甘えたい夜には【2】
「…1時間後とは伝えたはずだけど、なんか待ちくたびれた顔してるわね」
ジーンズのポケットに片手を突っ込んで私を見下ろす長崎を見上げて、へへっと笑った。
「おつ~。
いやぁなんか時間つぶそうにも顔がご覧の通り悲惨すぎて、お店に入る気にもなれず…」
「…はぁ、まぁいいわ。
とりあえず入んな。ワインも買ってきた」
長崎の玄関に寄り掛かっていた私は立ち上がりながら長崎のマイバックの中をのぞき、赤いボトルを発見する。
「わたし赤苦手~」
「あんたは飲まなくていい。
話すことがあるでしょうよ」
ガチャリと鍵を開けて玄関でヒールを脱いだ長崎は、仕事終わりとは思えないほどテキパキとキッチンへ向かい食材を冷蔵庫へつめている。
私もサンダルを脱ぎ、手を洗いに洗面台へ向かう。
「結構汗かいてるわね。シャワー浴びちゃいな」
「家主より先にかたじけない。
ありがとうございまする」
うがいも済ませてキッチンに向かうと、涼し気な長崎が私をちらりと見ていった。
その手元は何か素敵な食べ物を作っている最中のようだ。
少しわくわくしながら脱衣所に向かい、少し張り付いた肌着を引っぺがしているとガチャリと脱衣所が開いた。
「えっち」
「はいはい。服貸して。
タオルとついでに乾燥機までかけちゃうから。」
「…うぅありがとう…いい女だわ」
「知ってる」
頭が上がらず、すっぽんぽんのままぺこりと頭を下げて、なんとなく低い体勢をキープしながら浴場へ入った。
ザァァ…
「…はぁぁぁ」
すりガラス越しにゴウン…と音を立てる洗濯機の音を聞きながらシャワーを浴びていると、不思議と心が安らいでいることが分かった。
長崎を待っている間の夏の夜の空気は、また、様々な思考がめぐってしまっていたけど
今は熱いお湯と古い洗濯機の音が思考をかき乱してくれる。
――願わくば。
葵くんも私なんかと別れたことで、あまり心を乱してなければいいと思う。
彼の家族や友達が、なんてことないように笑い飛ばしてくれればいいと思う。
そう願ってしまうくらいには、私たちはお互いに初めての恋人という「人間関係」に対して、真剣に向き合っていたと思うから。




