玉地魁人、28歳_Ⅲ
げほっとという重めの咳をする声で目が覚めた。
少し重たい頭を抱えて起き上がると、台所からしょっぱいいい匂いがする。
久しくこの家で嗅いでいない、手料理の匂い。
ぺたぺたと歩いていくと、ぼんやりした顔で鍋をかき混ぜているふゆたろがいた。
湯気に充てられたのか頬が少し赤らんで、たまに木のスプーンでかき混ぜている。
稀な光景に何となくそのまま見ていると、鍋から直接引き上げたスプーンをそのまま口に持っていき、味見なのか口に含んだ。
この子猫舌じゃなかったか?と思った瞬間、「ぷわ!?」と聞いたことない鳴き声を上げて、スプーンを落とした。
慌ててそちらに歩いていくと、床からスプーンを拾ったふゆたろがびっくりした顔で振り返った。
「うわ、びっくりした。起きてたんだ」
「びっくりしたのはこっちね。
君猫舌でしょ。てかそんな直でいったら普通に火傷しちゃうよ。
大丈夫?」
「おん…」
少し涙目になって大丈夫そうではなさそうなふゆたろが、ごほっと咳をして、気づいた。
「ほぉん。ちゃーんとうつってますなぁ、ふゆたろ氏」
「まぁ、うつるだろうね。
君もだいぶ良くなってそうだし、まだそんなひどくないから今日仕事終わったらそのまま帰るよ」
器におじやを掬っているふゆたろの頭に手を置き、ため息をついた。
「おばか。
仕事は休みなさい。そんで泊ってけばいいでしょ。
君実家なんだから家族にうつすし、俺が看病しますとももちろん」
「私社会人だよ。ほんとに動けなくなる前に、できる限りのことはして、片づけなきゃ。
皆忙しいんだから。
…しかも玉地に看病とかできなさそうだし…」
…さらっとなんか悪口みたいなのはいったな。
「1日も2日も1週間も変わらん。
ウィルスをまき散らされるほうがテロ行為だよ」
迷うように目を泳がせるふゆたろがまた口を開くので、その手からおじやの入った器を取り上げて背中を押す。
「じゃあ家帰って在宅で…」
「ほんとに頑固やな。先輩がダメって言ってんだからダメだよ、ふゆたろ。」
台所から部屋に戻り、ぐいと押してベッドに入れる。
真面目な顔でじっと見つめると、やはり赤みが増してきている顔が少しびくっとして、でもすぐに強気そうな顔に戻って口角をむんと下げた。
しぶしぶ布団にくるまりながら、少し不服そうに口を開く。
「…おじや少し薄めにつくってるから好みで味足して。
あと、業務端末とって。玉地がうるさいから連絡するから」
「はいはい。
ありがとね。どーぞ」
何かぶちぶち文句らしきものを言いながらぽちぽちとメッセージを打っているふゆたろを横目に、おじやを一口。
…うまいな。
めっちゃ俺好みだ。
もくもくと食べていると、いつの間にか静かになっていて、ベッドに目を向けるとじっとふゆたろがこちらを見ていた。
「ふゆたろ、これめっちゃうまいよ。
めっちゃ俺好み」
「…そ。よかった」
照れているのかむにゃむにゃしている口元に少し笑いそうになりながら、中途半端に布団をかぶっているふゆたろに布団をかけなおす。
「俺これで全回復するから、ふゆたろも気兼ねなく体調崩してくれ」
「うん…?…うん、まぁうん」




