悪役令嬢? いいえ未来の魔王でしてよ
「リーゼロッテ・アルシュ・グランハウゼン公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄するッ!」
王国建国祭。
そんな、とても目出度い日に王宮で行われていたパーティーの中、それを見事に台無しにする声が響き渡った。
今はダンスをする時間ではなく、王宮演奏隊が奏でる音楽を聴きながらそれぞれがワインやらシャンパン片手に語り合ったり、ちょっとした料理を口にしたりしているところだった。
だからこそ周囲ではそれなりに和やかな談笑がされていたのだが。
それもその一声でしんと水を打ったように静まり返ってしまった。
もう少ししたら国王からの今回の建国祭についての言葉があり、その後でダンスが始まる……はずだったのだ。腹の探り合いをしている者たちとて当然いたが、そんなものを露骨にやっていますよ、と出すような貴族はここにはいない。あくまでも軽やかな談笑をしているようにしか誰が聞いても思えないような、一見すると和やかな雰囲気であったはずなのに。
よりにもよってそれをぶち壊したのはこの国の王太子であるアルフレッドであった。
彼について語る事は特にないだろう。
こういった場でこういった発言をやらかした時点で語る必要すら感じられない。
「まぁ……アルフレッド様、一体どうして」
それに対して疑問の声をあげたのは、指を突きつけられて婚約破棄を宣言された令嬢その人だった。
「とぼけるな! 貴様の悪事の証拠は既に揃っている! 婚約を破棄するだけでは生温い、貴族としての資格を剥奪した後国外追放だ!」
「悪事、ですか」
「そうだ。よりにもよって貴様、ミルカ・レディンゼン男爵令嬢を殺そうとしたではないか」
「覚えがございません」
「とぼけるなと言っている。こちらは既に証拠があると言っているだろう」
「証拠、とは具体的にどのような?」
「ミルカ男爵令嬢の証言だ」
「本人の証言だけ、でございますか。それは証拠としてはいささか……いえ、まぁ、よろしいでしょう。婚約破棄、承りました。後からやはり撤回する、などとは言わせませんよ。これだけの証人がいるのですから、そのような恥知らずな行い、まさか王太子ともあろうお方がするはずはないと思っておりますが」
「頼まれたって婚約破棄をした相手に縋るような愚かな事をするはずがなかろう!!」
「えぇ、えぇ。確かに。このワタシが証人となった以上、それは絶対です。ふふ、うふふ、あははははは」
「な、何がおかしい……」
王太子は思わず一歩、後ずさった。
異様な雰囲気。自らの頭の中で描いていた予想と異なる。
本来ならばここでリーゼロッテは泣いて縋って赦しを請うはずであったのだ。
だが実際はどうだ。
何故この女は笑っている……?
「ほーっほっほ! 引っかかりましたわねこのぼんくら!」
「なっ……!? リーゼロッテが……二人……?」
王太子と婚約破棄を突きつけられたリーゼロッテがいたのは一階部分、しかしたった今王太子をぼんくら呼ばわりしたリーゼロッテは二階部分にいた。
とはいえ、二階といっても精々階段あがってちょっとバルコニーとかそれ以外の場所へ移動するための通路くらいしかないために、こちらにはほとんど人がいない。この後国王が出てくる予定の扉の近くに騎士が控えているものの、それ以外はまばらにメイドたちがいる程度だ。
「全く、わたくしの偽物とも気付かず婚約破棄を突きつけるだなんて。なんて愚かなのでしょう! 婚約者をないがしろにしていた結果といっても過言ではありませんわね。婚約を破棄するッ! とか堂々とのたまいましたけど、その方婚約者ではありませんことよ。してもいない婚約をどうやって破棄なさるおつもりなのかしら?」
パン、と扇子を開き口元を隠して言っているが、その声は笑いで震えている。ぷっ……くくっ、みたいな声が漏れていた。
「あぁ、お可哀そうに。無実の相手に冤罪をふっかけるだなんて、この国の王太子がこれではこの国の未来はどうなる事やら……」
一転、笑いをどうにかおさえてリーゼロッテはよよよ……と悲しみに暮れるかのような声でのたまった。
明らかに馬鹿にされているのがわかりきった状況で王太子は顔をみるみる赤くさせ、リーゼロッテにふざけるな! と言おうとしたのだが――
「ともあれ、婚約破棄、確かに聞き届けましたよ。この昏き魔女ヴォルディアンヌがね!」
バサァッ! と布を翻すような音と共に、王太子が婚約破棄を突きつけたリーゼロッテの姿が変わる。そこにはリーゼロッテとは似ても似つかぬ女が一人。
「魔女……!?」
「それも昏き魔女ですって……!?」
周囲でざわめきが起きる。
魔女。
それは童話やお伽噺の中の存在などではない、確かに実在しているものだった。
人に友好的な者もいるけれど多くは人を嫌い人里離れた場所に住むとされている。
対価を払えばその魔術により願いを叶えてくれるとも。
しかしひとたび魔女の怒りに触れてしまえば、一族諸共滅びを迎えるとも。
魔女というものは傲慢で尊大で、それでいて強大な力を持つ者だ。
良き関係を築けていけるのであればいいが、何が引き金になって魔女の機嫌を損ねるかはわからない。
だからこそ、多くの者は最初から関わらないようにするか、関わるにしても一度きりなどのビジネスと割り切っての関係だったりする。
その力を利用しようと近づく者は大抵ロクな末路を迎えない。
それが、魔女に対しての世間の、いや、世界の認識であった。
そんな取り扱い要注意爆弾みたいな存在が何故ここに。
「そもそもわたくしがレディンゼン男爵令嬢をどうにかしようと思った事など一度もないのですけれどもねぇ。
実際もしやろうと思えばその時点でとっくに彼女どころか一族郎党皆殺しですわ」
リーゼロッテが事も無げに告げる。
あまりにも明け透けすぎる発言に、王太子だけではなく周囲にいた貴族たちも言葉を失った。
「そーそー、だってお嬢様にはワタシがついてますものねぇ?」
にこり、と魔女が微笑む。その笑みは何も知らなければ蠱惑的でつい魅了されそうにもなるが、魔女と知ってしまえばそれはもう猛毒のような笑みでしかない。
「ま、まて。リーゼロッテ、貴様その魔女との関係は一体……!?」
「部下ですわ」
ざわめきが再び巻き起こる。
未だかつて、魔女を部下に従える者など現れた事がない。
もし魔女の力を自在に扱えるのならば、それは大きな変革をもたらす。
「けれどわたくしも確かに婚約破棄、承りました。ちなみに、この婚約王命でしたがそれをそちらの言い分だけで一方的に破棄したわけですけれど……陛下はどうなさるのでしょうね?」
こてん、とわかりやすいくらいにあざとく首をかしげるリーゼロッテに、周囲の貴族たちは一斉に王太子へと視線を向けた。そもそもこんな場で婚約破棄などという馬鹿げた行為をやらかした時点で、この場にいた大半の貴族たちは何やってんだあの馬鹿、という目を向けていた。
勿論ゴシップの気配にわくわくしていないとは言っていない。醜聞なんて自分事でなければそれはもう面白いエンターテイメントだ。
これが仮に本当かどうかわからない、ただ噂だけが流れてきた、程度であれば貴族たちもそんな噂があるのは知っているよ、くらいで済ませただろう。その噂の真偽がどうあれ、無責任に乗っかった後で面倒な事にならないとも限らない。だからこそそういった噂は真偽の程が判明するまでは本当にただの噂程度にしか扱わない。
けれどもこんな大勢の前で、それも今更どう言い繕ったところで否定できようがないほどにやらかした以上、その目撃者となったのであればそれはもう面白おかしく話題に乗る。
あぁ、あの噂? 本当さ。だって私はその場にいたのだからね。勿論見たとも。
そんな感じで見聞したものをここぞとばかりに広める事だってある。
そういう意味ではもう絶望的である。主に王太子の立場が。
いや、それだけではない。ただの醜聞であればまだしも、この場には魔女が関わっている。
一歩間違えば国の存続も危うい。
単なる王太子のやらかしだけで済めばもしかしたら彼は廃嫡されるかもしれないだとか、そうなると新たな王太子として第二王子が……だとか派閥のあれこれで済んだ。
しかしこの場には取り扱い要注意な危険物が存在している。魔女だ。
そのせいで貴族たちも迂闊に口を開けなかった。
「ち、父にはこれから話を通す。替え玉まで用意して罪から逃れようとした事も含め、貴様には厳罰を与えてやるからな……!!」
「罰を受けるのはどちらかしらね。ねぇ? 陛下?」
ちら、とリーゼロッテが視線を向けると、本来なら華々しい音楽と共に登場予定だった国王が扉の向こうから姿を見せていた。その表情は青を通り越し紙のように真っ白である。
「お……おぉ、何という事をしてくれたのだこのバカ息子め……!!」
「ち、父上……?」
リーゼロッテ憎しで睨みつけていた王太子であったが、それ以上の憎悪のこもった眼差しを実の父から向けられて、アルフレッドはどうしてそんな目を自分が向けられているのかわからずにただ困惑した。馬鹿たる所以である。まぁ馬鹿なので男爵令嬢の虐められてるんですぅえーんえーんという馬鹿みたいな言葉にまんまと騙されたわけだ。馬鹿なので。
けれどもアルフレッドは馬鹿の中ではまだそこそこ知恵を振り絞れるタイプだったのか、婚約破棄した後ですぐさまミルカと婚約するだとか真実の愛がどうのこうのとやらかさなかった。
リーゼロッテ的にはやらかしてくれた方が一度で片付いたんだけどな、という話なのだが。
ちなみに件のミルカ男爵令嬢は、この会場の隅にひっそりと存在していた。
もしリーゼロッテが罪を認めてせめて謝罪を、などという殊勝な態度でも見せたのであれば謝罪の場を用意するつもりであったし、そうでなければリーゼロッテの悪意をこれ以上受けないように、とアルフレッドは気を利かせてリーゼロッテの視線を間近で受けないような位置においていたのだ。
状況の進み具合によってはミルカも王太子の横に並び立つつもりでいた。最初から横にいてもよかったのだが、ミルカが受けたあれこれの大半は彼女の自作自演であるので場合によってはリーゼロッテにそれはもう苛烈に睨みつけられる事も想定していた。
ちょっと邪魔な女追い落として自分がこの国の国母に……なんて甘く浅はかな思いでやらかしたわけだ。
そして王太子は馬鹿なのでまんまと引っかかった。
最初から王太子の横にいるよりは何かあった時に進み出た方が注目度上がるかしら、とかこれまた浅はかにミルカは考えていたのだ。
あと、旗色が悪くなった場合こっそりと、それでいて速やかに逃げる事を考えたりもしたので、最初から王太子の横というポジションは選ばなかった。
妙な所で悪知恵が働いているというか自己保身満載というか……
だがしかしミルカはこの時点で逃げるべきかどうか迷っていた。
だってまさか相手側に魔女がいるとか聞いてないもん。いるって知ってたら手を出さなかった。確実に負ける喧嘩売りにいくとかどうかしている。
正直冷や汗が止まらない。相手がただのお貴族様であれば地の果てまで逃げればどうにかなったかもしれない。けど相手側に魔女がいる。
魔女の呪いとかそういうのって地の果てまで逃げて回避できるものなのだろうか……むしろ逃げ場なんてないのではないだろうか……そう考えるとどうするのが最善なのかミルカにはさっぱりわからなかった。
いや、いっそここで完膚なきまでにリーゼロッテを叩き潰す事ができればワンチャン……?
彼女の思考は自分の身の安全を考えるあまり、確実に破滅へと突き進んでいる。
「リーゼロッテよ……余が言うのもなんだがすまぬ……このような謝罪の言葉だけで済むとは勿論思っておらぬ。だが、だがせめて慈悲を、どうか慈悲を与えてはくれまいか……!?
この愚息は廃嫡する。この国からも追放する。そして唆した女……ミルカであったか。そちらも貴族としての資格を剥奪し平民としたうえで追放する。レディンゼン男爵家の他の者に関しては調査をした上でこの件に関わっているようならそちらも罰を受けさせる。それ以外にも必要な措置があればやらせてもらう。だから、なにとぞ、なにとぞ他の無関係な者たちはどうか……ッ!!」
「国王必死だな」
草でも生えそうな勢いで魔女が笑う。
けれどもそれを咎める事はできなかった。
あまりにも国王が悲愴すぎて。というか土下座してる時点で現状がどれほど危機的な状況なのか、この会場にいる貴族のほとんどは理解できていた。やべぇぞこれ明日の朝日を拝めるかどうかもわからんね……
やらかした王太子に関してはこの馬鹿野郎という気持ちだが、土下座して無関係な者たちはせめてと慈悲を願う国王に関しては支持率が爆上がりした。
ここで国民すべてを巻き込むようならまずこの会場で暴動が起きただろう。王族血祭りにあげますんでなにとぞそれ以外の者はお許しを……! とかなっていた可能性が高い。
そして何かを言う前に、というか姿を堂々と見せる前に貴族籍から除籍され平民にされる事が確定したミルカは予想外の展開に思わずおろおろしてしまった。
えっ、どうしよう今から何言っても手遅れ感がすごい……王太子にそそのかされたって事にしても果たして回避できるかどうかわかんない……!
リーゼロッテを悪役令嬢として断罪して追放して自分は王妃の座におさまってのハッピーエンド、という展開しか想像していなかったミルカは、イレギュラーな事態が発生した場合の事を一切想定していなかった。こちらも王太子同様馬鹿なので。
そして王太子とミルカが状況を把握しきるより先にリーゼロッテが口を開く。
「では、問いましょう。服従か死か。服従するのであればこの場で跪き、死を選ぶのであればそのままお立ちいただいたままで構いません。即断即決とまいりましょうか。では、はい♪」
「え?」
「え? え……?」
ざっ、という音が聞こえたかと思えば会場にいたほぼ全ての者たちが跪いていた。ここは軍隊だった……? と思わず疑う程に一糸乱れぬ動きで階級に関わらず貴族たちが、そして給仕を行っていた者たちまでもが一斉に。
唯一跪く事をしなかったのは、状況を全く把握できていない馬鹿二名――つまりは王太子とミルカだけであった。
「ふふ、賢明な判断でしたね。そこの二名を除いて」
「ちょっ、な、なんなのよ!? 何よそれいきなり服従か死か!? はぁ!? 頭おかしいんじゃないの!?」
「そうだ、貴様それはあまりにも不敬がすぎるぞ!!」
「不敬はどっちだ大馬鹿者め」
「ぐわっ!?」
「きゃあっ!?」
魔女の冷ややかな声と同時に、黒い茨が二人の身体を縛り上げる。
「まったく……まさか実の息子が国を崩壊させるに至る原因となるなんて……思いもよらなかったでしょうね。ですが、厳しくも躾け育てていた王妃様がお亡くなりになられた後、甘やかしたそちらに大きな原因があると言ってしまえばそれまでなので……同情は致しません。
さて、では当初の婚約を結び付けた時の契約に基づいてこの国の国民たちにも生か死かを選んでいただく事といたしましょうね。ヴォルディアンヌ」
「仰せのままに」
ぎゃあぎゃあとわめくアルフレッドとミルカであったが、やかましいとばかりに茨が顔面を覆いつくす。ガッチリ梱包されたわけではないので多少音がくぐもって聞こえているが、黒い茨の塊二つと魔女、そしてリーゼロッテの姿はその場から忽然と消えた。
跪き服従の意を示していた者たちは、それでもまだしばらくの間立ち上がる事ができなかった。
何より土下座の体勢から大急ぎで跪いた体勢に変えた国王は、目に見える程に冷や汗を流し、その汗は床に落ち、小さな水たまりを作っていた程だ。
――かくしてこの日、一つの国が消える事となった。
昔、遥か昔の話だ。
魔の血族たる一族が周辺諸国へ攻め入ってそこから世界全てを巻き込む戦争へと発展した事は世界の誰もが知っている歴史だ。
実力差こそあれど、人族は数の多さと知恵を振り絞り対抗し、戦いは長きにわたる事となる。
けれどもその争いは終焉を迎えた。
聖女の出現である。
人族の聖女と、魔の長たる者とが惹かれ合い、結果として争いは終わりを迎える事となった。どちらも被害が大きすぎたが、休戦協定を提案するにしてもとっかかりがなく、お互い退くに退けなくなっていたところでもあったので、ある意味で渡りに船ではあったのだ。
そこから更に長い年月をかけて、人族と魔族との境界があやふやになりかけた事、またも争いが起きた。
この時の争いは人族と魔族によるというよりは、国同士での争いである。
そして勝った国が負けた国を属国とする。まぁ、よくある話だろう。
けれども、それらを繰り返していった結果――
気付けば世界は魔王に支配されていた。
とはいえ別に魔族至上主義などを掲げたわけではない。遥か昔は魔族の容姿は人族のそれと大きく異なっていたけれど、異種族間での婚姻が無数に行われていった結果、人族も魔族も一目で判別できるわけでもなくなってしまっていた。
世界を魔王が支配しているといっても完全なものではない。
むしろ世界一の大国を統治しているのが魔王、貴族はさておき平民たちの認識はその程度だ。
とはいえ魔王に逆らうような事になれば簡単に滅ぶというのは平民でも理解できている。
さて、かつて、魔王の先祖と聖女との間に生まれた次代の王はこの時点で魔族と人族の混血であるわけだが。
そこから更に代を重ねる事により、実に様々な血統を取り込む形となってしまった。
結果として人も魔族も大差ないな状態になったわけだが、そこら辺はさておくとして。
リーゼロッテはその魔王の血脈を受け継ぐ者の一人であった。次期魔王というわけではないが、王位継承権がないわけでもない。国と国との結びつき、要するに政略結婚で他国の王太子との婚約が結ばれていたが、そこの王太子の頭の出来がとても残念であった事で、婚約は破棄された。それもこちらに非が全くない状態で。
婚約をした時点での契約では、一方的な婚約破棄を行った場合、即座にこの国を攻め落とすという条件も盛り込まれていた。リーゼロッテが王太子の妻となり王妃となった時点で実質魔王の支配下に置かれてるも同然なのだが、穏便に支配されるか情け容赦も慈悲もないままに支配されるかの違いだろうか。
同盟国扱いか植民地扱いのどちらか、と言えば違いは明らかだろう。
「お嬢様」
「あら、終わりましたか?」
「えぇ、全て滞りなく」
「そう、お疲れ様」
「勿体ないお言葉にございます」
婚約破棄をされた後、リーゼロッテたちはまず自らの拠点でもある本国へと戻っていた。そして一連の出来事を報告。
ついでに服従を示した者たちは生かしてあるが、それ以外の者はヴォルディアンヌの魔術により捕獲し、生きたまま暗澹の荒野と呼ばれる不毛の大地へ置いてきた。
あのあたりは魔物が活発に行動しているので、エサになるかはたまた抵抗して魔物を倒すか……まぁ十中八九生きたまま食われるだろう――だが生餌に夢中になっている魔物を横から倒すのは簡単なので、恐らくは彼らが生きている間はリーゼロッテの遣わした配下が多少は魔物の数も減らしてくれる。
あの国はもう消えた。土地はある。人もいる。けれど、かつての王国であった名は消えて今はこの国の領地だ。建国祭という目出度き日だったはずなのに、その日がまさか滅亡記念日になるなど一体誰が予想しただろうか。
まぁ、服従を選び生き残った民からすれば現状そこまで大きな変化があるわけでもないだろう。
何せ、あの王太子が次期国王になった場合、リーゼロッテが政治を行うわけであったし。むしろあの頭の中身風船男がお飾りとはいえ王にならずにそのままこちら側の支配となった方がマシだったのでは、とリーゼロッテは思っている。まぁ、かつて国王だった男に関しては王とは名乗れず一応貴族として一部領地を治めてもらう事になるだろうけれど……息子はどうしようもない程にダメダメだったが、父親はまだマシな方だ。思い付きで変な政策をやらかしたりしないし、仕事に関しては多少信用はできる。子育ては信用も信頼も何一つできないけれど。
「しかし、これからどうしましょうかね」
「どう、とは?」
物憂げに呟くリーゼロッテに、ヴォルディアンヌも思わず聞き返していた。婚約破棄された事に関しては、まぁ、ちょっとだけ痛いかなと魔女も思わなくもないのだ。リーゼロッテだってまだ若いとはいえ、それでも婚約破棄されてすぐさま次の婚約者が決まるはずもない。政略の駒として自分の立場を理解しているとはいえ、流石にあまりにも年齢の離れた男の後妻などに……というのはヴォルディアンヌも部下としてちょっとだけ難色を示したかった。多分そういった縁談を彼女の父が持ち込んでくるとは思っていないけれども。だが世間で婚約破棄された女性というのは相手側に非があってもなぜかこちら側のイメージも悪くなる。
リーゼロッテがそこら辺全く気にしていないのが救いかもしれない。
「いえ、結果としてこうなってしまったので、やる事ほぼなくなったじゃないですか。一先ず婚約破棄した国をこちらの属国扱いにして新たな領土を持ち帰る、という事になってしまったわけですよね」
「えぇ」
「次の婚約が決まるのを大人しく待っているのも暇なわけです」
「えぇ……?」
「そうだ、いっそのことまだこちらとあまり結びつきの薄い国に行って、国盗りなんてどうかしら!?」
「その心は?」
「そうやって武勇を重ねるついでに結婚相手を見つけるとか、いっその事次期国王目指すのもありなんじゃないかしら、って」
「さっすが~お嬢様たくましい~」
リーゼロッテは現王の六番目の子だ。あの国には王族として行くと色々と騒ぎになるからこそ従姉妹の家に身を寄せたついでに公爵令嬢という事になっていた。どのみち政略結婚であの国の王家に嫁入りするのであれば、次期魔王とはなれない。
だからこそ王位継承権も低いままであったのだ。
だが婚約破棄された事でリーゼロッテは途端に身軽な状態になってしまった。
そのまま大人しく次の婚約先が決まるのを待つのであれば相変わらず低いままだが、ここで何らかの実績があれば次期王になれる可能性は少なからず上がる。
何せ実力主義な部分もあるもので。
今回の一件もある意味実績の一つになると言えばなる。
「ヴォルディアンヌ、早速わたくしの他の部下たちを呼んで頂戴。大人しくしているのは性に合わないし、折角だから大きなこと、しちゃいましょ?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるリーゼロッテに、ヴォルディアンヌはこれまたいい笑顔で他の仲間たちを呼びに行った。
だってなんだかとても楽しそうな気配がしたので。
あの国に居た時は正直退屈で仕方なかったけれど、今回はきっと退屈とは無縁になれそうな気がする。
そう。あまり人を怯えさせるわけにもいかないからと留守番をさせてしまっていた白銀竜も、自由気ままに行動しがちだからこそ留守番させられてた妖精も、奴隷戦士として身を落としていた獣人も、辺境の国で家族に虐げられていた聖女の力を持つ少女も――この際だから皆纏めて呼んじゃおう!
「うっふふふ、楽しくなりそう~♪」
足が勝手に弾む。リーゼロッテは全員連れてこいなんて言っていなかったけれど、それでも全員連れていったら……最初はきっと驚くだろうけれど、それでも最終的には仕方ないなぁ、みたいな顔で笑ってそうして――
――この後、リーゼロッテが仲間たちと共に一つの大国を手中に収めたのは言うまでもない。
だが、そんな彼女が後の魔王になれたかどうかは――
また、別の話である。