復讐を企む男装令嬢、王女殿下(男)の恋人役になりました
短編です。男装女子×女装男子のラブコメ。ヒロインはちょっとだけ口が悪いです。暇な方だけどうぞ。
――どうしてこんなことになったんだろう?
現在、私ことリアナは、第一王女殿下ことセリーヌ様その人に、壁に押し付けられていた。セリーヌ様はこちらを鋭い目で睨みつけており、甘い雰囲気など欠片も感じない。
セリーヌ様といえば、可愛らしい容姿のお姫様として国民に親しまれており、国内外問わず大人気の超有名人である。案の定、学園でもそれはそれは人気者だった。
それがまさか。
「貴様、俺の正体を知ったな?」
可愛らしい容姿とは似ても似つかない、ドスの利いた声で話すお姫様。
いや、この事実を知ってしまった、というだけでも大変なのだが、とある事情により、面倒くささに拍車がかかることになってしまった。
「リオ・サイアス。貴様、俺が男だと知ってしまったな?」
そう、私、男装しているのです。
私、リアナ・フルールは、とある貧乏な伯爵家に生まれた。食事も平民と大差なく、掃除や裁縫なども各々でやることが多く、使用人数人雇うことすら手いっぱい。貴族の中でも底辺の暮らしをしていた。とは言っても、人生が苦というわけでは決してなかった。確かに生活は大変だったけど、両親は共に優しく、それなりに幸せな生活を送っていたのだ。
ことが変わったのは六年前。
突如として、我が家に祖父を名乗る人物が押し寄せたのだ。父方の祖父は、私が生まれるより前から行方不明だと聞いていたが、その人物は自分が伯爵だと言って聞かず、屋敷を占領したのである。それも、大勢の兵を引き連れて。元々貧乏な我が家では為す術などなく、私たちの思い出の詰まった屋敷はあっけなく乗っ取られた。両親は私をわずかな使用人に紛れこませて逃がし、母方の実家に送った。
何もわからないまま母の実家、サイアス子爵家についた私は、流されるままにサイアス家の養子となり、そのままサイアス家で生活することになった。サイアス家の方々は私を我が子のように接してくれて、学園に通えるように学費まで払ってくれた。そう、何一つ不自由ない生活を送れていた。
両親がどうなっているかもわからないまま。
誰も詳細は教えてくれず、笑って誤魔化すだけ。両親は無事らしいのだが、手紙一つ届くことはない。
それから数週間たった頃。フルール伯爵家が豪遊している、という噂が広まっていた。元々貧乏な我が家にそれだけの金が無かったこともあって、様々な憶測が飛び交っていたので、私にも情報が入ってきたのだ。
だからこそ理解してしまった。例の人物が私たちの家で好き勝手していることを。我が家の名を騙って、様々な悪事に手を染めていることを。あの家には金になりそうなものなんてないから。
そんな噂が出て一年も経てば、私の性格が歪むのも不思議ではないだろう。
あのクソジジイ、私たちの生活を奪ったこと、絶対後悔させてやる!
結果私は、令嬢とは思えないレベルの男勝りな性格となった。刺繍、茶会などの令嬢としての嗜みはガン無視し、勉学、剣術、体術、魔法とともに明け暮れた。騎士団の訓練に紛れ込んだり、魔法書を読んで攻撃魔法を覚えまくったり。
サイアス家で一番の実力者の護衛をぶちのめしてしまった頃、サイアス夫妻も流石に不味いと思い、一度は私を宥めたが、もはやすべて手遅れ。私の意識は変わらず、あのジジイを社会的にも物理的にもぶん殴ることしか頭になかった。
結局折れたのはサイアス夫妻だ。
でも世間的に不味いので私を男として扱うことにしたらしい。というか、騎士団の訓練に紛れ込んでいた私を周りが男だと認識していたらしいので。名前をリオ・サイアスと変更することになったのが二年前。案の定学園にも男として通うことになったのだが、じゃあ髪邪魔だな、と思って切ろうとしたところを必死に止められた。結局カツラに髪を押し込む形になったが、正直言うと納得はしていない。
そんなこんなで学園に男装して通うことになった私だが、それが怖いくらいに馴染んでしまっていた。数年で矯正された性格かつ男装していることもあって、誰も女子とは思わないのである。ついでに言うと大柄な剣術の先生に圧勝してしまったのも原因の一つだが。
そんなわけで特に問題も無く学園生活を送っていた私だったが、その日は学園の資料室で黙々と過去の資料をあさっていた。あのジジイを社会的に殴るためにも、しっかりとした知識は必要だ。
うん、やっぱりこの資料室は最高だね。卒業生の過去の文献とか研究資料とか、大量にあるし。みんなこんな古臭い資料室よりも新しく出来た近くの図書館の方に行くから、誰一人としてここに来ない。来るとしても極稀にご老体の先生が一人来るだけだ。一人で黙々と作業したいときはここに限る。
「今日はこんなものかな」
時間的にもそろそろ帰らないとだし、残りの考察は家に持ち帰ることにしよう。ということで私は、資料を書き写した紙束を抱えて資料室から出ることにした。
…のだが。
ガラッ
「だから誰もいませんって」
「本当でしょうね」
扉の開く音がして、誰かの話声が聞こえ出す。誰かが資料室にやってきたようだが、ここの位置からはちょうど死角になっているために、誰が来たのかは分からない。
(先生かな?)
私は特に気にせず外に出ることにした。
――その考えが、こんな事態を招いてしまったのだろう。
「だからここなら大丈夫ですって。誰もいませんし、絶対殿下が男だなんてバレませんよ」
「それならいい…が?」
その瞬間に陰から出てきた私は見事にその人、セリーヌ姫殿下と目が合ってしまった。
目を見開いて固まるセリーヌ姫(?)。聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするが、私はにこりと笑って出口へ向かう。ススッと移動し、出口は目の前だというところまで来たが、その瞬間にバンッと音を立ててドアが閉められた。
そして、今に至る。
「殿下ー、どーしますー?流石に知っちゃったからにはそのままってわけにはいかないでしょー?」
「そもそもカール、お前の不注意が原因だろうが」
「あはは、そうでしたー」
ノリ軽くないですか?でもそれなら、そんなに大ごとにならないかも。サイアス家の迷惑になることはしたくないし、ここで丸め込めれば…。
かすかな希望を持って私は口を開く。
「僕、何も聞いて無かったので帰っていいですか?」
「帰れるとでも思うか?」
思いませんけれども。退路を断たれ、内心で項垂れる。多分これは国家機密とかそういう類のものだ。私としては面倒極まりないが、国ぐるみの面倒くさいことに巻き込まれるのは目に見えている。ごめんなさい、サイアス家の皆様。養子にしてもらった挙句にこんな面倒ごとに巻き込まれてしまって。現実逃避がてら義父母と使用人の方々の顔を思い浮かべていると、何やら不穏な空気になっていることに気づく。
「まあでも、聞かれちゃったからには仕方ないですね。殿下、消しちゃっていいですか?」
「ああ」
はい?
私が眉をひそめていると、次の瞬間には気楽そうに笑っている男の手元に杖のようなものが握られていた。その男は安心させるようにひらひらと片手を振りながらゆっくり近づいてくる。
あれ?この空気は不味くない?私もしかして、今から殺されるの?そんな不安が伝わったのか、目の前まで来た男はにこりと笑って告げた。
「大丈夫、一瞬で終わるから」
やがて男はその杖を振り翳す。その瞬間に、私の理性は焼き切れた。
ガッ
杖が私の頭に振り落とされる瞬間に手で弾き飛ばす。カラン、と転がった杖を置き去りに、目の前の二人は呆けた顔をしていた。私は感情の赴くままに、二人をキッと睨みつけた。
「そもそもの話、あんたらの不注意が原因でしょーが。僕が先にこの部屋使ってたんだしさ。なのになんで僕が責任取らなきゃいけないわけ?」
「「!!」」
驚いて固まる二人をよそに、私は淡々と出口に向かう。ガラッと扉を開いた後、私は後ろを振り向いて、二人を見ながら親指を下に向けた。
「僕、あんたらみたいのが大っ嫌いなんだよね」
そう言い残して私は資料室を出た。
「それで殿下、どうします?あいつの記憶消しときます?」
「いや、いい」
いつも通り軽い調子で告げる側近に、端的に返す。そしてセリーヌは意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「あいつは使えそうだ」
その目は、面白いもの見つけた子供のように楽しそうだった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
私はあくびを噛み殺しながら教室へと向かっていた。
「はあ。昨日は散々な目に遭った」
王女様(?)相手に啖呵を切っていたことに帰ってから気づき、流石に不味くね?と内心大焦りだったわけだが、朝になっても王家から何か反応が来ることはなかった。てっきり王家から何かしらの処分が下るのかと思ったが、怖いくらいに何の反応もない。若干の不安は残りつつも、おそらくあんな機密事項を大ごとにしないための措置だろうと勝手に解釈した。
…とはいえ昨日は流石に寝付けなかったが。
サイアス家を巻き込むことが無かった件に関しては一安心だが、流石にこれからはあの資料室には通えない。いや、それだけじゃなくてあの王女様を警戒しなければ。学園では気が抜けなくなってしまった。唯一の救いは王女様はクラスが違う点くらいか。全く、最悪だ。あの資料室は私お気に入りの勉強スポットだったのに。
ため息をつきつつも教室の目前にまで進んだとき。
勢いよく扉が開かれた。
そこからとんでもないスピードで飛び出てきたのは学園で唯一の友人だ。とんでもない形相で辺りを見渡し、私で視線が止まる。そのまま私の目の前まで近づくと、思いっきり肩を掴まれ、揺さぶられた。
「お、おいリオ!!お前いつの間にあんな大物を射止めたんだ!?」
「おい落ち着け。それに何の話だ」
射止めるって、狩猟大会に参加した覚えはない。目の前の友を宥めつつも話を聞こうとしたのだが、ただ口をパクパクさせるだけで正直何が言いたいのかは全く分からない。もう訳が分からないので無視して教室に入ろうと扉を開く。
――その瞬間、今最も会いたくない方が視界に入った。
その方は美しい金髪を揺らしてこちらへ駆け寄ってくる。それはそれは可憐な笑みを浮かべながら。
「リオっ!!探しましたのよ…?」
「お、王女殿下…?」
「もう、セリーヌと呼んでくださいと言ってるではありませんか」
昨日のドスの利いた声が嘘のような可愛らしい声。仕草、歩き方、表情、何を取っても完璧な美少女であった。流石は国一の人気者だ。頬を膨らませて拗ねている彼女も大層可愛いのだが、これが男だと考えると内心は複雑である。それよりも、この方はいったい何を企んでいるのか。
「…いったい何を企んでるんですか」
思わず小声で問いかける。その瞬間、彼女(?)はにこりと笑って私に向かって抱き着いてきた。予想外の出来事に思わず体が強張る。サラリと揺れる金髪からは薔薇の香りが漂っていた。この人、何でこんなに手が込んだ女装してるんだろ。しかし私が固まっている間にも事態は深刻化していく。
「や、やはりセリーヌ殿下とリオ・サイアスは恋人同士なのか?」
「そんな噂は聞いたことがないが…?」
「でもセリーヌ姫殿下が自分から抱き着いていたわよね…」
あ、まずい、とんでもない憶測が飛び交っている。早く否定しなければ面倒な気配が…!思わず声をあげようとしたところで王女殿下の手に力が籠る。制服にしわが寄るくらいにぎゅっと。顔は見えないけど余計なことを言うなってことか?割と力が強い。
しかし、その一瞬の隙で全ての決着がついてしまった。
「そういえば昨日、王女殿下とリオ・サイアスが資料室にいたのを見たよー?」
そう声をあげたのは昨日殿下と一緒にいた男だった。あいつ、わざとか?なんでわざわざ周りを煽るんだよ!その言葉をきっかけに場はさらに混沌と化す。
「え?嘘。っていうことは本当に?」
「俺たちのセリーヌ殿下がぁぁぁぁぁ!!」
「嘘だと言ってくれぇぇぇぇぇ!!」
「絶対コロス絶対コロス絶対コロス…」
その場は収まるどころか悪化した。まずい、これは平穏な学園生活どころではない!!…っていうか一人完全にヤバいやつが混じってるし!
この状況どうするんだと未だに抱き着いている殿下を見やると同時、セリーヌ殿下は押し付けていた顔を上げ、視線をこちらに向けてきた。そうして彼女はその天使のような見た目とは似ても似つかない、悪魔のような笑みを浮かべる。
その瞬間、ようやく私は悟った。すべて仕組まれていたことに。
「逃げられると思うなよ、リオ・サイアス」
この、悪魔が。
私は思わず内心で毒づいた。
◇◇◇◇◇◇◇
授業終わり、私は今日も資料室へと向かう。
「うげ、またこれか」
資料室の前に山積みになっている手紙の数々。ひとまずここに置いていても邪魔になるだけなので拾っておく。
約一か月経った今でも、騒動は衰えることを知らない。私と殿下の恋人疑惑は未だに否定できないでいた。いや、その本人が噂を広めているので私が否定しても自慢にしか聞こえないのだ。
おかげで安心した学園生活どころか、あからさまな悪意を向けられるわけだ。どこに行くにしても視線が付きまとい、今も何人かに見られている。
まったく、あの野郎め。王族だろうが何だろうが知ったことじゃないけど私の学園生活を台無しにしやがって。私が内心で愚痴りながらも資料室に入ると、先に来ていたらしい元凶が暢気に話しかけてくる。
「ようリオ、大変そうだな?」
「誰のせいだと思ってるんですか」
私は元凶の悪魔ことセリーヌ殿下を睨みつけた。口調は完全に男で見た目は美少女の、ちぐはぐの王女様。相変わらずの美少女っぷりだが騙されてはいけない。コイツは本物の悪魔だ。その奥では殿下の協力者兼側近のカール様がケラケラと面白そうに笑っている。
「なになに?まーた、呪いの手紙でも来たの?それとも果たし状?」
「確認したいなら好きにしてください」
ここ一か月でこの人に関しては突っ込まない方が得だと判断した。カール様の相手は大変めんどくさいのだ。何の抵抗も無く手紙の山を差し出す。それにしても最初の頃よりめっちゃ増えてない?
「えーっと、『いい加減に別れろ』『純粋無垢な王女殿下をたぶらかしやがってこの外道』『絶対コロス絶対コロス絶対コロス…』…うん、相変わらずの嫌われっぷりだね」
言われなくても知ってるし。見事にセリーヌ殿下の術中に嵌り、学園ではリオ・サイアスはセリーヌ殿下の恋人である、という噂で持ち切りだ。人気者の恋人枠だ。見事に学園では孤立してますよ、そりゃあ。唯一の友人ですら、どうやってオトしただの、女の子紹介しろだの大変うるさいし。今回ばかりは男装して学園に通っている現状が憎らしい。私が女です!って明かせればセリーヌ王女殿下と恋人にはなりえないって分かってもらえるのに。とはいえその本人も性別を詐称しているわけだけど。
「本当に誰のせいだと思ってるんですか」
呆れてため息しか出ない。何でこんなことになったと思ってんだ。そもそも私のお気に入りだったこの資料室だって、もはや殿下と私の逢瀬の場という認識ができてしまっている。だからこの場所に入る人こそいないのだが、資料室の外で待ち構えている人とか多いのである。ならば資料室に来なければいい、と思うかもしれないが、来ない場合は殿下が即座に教室までくる。クラスメイト達にあることないこと吹聴するので余計にたちが悪い。だったらまだ自分から資料室に向かったほうがいいという判断である。
「でもマシな方じゃない?今んとこ手紙送り付けられて文句言われるだけでしょ?」
「男ならそれくらい堂々と弾き返せばいいだろ」
私ホントは男じゃないので。とは言えないので、肯定も否定もしないでおく。嫌がらせ自体は大したことでもないし。とりあえず大量の手紙は束ねてカバンに突っ込んだ。家に帰ってから処分するつもりである。
最初の内は手紙をしっかり読んでから捨てていたのだが、一度本気で呪われそうな手紙が来てから読むのを止めた。普通に怖かったので。ちなみにその紙は燃やしておいた。
「でもきっとこの人たちも真実を知ったら絶望するんだろうな」
「…何か言ったか?」
殿下に睨まれたので思いっきり目を逸らす。でも事実だし。こんなにかわいい見た目してる上、気配りもできて、成績も優秀で国内外問わず人気のお姫様。そりゃあみんな憧れるよ。
だからこそ、絶対ショックを受ける。こんな性格の男だったなんて知ったらさ。
「…ホント、つくづくついてないわね、私って」
ぼそりと小さく呟いた言葉は、幸いにも誰にも聞かれることはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
「勝者、リオ・サイアス!」
試合が終わった直後、さっさと資料室に向かおうとした私に、スッと水が差しだされた。喉は乾いていたので一気に飲み干すと、横にいる人物に視線を向けた。
「で、何でいるんですか、殿下」
「あら、リオ。恋人を応援するのは当然のことですわ」
恋人になったつもりは無いんですけど。っていうか、周りからの圧が凄いのでやめてほしい。
「せめて場所を考えてくださいよ」
「じゃあ移動しましょうか」
殿下は茶目っ気たっぷりにウインクして見せると、そのまま腕を引っ張っていく。周りからの視線が鋭くなって逆効果になったことに気づいた。もうそろそろ視線に殺されそう。
「それにしてもリオ、意外と強かったのですね」
「それはどうも」
殿下は移動しながらも話しかけてくる。まだ周りに人がいるためか完璧なお姫様モードであった。この人、本当に猫を被るのがうまい。
今日は放課後に希望者のみ参加の模擬戦をしていた。あのジジイをぶちのめすために始めたこととはいえ、体を動かすのは割と好きだ。
「わたくしは得意なことなどないので正直羨ましいですわ」
「いや嘘つけ」
思わず素で突っ込んでしまった。周りに聞こえていなかったのが唯一の救いだが、殿下はこちらを振り向き、目を瞬いている。可愛らしく首を傾げているのに中身は男。多分元の私よりかわ…いや、今そんなことは関係ないか。
「…失礼しました。でも内心を隠すのがお上手なので詐欺…いえ、社交界には向いていると思いますよ」
「褒められてる気はしませんが…?でもそうですわね。わたくしにも得意なことはあったんですね」
どこか他人のことのように話している殿下に疑問を持ちつつも、再び歩き出す。
向かう先はもちろんいつもの資料室である。資料室の前に着くと、ガラッと扉を開け、中に入る。資料室には既にカール様が来ていた。何故か床に寝そべっていたけど。
「何してるんですか」
「疲れたから寝てるのー」
「ならとっとと帰ってください」
もうこいつは放置して資料をあさることにした。やがて参考になりそうな本を見つけた私は、適当な席に着いて読むことにした。
なるほどなるほど。これは参考になる。この資料室にあるものは、大変参考になるものが多いのだ。今回読んでいる本は、私がよく読む作者の本だ。相変わらず使えそうな情報が多い。
「リオ、お前何読んでんだ?」
もちろん、資料室の中なので殿下は素に戻っている。私が正直に答えるわけがないとわかっているようで、セリーヌ殿下は私の持っている本を横からのぞき込んできた。いつの間に起き上ったのかカール様も覗き込んでいた。まあ仕方ない。見られても困るものじゃないし。
「なになにー?『嫌いなやつを追い詰める方法』…?」
「何つーもん読んでんだよ、お前」
タイトルを見た瞬間に二人してドン引きしてきた。なら最初から見るなよ。
「何です?文句があるなら聞きますよ?」
「前から思ってたけどなんでお前そんなに好戦的なんだよ」
多分あのクソ爺のせい。とは思ったものの口に出す気分じゃなかったので資料を書き写すことに集中する。
殿下も殿下で何かいろいろと資料をあさっているが、なんとなく詮索しないようにしている。女装している理由も分からないし、どういう立場の人なのかも分からないけど、それなりに苦労して生きていそうだから。
…あと知ってしまったら苦労が増えそうだし。
◇◇◇◇◇◇◇
「おいリオ・サイアス。テメェ、王女殿下に気に入られてるからって調子に乗ってんじゃねえよ」
資料室へ向かう途中。面倒なやつに絡まれた。
あの悪魔のせいで飛んだ迷惑を被ってるよ、本当に。平和だったあの頃が懐かしい。私は思わず空を仰ぐと、胸ぐらをつかまれた。
「聞いてんのか!?」
ああ?とでも言いたげにこちらを睨みつけてくる。
…うわあ、本当に面倒なやつだ。これはいっそ、一発殴られてから正当防衛としてぶちのめしたほうがいいな。先手で殴ったのはそっちだからって慰謝料貰えるかも。ということで沈黙を貫く。
案の定というか、相手は額に青筋を浮かべて、キレる寸前だ。やがてもう片方の手で私の顔面目掛けて拳を下ろす。
「無視してんじゃねえよ!!」
「――何をしているんですか!」
しかしその前にかかった声により、拳は私の寸前で止まった。チラリとそちらを見ると、声の正体はセリーヌ殿下であった。目の前の男は殿下を視界に入れた途端に勢いをなくし、目を彷徨わせていた。
「せ、セリーヌ王女殿下、違います、これは…」
「言い訳は無用ですわ。この件は学園長にも報告させていただきます。行きましょう、リオ」
殿下は私の手を引っ張り、呆然とした男を残し、そのままこの場を移動する。やがて人のいないところまで移動すると、くるりと私に向き直った。
「おい、何で抵抗しなかった?お前の実力ならあんな奴くらい一瞬だろ」
「いや、全ての元凶の悪魔が何言ってやがるんですか」
思わずツッコミを入れた私は悪くないだろう。だってそもそも、あんたが謎の恋人ムーブをやったからこうなったんだよ?私の平穏な学園生活を返せや。
またもや内心で毒づいていたら、珍しくも殿下は罰が悪そうな顔をしていた。思わず目が点になる。
「いや、流石に今回は悪かった。流石に暴力未遂になりかねない。すまない」
素直に謝ってくる殿下。いつもの悪魔のような姿が嘘みたいであった。そのいつもと違う様子に、私にはとある感情が芽生えていた。
「――いや怖っ!!」
そう、恐怖である。突然悪魔が天使みたいになったらそれは普通に怖い。コイツ裏で何企んでんだ、となるのは当然と言える。
「おい、人が素直に謝ってんのになんだその反応」
だって怖いんだもの。もしかして明日死ぬのかな?いやそれは困る!!まだあのクソジジイへの復讐が済んでないんだこちとら!!…いや、明日だったら今日計画を実行すればまだ間に合うかも。なんて思考に没頭していたら、殿下の方からあからさまなため息が聞こえてきた。
「…はあ。なんだよそれ。謝って損した」
やけに失礼なことを言われた気がしたが、ひとまず無視した。
「っていうかお前、何でアイツ相手に抵抗しなかったんだ?」
「ん?ああ、それは先に一発食らってからボコした方が慰謝料もふんだくれて一石二鳥じゃないですか」
考えていたことをそのまま話すと、殿下はくすっと笑う。
「…お前の方が悪魔じゃないか」
それについては納得がいかないので思いっきり睨みつけてやった。
◇◇◇◇◇◇◇
今日も今日とて資料室へ向かうと、珍しくそもその日は殿下が頭を抱えていた。
「どうしました?とうとう頭がやられました?」
「…お前は気を遣うとか空気を読むとかできないのか」
「そりゃあ他の人にはしっかりしますよ。でも殿下には正直ざまあみろとしか思わないというか…」
「相変わらず辛辣だな…。縁談が来たんだよ」
そう言って殿下は再び頭を抱えだす。そして聞いてもいないのにぺらぺらとしゃべりだした。
「縁談をゴリ押されたらしくてな。婚約の拒否権はあるんだが、見合いだけは決定事項らしい。しかも相手はあまりいい噂を聞かない家だし。…なんで俺なんだよ」
「それ言ったら何で僕に話すんですか」
王族の結婚話なんて聞きたくないですよ、なんか事件に巻き込まれそうだし。
「いや、見合いが明日なんだよ。だから明日はここに来なくていいぞって話だ」
「…ご結婚おめでとうございます!」
「手のひら返しやめろ。しかも嫌だって言ってるだろ」
はあ、とため息をついて今度は机に突っ伏した殿下。そういえば殿下って表面上は女だけど、お見合い相手は男なのかな?それとも女?いやどっちでもいいけど、気にならないと言えば嘘になる。ということで、欲望に忠実に聞いてみることにした。
「で、お相手はどんな子なんですか?」
「それが分からないらしい。引きこもりなのか知らんが社交界にも出ていないようだし、年齢も不明だ。だからこそ怪しんでいるんだが、何故かゴリ押してくるんだとよ」
なんだ、分からないのか。でもゴリ押すレベルでお見合いまで持ち込んだんだから、情熱的な人に違いない。大丈夫、男だろうが女だろうが私は応援してあげますよ。恋に性別は関係ないですからね。
「おい、何だその目は」
何か言いたげな目で見てくる殿下は放置して、私は感慨にふける。そうか、とうとう殿下もお見合いか。これで私もお役御免だね。これからは心置きなく学園生活を満喫できそうだ。殿下が
…あ、でもそうだ。
「殿下、婚約者出来たらこの部屋に来ないでくださいね。いちゃつかれると邪魔なので」
「お前本当に失礼だな」
呆れたように言う殿下を無視しつつ、私は適当な本を読むことにする。
でもこの時間が無くなるのは少し寂しいと思う自分もいるのに少し驚いた。なんだかんだ言いつつも私は殿下と過ごすこの時間が割と気に入っていたようだ。
本人には決して言わないけど、良い人と結ばれてほしいな。
絶対に言わないけど。
◇◇◇◇◇◇◇
――その日の夜のこと。
サイアス家の屋敷でのんびりと今日の復習をしていた頃。突然、屋敷に誰かが訪ねてきた。
「お嬢様っ!!早くお逃げください!!あの野郎にお嬢様のことがバレました!!」
フルール伯爵家に仕えていたわずかな使用人の一人、ミリアが、私に知らせに来てくれたのだ。
「ミリア。詳しい話を聞かせてくれる?」
ミリアが言うには。あのジジイは金目当てで悪い噂のあるところに投資したり、国からの金を横領したり、はたまた隣国に危険な魔道具を売ったりしているらしい。噂である程度は聞いていたが、金を手に入れるには手段を選ばないようなやつだ。
私の存在を知った瞬間にも居場所を吐けと両親に詰め寄ったそうだ。おそらく人買いに売ったり、高位貴族に嫁がせたりして大金を手に入れるつもりだったんだろう。それを察していたお父様たちは私の居場所を伏せていた。奴はしらみつぶしに探し始めたが、お父様たちのおかげで今日まで時間が稼げていたようだ。
ミリアの話を一通り聞き終わった後、私はスッと立ち上がった。
「よし乗り込もうか」
「お嬢様ぁ!?」
「だってあの野郎に一発…いや百発は殴らなきゃ気が済まないんだもの」
お父様たちを見捨てるなんてできるわけがないし。今逃げたとしても状況は何も変わらない。だったらさっさとぶちのめすほうが早い。それに敵陣に潜り込んで隙を突いた方が勝率が上がるかも。あの爺が悪事を働いている証拠も見つかるかもしれない。…結局は奴から逃げるのが気に食わないだけだけど。
「はっはっは、相変わらずお嬢様は奥様そっくりですな」
突然聞こえた声に思わず振り向く。振り向いた先にいたのは、ミリアと同じく我が家に仕えていた執事のギル爺だ。ミリアは昔よりも少し背が伸びていたのに対し、ギル爺はあの時から何も変わっていない。ギル爺は朗らかに笑いながら懐から封筒を取り出した。
「丁度いい縁談話を用意してやったから至急連れ戻せとあの野郎が申しておりました。こちらをどうぞ、お嬢様」
「ありがとうギル爺」
私はギル爺から渡された封筒を手に取り、中を確認すると、公爵家のご令息の釣書が入っていた。ざっと目を通して、少し考えこむ。あのジジイがこんないいところから縁談を持ち込めるわけがないから、借金とか愛人持ちとか何か訳ありか。それともあのジジイが無理矢理決めたのか。後者だった場合、あのジジイをぶちのめすのに協力してくれるかもしれない。公爵家の後ろ盾があればあのジジイを追い詰めやすい。
この前読んだ『嫌いなやつを追い詰める方法』にも、圧倒的な権力で叩き潰すのも効果的だって書いてあったし。
となると、この縁談を利用するのが手っ取り早い。
「その縁談、受けましょう。そしてその方に協力を頼みましょうか」
「承知致しました」
「お嬢様ぁ…」
うなだれるミリアを置き去りに、私はあのジジイをぶちのめすための計画を練るために、脳を巡らせた。
◇◇◇◇◇◇◇
「セルジュ・ジルベルトです」
「リアナ・フルールと申します」
お互いに簡潔に自己紹介を終わらせると、ジジイの手先らしい男が揉み手しながら何か話しているが、私の脳はフリーズ状態。かろうじて笑顔を張り付けることで手いっぱいだった。
「それではあとは若いお二人で」
そう言って席を立った男は、去り際に私に「既成事実でも作って逃げ場をなくせ」と囁かれたけど、それすらもどうでも良いくらいに私はこの現実に衝撃を受けていた。
この室内には私と目の前の彼の二人きり。
ひとまず私は机に置かれたティーカップを取り、紅茶を一口だけ飲む。ほぼ同時に、目の前の彼もティーカップを手に取っていたようで、気まずい沈黙が続く。
…先に沈黙を破ったのは彼だった。
「お前、女装の趣味あったんだな」
「…あなたにだけは言われたくないですよ」
思わずもう一度ティーカップに手を伸ばし、こくりと飲む。ようやく脳内が整理できてきたので、思わずため息を吐いた。
「なんで殿下がいるんです?」
「その質問はそのまま返す」
そうしてまた一口紅茶を飲んだ。正直言うと紅茶ってあまり好きでは無かったけど、今はとてもありがたい。まさか例のお見合い相手がセリーヌ殿下だと思わなかったし。服装も態度も完全に紳士だったが、声を聞いたら一発で分かった。完全に殿下の素の声だし。そういえば昨日縁談ゴリ押しされたって言ってたような。こんな偶然ってあるもんだな。
「私は色々とあってサイアス家の養子にしてもらってたんですよ。こっちが本性です」
「じゃあお前、実家では女装してるってことか?」
「何でそうなるんですか、あっちが男装なんですよ」
そうしてまた紅茶を飲む。殿下は目を見開き、固まっていた。ちょっと驚きすぎな気がするけど。
「お前、女だったのか?意外過ぎるだろ」
「普段女装している奴が何言ってんですか」
突っ込みつつもまた紅茶を飲む。どこの誰だよ、国一の人気を誇る女装野郎は。真相知ったら意外に思うどころか国全体が混乱するっつーの。
「でも殿下こそ公爵家のご令息だったんですね」
「お前と同じく養子にしてもらってたんだよ。王家にはいろいろと事情があるってことだ」
はあ、王家の事情ね。それに巻き込まれる私の身にもなってほしいわ。そうしてまたまた紅茶を飲む。そろそろ冷めてきていた。
「そういえば殿下が例のお見合い相手だったんですね」
「全くだ。まさかこの縁談がお前んちのだとは思わなかった」
「文句は全てクソジジイにお願いします」
「クソジジイ?」
首を傾げる殿下。そういえば殿下に私の事情を話したことなかったな。殿下の事情も聞いてないけど私の事情も話してない。私の『ジジイぶん殴り計画』を知っているのはサイアス家の方々だけだ。
というかそうだ!あのクソジジイをぶん殴るためにこの縁談を受けたんじゃない!!
私は残り少ない紅茶を飲み干し、カップをテーブルに戻した。
「その件についてで少し協力してもらいたいことがありまして。見合い相手が殿下だとは思いませんでしたが今となれば好都合。我がフルール伯爵家を救っていただきたいのです」
私は殿下にフルール伯爵家の現状をかいつまんで説明した。数年前にあのジジイが来たことも、そのまま伯爵家を乗っ取ったことも、我が家の名で悪事を働いているであろうことも。私が知っていることを話すと、殿下は納得したように頷いた。
「――なるほど。だからお前は男装してたんだな。そいつにバレないように…」
「…そうですね」
男装に関してはそんな思惑なんて無かったけど、ここは肯定しておく。
「状況は分かった。協力は構わないがどう追い詰めるつもりなんだ?聞いたところ証拠が無さそうだが」
「それについては考えがあるので大丈夫です。要は自白させればいいので」
「そう簡単に自白するようなやつじゃないだろ?」
「ええ、そうですね」
あのクソジジイは悪知恵だけは働くようだから。自分から自白するなんて真似はしないだろう。だからこそ、この作戦のカギはあのジジイより確実に権力が上の存在だ。本来は私がその役目を担おうと学園で猛勉強したわけだが、王女殿下(男だけど)がいるならば話はもっと簡単だ。
私は自分の中の作戦を殿下に伝えた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ククク、まさかこんなにうまくいくとは」
その人物はワインを片手に悠々自適に笑う。現当主と夫人は部屋に監禁。最初は反抗的だった彼らも、今ではずいぶんと大人しい。先日彼らの娘も見つけ、娘の話題を口にすると彼らは絶対に逆らわない。その娘には有力な公爵家との縁談もこじつけた。これでさらに金を得て、奴の協力を得て更なる金をかき集め。フルール伯爵家の乗っ取りはこれ以上ないほどにうまくいき、以前受けた屈辱が嘘のようだった。
フルール伯爵家の先代当主エイベル・フルールは彼の学友だった。
学園では一位二位を競い合うライバル同士で、その頃は互いに切磋琢磨し合える仲だった。エイベルは何事も自分で試さなければ気が済まない質であり、実際に森まで出向いて植物を採取したり、一般で売っている薬品を自分で再現したり、かつての英雄が使ったとされる魔法を使おうとしたりといい、行動力がすさまじかった。努力型の自分とは違い、彼は確かに天性の才能を持っていた。
いつからだっただろう。エイベルとの間に明確な差ができ始めたのは。
授業では型破りな手法を使って教師の度肝を抜かし。学園のテストでは同じ点数なのにエイベルの回答は完璧だと褒められ。既存の魔道具の小型化に成功し。魔法に関しては英雄が使ったとされる魔法を再現して見せた。
このとき、彼は思い知ったのだ。
凡人と天才では並び立つことなど不可能だと。
やがて彼はエイベルを憎むようになった。
才能を持って生まれてたエイベルとは違い、自分には努力しなければ何も成せない。だからこそ、才能を持っているエイベルが憎かった。
――エイベルさえ、いなければ。
学園を卒業するとエイベルとは疎遠になった。エイベルは男爵から子爵、伯爵へと、出世していき、美人な子爵令嬢と結婚した。エイベルが着々と出世していくのに対し、自分はまだ何もできていなかった。
焦った彼は魔道具の研究でミスをし、そこからとんとん拍子に転がり落ちた。明日食う飯にも困った頃、彼はエイベルと一方的に再会した。とある服飾店の窓越しで。
知人に囲まれていたエイベルはそれはそれは幸せそうに笑っていた。近いうちに孫が生まれる、なんて他愛のない話をしながら。
憎くて憎くてしょうがなかった。
自分をどん底に叩き落として、のうのうと生きているエイベルが。
だからあの日、庶民の服装で森に出向こうとするエイベルを見たとき、チャンスだと思った。
エイベルは時折自然を感じたい、と言って外へ出向くことがあった。それは成長しても変わっていなかったらしい。
ひっそりとエイベルを追い、暢気に森を抜けた先の崖を暢気に覗き込んでいた瞬間。
エイベルを崖から突き落とした。
しかし、エイベルがいなくなって数週間たっても彼の心が満たされることはなかった。
やがてエイベルの息子が継いだフルール伯爵家が傾いていると聞いて、これしかないと思った。エイベルの実家を乗っ取れば、彼の功績を奪えば、きっと…。
その瞬間、ドタドタとした足音が聞こえてきた。そしてあの娘の声が響く。どうやら兵ともめているようだ。今日は娘を見合いの席に引きずり出すよう命令したはず。あの娘の利用価値は十分高いと思ったが、思ったより知恵は無かったらしい。
やがて兵を撒けたのか、バンッと勢いよく扉が開かれた。
「どういうつもりですの!?」
エイベルの孫娘、リアナ・フルールはこちらを睨みつける。
「落ち着き給えよ、我が孫娘」
「あなたなんかお爺様ではありませんわ!お父様たちは何処!?」
「反抗期かい?可愛らしいことだ」
まさかあいつの孫とあろうものがここまで考え無しだとは思わなかった。感情的になって周りが見えていないらしい。逆らえば両親がどうなるかの想像もつかないとは。エイベルも落ちぶれたものだ、と内心で笑いが堪えられない。
さて、この娘をどうやって転がそうかと考える。
「っ、あなたなんか、王女殿下の手にかかればすぐに破滅させられるんだからっ!!」
その瞬間に思わず立ち上がる。王女殿下。なるほど、この娘は王女殿下とも親交があったのか。小娘の戯言、という線もあるが、部下によれば同じ学園に通っているようなので、これから関わりを持たせられるかもしれない。そうすればこの小娘を通して王族とも繋がりができる。そうなると自分も立派な権力者だ。
やはり自分はあのエイベルと同じく、いや、それ以上の才能を持っているのだ!!
となると、この娘を効率よく動かすためには懐柔する必要がある。そうだ、現当主と夫人を殺すと脅せば目の前の娘は命令を聞かざるを得ない。それを使えば今回の縁談以上の相手、はたまた王子の婚約者の座に収めることができるかもしれない。そうすれば自分は王族の祖父!これ以上ない肩書を手に入れることができる。
思わず笑ってしまう。ひとまずはこの娘に恐怖を与え、従わざるを得ない状況を作らなくては。表面上は優しい笑顔を保ちながら、彼は毒を吐いた。
「そんなことをして貴様の両親を見殺しにするのか?」
「っ!!」
その言葉を聞いた瞬間に娘は目を見開いた。エイベルの孫娘が驚きに目を見開くのに軽い優越感を感じ、空っぽだった心が満たされていくようだった。
「私を訴えたとして、貴様の両親は私の管理下だ。その瞬間には貴様の両親も殺してやろう。それとも私に抗うか?この屋敷には兵が大量にいるぞ?」
「………」
娘は俯き、拳を震わせている。その様子を見て勝ちを確信した。
…はずだった。
「…あは、あはははははっ!」
突然娘は狂ったように笑いだした。そして、握りしめていた拳を開き、何かを見せつけてくる。娘はそれに触れ、装置を起動した。
それには見覚えがある。かつてエイベルが最初に開発した小型の魔道具、その用途は――。
『――貴様の両親も殺してやろう。それとも私に抗うか?この屋敷には兵が大量にいるぞ?』
――録音と再生だ。
エイベルの孫娘はニヤリと口角を上げ、勝ち誇るように笑った。
「証拠、できちゃったわよ、お爺様の偽物さん?」
「き、貴様ぁぁぁ!!それを渡せぇぇぇ!!」
一も二もなく娘に飛び掛かった。貧弱な令嬢如き、自分なら容易に倒せる。それに、エイベルを彷彿させるあの魔道具。圧倒的な自信と憎悪が状況を見誤らせたのだ。
拳がが娘に当たる瞬間、何者かに阻まれた。
「そこまでだ」
そこにいたのは自分がこの娘の縁談相手としてこじつけた、セルジュ・ジルベルトだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「貴殿はフルール伯爵夫妻を監禁し、税金の横領に、危険指定の魔道具の密輸の疑惑があったのだが…暴行罪も追加のようだな」
淡々と告げる殿下は怖いくらいの無表情だ。
――うん、上手くいったみたいだね、殿下。
私が考えた作戦はこうだ。
まず、私が先陣切ってジジイのもとに突っ込む。何の証拠もないままにあのジジイに文句を言って、あのジジイにとって私が格下だと思わせる。格下相手だと油断を誘いやすいし。コイツは駄目だ、と思わせることに成功したら、次に無視できない存在をほのめかす。今回の場合は殿下だ。私の背後に王女殿下の存在を思わせる以上、奴は私を手駒に入れようとするだろう。懐柔か恐怖で。こちらとしては暴力に走ってくれれば怪我を理由にとっつかまえることができると思ったんだけど、言質も取れたし最高の結果だ。
殿下には私が時間を稼いでいる間に証拠になりそうなものを探すよう頼んだけど、上手くいったみたい。本当に良いタイミングで来てくれた。
しかしあのジジイは胡散臭い笑みを浮かべ、取り繕った。
「勘違いしているようですな、セルジュ殿。私は何もしておりませんよ」
案の定認める気は無いよね、知ってた。そのための魔道具なんだから。殿下から渡されたそれは、昔国の為にと寄付された物らしいが、そんなものを渡してくれた殿下には感謝しかない。
私はもう一度魔道具を起動した。
再び奴の声で音声が再生された。それを聞いたジジイは一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐさま元通りの表情になる。
「そんなもの子供の遊びですよ。そんなものが証拠になるわけがないでしょう」
「…そうか」
殿下は一度息を吐いた後、それはそれは美しい笑顔で告げた。
「フルール伯爵夫妻は既に解放済みだぞ、アーロン・グラッジ」
その瞬間、クソジジイことアーロン・グラッジは大きく目を見開いた。正直言うと私も驚いていた。いつの間にこのジジイの名前を知ったんだろ。コイツが本物のお爺様じゃないことは察してたけど、本名までは分からなかったのに。
「仮にも縁談相手の家だ、色々と調べさせてもらった。豪遊できるだけの金がどこから出てくるのか気になっていたからな。そうしたら案の定こんなものが出てきた」
殿下の笑顔とは対照的に、青ざめるアーロン。殿下の手に持っているのは一見するとただのナイフだ。しかしそのナイフには魔法紋が彫られており、よく見れば魔道具だと分かる作りだ。
「この魔道具、密かに隣国に出回っているそうだ。しかも戦争用として。この魔道具に刻まれた魔法紋もこれとそっくりだ。…どうしてだろうな?」
「…っ、そこの娘が用意したのではないですか?全く、私の孫ともあろうものがこんなことをするとは」
往生際が悪く私に罪を擦り付けてきたが、流石に見苦しい。そもそも誰があんたの孫だ。そんなのこちらから願い下げだ。
「そうか、それではこのナイフは専門家に分析してもらおう。魔力の残滓でこの魔法紋を刻んだのが誰か分かるはずだ」
アーロンはその言葉を聞くと同時に固まった。やがて頭を抱え、天を仰ぐ。
「…は、はは。まさかここまで来て失敗するとは。流石はエイベルの孫だ。格上に縋るとは、なんとも見苦しいことだがな」
エイベル。確かそれはコイツが名乗っていたお爺様の名前だ。エイベル・フルール。それがお爺様の本名。このアーロンとかいうやつは本物のお爺様の知り合いだったらしい。
「エイベルの奴、才能があるからって私の人生を滅茶苦茶にしたんだ。本人は何の努力もしてないというのに。最後まで憎らしいやつだったさ」
思わず私は立ち上がった。そして懐から一冊の本を取り出し――。
「しかし奴の孫がこんなやつとは、エイベルも堕ちたものよnぐふぇっっ!!」
本の角で殴ってやった。
「このクソジジイが」
白目をむいて倒れるアーロン。同時に静寂に包まれる室内。やがて殿下はこちらを見て告げた。
「おい、何で本で殴ったんだ」
「この本の最後に書いてあるんですよ、『最終手段としてはこの本で相手を殴りましょう』って」
「その本、何で持ってきた」
「もうちょっと読もうと思って持って来てたんですよ、『嫌いなやつを追い詰める方法』。案の定役に立ちましたね」
こうして私とクソジジイの、長年にわたる決着がついたのである。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
「この度はご協力ありがとうございました、殿下」
「いや、気にするな」
いつもの資料室にて、殿下と向かい合っていた。もちろん殿下は女装、私は男装中だが。今日はカール様には席を外してもらっている。
両親は大した怪我もなく、無事だった。ただところどころに打撲や痣が見えていたので、やはりあのジジイをもう一発殴っておくべきだったと思っている。とはいえ、今朝には監禁されていたとは思えないほどにピンピンしていたが。
そのおかげで後のことは任せて学園に行って来い、と送り出されたのである。
「それにしてもあの短時間でよくあのジジイの名前まで調べられましたよね」
「それに関してはお前の両親のおかげだよ。あのナイフも、その他の証拠になりそうなものも集まってた。奴の正体の目星もつけてたらしい。…ホント、家族そろって似た者同士だったよ」
「ああ、お父様たちのおかげか。本当に自慢の両親ですよ」
帰ったらまたお礼を言わないとだ。今度は私が助けるつもりが今回もまたお父様とお母様に助けられちゃったんだから。
もちろん、殿下にも。
「本当に、殿下には感謝してますよ」
もう一度殿下に感謝を込めて頭を下げる。最初の内は王女様の恋人役を押し付けられて、何してくれんだこの野郎とかしか思って無かったけど、殿下のおかげで割と楽しい学園生活が遅れたのもまた事実。フルール伯爵家を取り戻すのにも協力してくれたし、面倒な人だったけど良い人だった。
私は近いうちにこの学園を辞める。
フルール伯爵家が戻った今、やるべきことがたくさんあるから。あのジジイによって滅茶苦茶にされた財政を戻して、被害を被った民にも詫びなければいけない。伯爵家を守るためにも、この学園に通ってなどいられないのだ。それに、もう私がリオ・サイアスでいる必要は無くなったから。
このことを言うために私はここに来たのだ。
「私、近いうちに学園を辞めようと思ってます。フルール伯爵家が戻った今、ここにいる必要はありませんから」
寂しくないと言えば嘘になる。学園では確かに散々な目に遭ったけど、楽しいことも確かにあった。だけどこれは必要なことだから――
「ん?何言ってんだ?お前はまだ学園に通うのは決定だぞ」
「え?」
だから何でもないように話す殿下に戸惑った。そりゃあそうだ。私の決断が一瞬でひっくり返されたのだから。
「当たり前だろ?お前は『王女殿下の恋人』なんだ。今お前が辞めたら面倒なことになるだろ」
「いやでも…」
「ちなみにフルール伯爵には話してあるぞ。『娘さんはまだ学園で学ばせたほうがいい』って」
「はぁ!?」
しっかり賛成してくれたぞ、と面白そうに笑う殿下を見て、思わず頬が引きつる。なんてことしやがんだ、この人。私がいない間に勝手に決めやがって。先程までの殿下への評価が一転し、地に落ちる。怒りで身を震わせていると、殿下はクツクツと笑いながら手で制した。
「まあ落ち着け、お前にとっても悪い話じゃないはずだ」
「…何故ですか?」
「アーロン・グラッジには協力者がいる」
「…それ、本当ですか」
殿下が言うには。伯爵家を乗っ取れるだけの人を集めるには相当な金が必要なはずだが、アーロンにはそんな金など無かったのだという。昔は魔道具の研究を専門に扱っていたらしいが、近ごろは失敗の連続で職も無かったらしい。
「なるほど、だから協力者ですか」
「ああ。奴への資金提供と魔道具を隣国に流していた人物がいるはずだ。未だ正体が分からない以上、リオ・サイアスとして調べたほうが都合がよさそうだろ?」
確かに本当に協力者がいるなら、フルール伯爵家は一度この策略を潰してしまったから、警戒されてしまうかもしれない。そうなると殿下の言う通り関わりが薄そうなリオ・サイアスとして調べたほうがよさそうだ。
「はぁ。分かりましたよ。確かに協力者がいるなら殴り込みに行かないとですし」
諦めて頷くと、殿下はそれはそれは嬉しそうに笑った。
「じゃあ恋人役は続行な」
「それは遠慮したいんですけど」
どうやら私の苦難はまだ終わらないらしい。まあ、退屈はしなそうだし、まだ少しくらいは巻き込まれてやるとしようか。
「あ、あと婚約も決まったし、近いうちにまた挨拶に行くからな。婚約者として」
「…はあ!?!?」
…やっぱりさらに面倒なことになりそうだ。
男装×女装のラブコメが書いてみたかったので書きました。ちなみにR15はクソジ…作中のとある人物の効果です。至らぬ点が多かったかもしれませんが、生暖かい目で見守っていただければ幸いです。
お読みいただきありがとうございました!