婚約破棄
海の底へ落ちる前に聞いた言葉はこうだった。
「婚約破棄だ、マルティナ!! お前の料理は激マズで食えたもんじゃなかった!! もういい、いっそ死んでくれッッ!!」
「……そ、そんな」
絶望の中、わたしは海へ落ちた。
悲しいことに泳げなかった。
だから死んだと思った。
でも、次に目を開けた時には知らない砂浜にいた。
……こ、ここはどこ。
わたしは確か、婚約者のイングリッドに崖から突き落とされて……深い海へ落ちたはず。
体を起き上がらせると、誰かが取り囲んできた。こ、この人達は?
「お嬢ちゃん、こんなところに流れ着くとは不運だねぇ」「こりゃあ美人だ。高く売れるぞ」「ああ、無傷なら数年遊べる額が入る」
男三人組が不敵に笑い、わたしの腕を掴む。
「な、なにをするんですか……」
「なにをってお前を売り飛ばすのさ」
「それって……奴隷ってことですか」
「そうさ。この島は奴隷島とも言われている」
鎖を付けられ、わたしはもう逃げられなくなった。……ひどい、どうして。どうしてこんなことに。
婚約者に捨てられ、その先で奴隷にされるだなんて……こんなのって。
島の奥へ向かうと、そこには奴隷にされている人間が数多くいた。
「こんなにいたんですね……」
「そうさ、お嬢ちゃん。けど、お前はその美貌に免じて特別待遇だ。この先に親方がいる。会って挨拶をするんだ」
親方? この島のボスってことかな。
心配になりながら、大きな建物の中へ。
その奥へ向かうと王座みたいな場所に座る男性がいた。
「おや、これは珍しい奴隷だね」
その人は金髪の青年だった。
他の人とは明らかに違う整った容姿。
まるで貴族みたいな男性だった。
「あ、あなた……貴族では」
「そうさ。俺はヴェルナー・ラムズフェルド。この奴隷島の親方だ」
「わ、わたしをどうする気ですか」
「そんなの決まっている。お前には料理スキルを与える」
「え……!?」
「この俺の舌を見事に満足させられたら解放してやらんでもない」
突然の提案に、わたしは戸惑った。
てっきり売り飛ばされるものかと思っていたけれど、これはチャンスだと思った。
自身のどうしようもない料理スキルを磨きたいと考えていたから。
あのイングリッドが嫉妬するくらい、腕を上げたい。
「分かりました。料理でもなんでもします」
「条件を飲むか。いいだろう、で、お前の名は?」
「わたしは、マルティナ。マルティナ・ファルケンホルストです」
「ファルケンホルスト? 聞いたことのない貴族だ」
「ウチは貧乏だったので」
「フン、まあいい。たった今、お前に料理スキルを付与した。精々がんばれ」
さっそく厨房へ向かえと命令を受け、わたしは男達に連れられて向かった。
「奴隷13400番、それがお前の名だ」
「わ、わたしの名前……?」
「そうだ、奴隷13400番」
うぅ、なんか慣れない。
でも今はそんなことでもいい。
料理の上でさえ上がるのなら。
とりあえず……。
監視されながら、料理を作らねばならないらしい。
メニューは決まっていて、その通りに作ると。
今日はボロネーゼを作れとあった。
そ、そんな料理作ったことない。
「ど、どうすれば」
「お前には料理スキルがあるだろう。まずはなんでもいい、試してみろ」
監視さんの言う通り、わたしは適当な材料を掻き集めて料理スキルを発動してみた。
すると。
『ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』
と、爆発してしまった。
「きゃあ!?」
「この馬鹿! 料理を爆発させてどうする!! というか、普通は爆発などせぬぞ!!」
「す、すみません……」
「まったく。いいか、材料は適当に集めればいいというものではない。作りたい料理をイメージし、必要なものだけを目の前に置くんだ」
「がんばります……」
その後もわたしは何度も料理を爆発させた。
わたしって、どうしてこうなの……。