね。初宮参りの日取りも決めたい所ですし、奉納品も考えておきたいですね。」
我が子の健康や武運長久を願うのは、武家の親として当然の事。
奉納品も充分に吟味したい所だろう。
だが私の中では、既に答えは決まっていたのだ。
「いや、奉納品は既に烏帽子形兜と決めてあるのだよ。」
「烏帽子形兜…清正公や利家公が用いていた兜で御座いますか。その御二方は確かに、武家の子息の模範で御座いますね。」
流石は剣術指南所の師範の妻にして士族の娘、話が早い。
鉢が真っ直ぐ伸びた形が烏帽子を彷彿とさせる事から其の名が付いた烏帽子形兜は、従来の兜より鉄板の使用量を抑えられたため、軽量で活動性にも富んだ実用的な兜として戦国後期には多くの武士達に愛用されたものだ。
その中には勿論、加藤清正公や前田利家公も入っている。
忠義の人である清正公や勇敢で聡明な利家公は、確かに武家として見習いたい先人だ。
だが私にとって烏帽子形兜は、それ以上に思い入れ深い物なのだよ。
「実は私の父も、私の誕生を祝して烏帽子形兜を奉納したのだよ。勿論、清正公や利家公に肖りたいという思いもあるのだがね。」
「まあ…それは素敵な事!御義父様と御義母様が奉納された春尚さんの兜と、これから私達が奉納する養宜の兜。氏神様には親子二代の烏帽子形兜が二刎も並ぶのですね!」
そんな私の提案には、妻も一も二もなく賛成だった。
厳しくも優しい両親が私に惜しみ無く注いでくれた、愛情と薫陶。
それを私達も、親としてこの子に存分に注いであげたい所だ。