懺悔室の神父さん Ⅷ
その日、私は教育委員会の三役との顔合わせで、隣の県まで出張。
マイカーのワンボックスから流れてくるラジオのリクエスト曲、それは今流行りのシンガーソングライターの曲で、まるで我々古い大人達を嘲笑っているかのような歌詞。しかし深く考えてみると中々に面白い。地球上の生物は、決して弱肉強食、つまりは強い物が生き残るわけではない。より多様性を持つ生物が生き残るのだ。
そんな考えに耽りながら赤信号で停止し、ラジオから流れる曲が終わる。そして次のリクエスト曲が流れるかと思いきや
『緊急事態宣言が発令されました、繰り返します、緊急事態宣言が発令されました。隕石が急接近しています、隕石が……急接近しています! 〇〇県の皆様、落ち着いて行動し避難を……え、何? ちょっと! なんで切……』
……隕石? 〇〇県とは……私が普段住んでいる県。私が校長を務める高校もそこにある。赤信号から青信号へと変わるが、私はお構いなしに停止したまま携帯を出し情報を調べた。某検索サイトのトップに一瞬出てきたが、すぐに消えてしまう。一体なんだ、何が起きている? 隕石とは一体なんだ。
後方からのクラクションに耐え兼ね、車を発進させてとりあえず近くのコンビニへと。そこで学校に居る教師へと、電話で確認を試みる。
「もしもし、私だ。何か異常は無いか?」
『……校長先生? あぁ、今日は出張でしたね……今まで、ありがとうございました……』
「……もしもし? おい、何があった?」
『……大きな隕石が……目の前にあるんです……外はもう暑くて出れなくて、ここももうじき……』
「おい、おい! 一体どういう……」
次の瞬間、電話は切れた。何度かけ直しても、相手側の電源が切られているか電波が届かないか……と繰り返すのみ。しかし今かけた教師とは別の教師から着信が。数学の椎名先生からだ。
「もしもし? 椎名先生? ニュースは……」
『校長! 私も今、ニュースで見て……一体何がどうなって……高校にはつながらないし……』
「椎名先生? 貴方は学校ではないのですか?」
『今日、私、お休みを頂いてて……校長、何がどうなって……学校は無事なんですか? みんなは……』
分からない、一体何がどうなっているのか。ともかく今は情報が欲しい。急ぎ帰って学校に……
いや、まて……学校? 何処の?
なんだこれは。私は今……何を……
強烈な喪失感。何か失った筈なのに、何を失ったのか分からない。
息が出来なく成程に、激しい焦りと動悸。今、私は確かに何かを失った。だがそれが何なのか分からない。
「……ぁ……あぁぁぁ」
頭を抱えながら、自分の車の中の運転席でひたすら泣き続けた。何がどうなって、何故泣いているのか、何がこんなに悲しいのか分からないまま。
その後、直前まで電話していた数学の教師と会い、自分達の身に起きた事を調べた。私達は何かを失った筈だと……考え続けた。だが一向に答えは出ない。
しかし私達に共通するものがあった。それは……激しい、巨大な喪失感。
「校長先生、きっと私達の選択は間違っていません。この先に……誰かが待っている気がするんです」
「……私もそう思います」
私の友人から借りた拳銃に弾をこめ、その銃口を椎名先生の額へと当てる。
そっと目を瞑る椎名先生。私は躊躇いなく引き金を引く。
そしてそのまま自分のこめかみにも銃口を当てる。銃口は発砲したばかりで熱を持っていた。肌が焼かれるような感覚。だがこの程度、あの子達に比べれば、大したことは無い。
※
真夜中の港町。私の教会の懺悔室で、いつのまにか私は眠ってしまったようだった。
「神父様……大丈夫ですか?」
「……え、えぇ……妙な夢を……私は一体どのくらい眠っていましたか? カルデ」
「ほんの数分です……神父様……校長先生」
ゾクっと背筋が凍る。校長と呼ばれた瞬間、私は全て思い出した。夢の内容も、一体自分達の身に何が起きたのかも。
「……まさか、貴方は椎名先生なのですか?」
「思い出したのですね。これが私のチート能力です。失われた前世の記憶を引き戻す力。神様に頼んで付与して頂きました」
そうだ、私達はあのあと、あの世で生徒達と再会した。
だが隕石で死んだわけではない私達は別の窓口で処理されそうになって……生徒達から離れたくない一心で必死に紛れ込んで……
「あぁ、そういえば……あの神様にバレて……しかし面倒だからと、そのまま転生させられて……」
「そうです。その時神父様は、神様が業務違反したのを揉み消す為に記憶を消される事になり、私に耳打ちしたのです。私の記憶を、生まれ変わった時にとり戻してほしいと」
「あぁ、あぁ……そうでしたな」
「しかし神様は事もあろうに、記憶を消すだけでは無く、生徒達とは別の時間軸に神父様を送り込みました。私もです。しかし私は神様を脅して、なんとかこのチートスキルを付与して頂きました」
脅して……? 一体なんと……いや、まあそれはさておき……
「私も……転生者だったのですね。サラスティアやキズナと同じ学校の……」
「そうです。皆……前世は同じ学校で過ごしていました。校長先生はとても好かれてましたから……きっとあの子達は、神父様に無意識のうちに……校長先生の面影を見ていたのだと思います」
……そうか、あの偶然の出会いが……
偶然……? 本当に?
そもそも、あの神様は私が校長だと知っていた筈だ。だからこそ私ならばなんとか出来るのでは、と最初にここに訪れたに違いない。無双するサラスティアを何とか宥めて貰えないかと。いや、殺る気満々だったな、あの神様。魔王を差し向けるつもりでもあったし。
「……生徒達は元気なのでしょうか。皆、元気にやっているのでしょうか」
私の質問に、懺悔室の薄い仕切りの向こう側で、カルデが頷くのが分かった。
「先日、サラスティア姫君が謀反を起こした際……春川さん……覚えてますか? ブレイングハートのリーダーを務めている女性です」
「ええ、覚えていますとも。彼女が東大に行かないと言い出した時は……教頭はそれはもう大騒ぎで。彼女は弟を大学に行かせるためにすぐに就職したいと……」
「はい、その春川さんなんですが……サラスティア……川瀬君が謀反を起こした際に世界中に散らばる転生者達に連絡を取り、事をこれ以上大きくしないよう交渉してくれたんです。その時私も一緒にいて……彼女と一緒に転生した元生徒達とお話する事が出来ました。みんなとても元気すぎて……既に一国の王様になってる子もいるくらいで……」
あぁ、生徒会長の海藤君。今はグランドレアの国王になっていたな。彼にはこの間助けられた。
「でも……中にはちょっと調子に乗り過ぎて……犯罪行為に手を染めてしまっている子も居ます。私の役目はそんな子達を指導する事だと思っています。しかし今の私では力不足も甚だしく……」
「……それで、私に会いに?」
「はい。神父様……どうか、私に力をお貸しください。あの子達が後悔する前に止めてあげたいんです」
そういえば……すでにヤンチャな生徒達を見てきた。兄の嫁を寝取った魔王。かつての虐めの復讐をするため、神様から授かったチートスキルを利用してエンリを誘惑した男子生徒五人。他人のチートスキルを盗み、村人達を子供の姿にして幼稚園を建設しようとした遠藤君。ブレイングハートの面々。そして……この世界を支配しようとしたサラスティア……川瀬君。
皆、私達の生徒だ。理不尽に命を奪われ、この世界に転生した……私達の……
「……全ての転生者を守る……というのは、恐らく無理に近いでしょう、椎名先生」
「……そうかもしれません、ですが」
「何も……貴方だけがそれを背負う必要はないと感じます。それに……幸か不幸か、サラスティアの一件で転生者達と連絡を取る事が出来た。彼らはこう思った筈です。この世界で……自分達は決して一人ではないと」
「そのとおりです!」
その時、バーンッ! と懺悔室の扉を勢いよく開け放つ者が。っていうかキズナだ。
「き、キズナ!? 聞いていたのですか!?」
「はい、神父様……そして大変な事が起きています! 急ぎ外へ!」
大変な事。私とカルデはキズナに連れられ外へ。
すると空を見上げる港の住人達。私も釣られて空を見上げると、そこには巨大な隕石。
「……あれは……」
「神父様……これは私達へと贈り物だと思うんです」
突然、キズナがそんな事を言いだした。
いや、っていうかこのままでは不味い! 隕石が落ちてきたら……
「校長先生……! あの時、私達は何も出来ませんでした。隕石に立ち向かう力がまるで無かったからです」
そりゃ、そうだろう……というか、今ならあると?
「キズナ……貴方は……」
「神父様、これは奇跡です。神様がくれた……私達への最高のご褒美です。今この世界にいる転生者達は、誰しもこう思っている筈です。今度は……跡形もなくぶち壊してやるって……!」
真夜中、空に浮かぶ真っ赤な巨大な隕石。
その隕石へと飛び込んでいくいくつかの光があった。その光は隕石へととりつき、少しずつ削っているようだった。もうすでに戦っている転生者達がいる。
「私も行ってきます! 神父様、見ていてください!」
「ま、まちなさいキズナ! 貴方はそもそも空など飛べぬでしょう?」
「心配ありません! この街には魔王と元神様が居るんですから!」
するとこの街の転生者達が集ってくる。
いくつもの国を無双して併合してきたトンデモ姫君、兄の嫁を寝取った魔王、巨大ワニを従えるシスター、超便利な闇を操る元お嬢様、そして……私とカルデも転生者だ。
「校長先生……俺達、この世界を守ります! っていうか隕石ぶっ壊したいだけですけど!」
サラスティアの言葉に、転生者達は力強く頷いた。
というか貴様ら全員、私とカルデの話を盗み聞きしてたのか。
今一度、空に浮かぶ隕石を見上げる。
一瞬にして我が校の生徒を奪い去ったそれは、今再び私達の目の前に現れた。
キズナの言う通り、この世界の転生者……元高校生の生徒達は憤怒しているだろう。そして今ならば立ち向かえる、そう信じている事だろう。
「……いいでしょう。行ってきなさい、その代わり……必ず帰ってきなさい。この港町に……必ず」
「いってきます……!」
よく見たら元神様は縄で縛りつけられ、魔王が背負っていた。強制連行させられるようだ。
そのまま彼らは飛びだった。かつて理不尽に自分達の命を奪い去った隕石へと……復讐する為に。
※
絶望的な光景が広がっている。
校舎の外は既に真っ赤で、中も肌が焼けただれるように熱い。というかもうすぐ僕らは消えてしまうんだろう。
悔しい
悔しい、悔しい、まだ、あの子に告白出来て無いのに。
最後の最後に告白してやろうと思ったけど、熱くてもう体が動かない。喉から声が出ない。肌がどんどん赤く……
「川瀬君!」
あの子の声がした。
俺の初恋の憧れのあの子の声が。
「貴方なら出来るわ! 思い切りやって! 貴方の力は終焉を齎すドラゴンよりも強いんだから!」
あぁ、そうだ。
俺、今女の子だったんだ。憧れのあの子には、もう告白する勇気も無くて……だったら俺自身がその子になってしまおうとか、キモい事考えて……でも今この体が役立つなら……全力でやってやる。
俺達は、決して無駄死になんかしてない。
俺達は……この世界を、この隕石から守る為に転生してきたんだ、そうに違いない、そうに決まってる、俺達は……無駄死になんかじゃない!