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ファーザー・オン further on(up the road)  作者: ホーリン・ホーク
FURTHER ON
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6.ロレンツォ・マフィン

挿絵(By みてみん)



 実業家ロレンツォ・マフィンはリンカンタウンのビジネス王だ。

 電子部品工業と娯楽リゾート施設経営で巨万の富を手に入れたが欲望は果てしなく、彼は〝戦争の親玉〟死の商人ナピスと契約を交わした。


 ナピスを新たな脅威と見るエルドランド最大勢力マフィア、サンダース・ファミリーはロレンツォ・マフィンを警戒し始めた。

 ロレンツォも自社の化学工場に潜入した不審者は勢力を伸ばすサンダースの者と疑い、事業拡大の邪魔となる彼らの排除を画策していた。



 ロレンツォの右腕パット・ギャレンという男は元警官で、始めはロレンツォのボディガードからのし上がったしたたかな男だ。

 ギャレンは颯爽と車を降り、肩をいからせ豪邸の廊下を闊歩し、調査している内容をロレンツォに報告しに行く。


「……近づけていますがまだ確証が」

「〝ステイヤー〟か……その名はサンダース家の眷属(けんぞく)。古代貴族の隠密とも伝えられる。……不吉だ」

「ありふれた名です。見た目より地味な若造……ただの女目当てかもしれませんが」

 ガウン姿で葉巻をくわえるロレンツォは宙を煙たく(まさぐ)る。

「女か。そのシェリルという女。今度ここへ連れて来い」

 


 ギャレンは兵器工場の生産力向上のために昼夜人員を集めていた。

 浮浪者乞食不法入国者、動ける者は誰でも高い賃金をちらつかせて働かせた。超過労働で死んだ者も確保した。人の死も金に変えた。


「ナピスは死人をも蘇らせ、操る」

 人体実験のためにナピスへ人間を送り込む。生きていても死んでいても。


 呪いの血清〝ナピスの血〟は怪物を生み出す。

 それはまるで〝フランケンシュタインの怪物〟。

 組織内部で精機工場は〝墓場〟だとも言われた。

 工場で働く者の手の、指輪の骸骨が笑っていた。


 高級ホテルのスイートルームでロレンツォは毎晩女たちを従える。白髪の四角い顔にギラついた目で女の柔肌を追う。

 指輪をはめた彼女たちは虚ろな目の操り人形。

 ロレンツォを慰めるその手は機械仕掛けのように――。



 ****



 その日。ダグラスはプリテンディアの裏通り、フォーク喫茶〝白鯨(HAKUGEI)〟にいてコーヒーを飲んでいた。

 ボディーガード勤めのブライアンがトイレに行っている隙に、ウェイトレスのクリスティーンはカウンターの隅にいるダグラスに近寄った。


「ハイ。話すの久しぶりね」

「ああ。そうだな。歌はよくラジオで聴いてるよ」

「ありがと。来月からもっと外に出るわ」

「〝カーペ・ディエム〟だっけ? その日を摘んで〜、いまを生きろ〜って」

「あら、歌上手いじゃない」

「はは、ありがとう。……君はいつか成功するよクリスティーン。絶対」


 コーヒーを口に含み、煙草を一服吹かすダグラス。

 クリスティーンは歌手を目指している。

 彼女はそもそも目立つのは控えていたが、ある時〝白鯨〟でのライブがレコード会社の目にとまった。

 隠れるように生きてきた父娘、この店のオーナー・ビルとクリスティーンは決して未来を諦めてはいなかった。

 閉塞感に抗い、歌に歓びを見出した彼女を、最終的にソサエティの指導者ベルザは縛らなかった。


 飄々とした変わらぬ様子のダグラスにクリスティーンは顔を近づけ、言った。

「聞いて。最近ブライアンが不快なの」

「え?」

「私を見る目が変。やけに手に触れようとするし……」

 前髪に隠れ一瞬潤んだその目を、ダグラスは真剣に受け止めた。

「わかった。キツく言っとく」

「ありがと……私は」

「ん?」

「……あなたの方が」

「黙って」指を口にあてダグラスはクリスティーンに離れるよう促した。


 ブライアンが寄ってくる。ダグラスはシレっと手をあげ彼のための椅子をさすった。

「腹痛か? ブライアン」

「あ、ああ。もう大丈夫だ」

 ブライアンは力なくふらふらと座った。

 ――恋の病。俺にだってわかる。


「……あの……お前さぁ」

「ダグラス、前に言ってたシェリルってコは? あれから進展は?」

「え、あ、ああ。普通に、たまにつき合ってる」

「は、何だよそのたまにって」

「まだ出会って一か月だぜ」

「一か月も、だ。映画にでも誘ったのか?」

「いやぁ。そ、そうだな。何見ようかな」

「ポルノはやめとけよ。結果、人生荒れるぞ。頭をモヒカンにしたくなるくらい」

「アホか。なんじゃそりゃ。間違ってもそれはない。……なぁブライアン」


 浮いた話で支離滅裂に誤魔化しても、どこか落ち着かないブライアンの腕をダグラスはガシリと掴んだ。

 端正な顔立ちのブライアンはブロンドのよれた髪に顔を隠そうとする。彼の情緒不安定な面をダグラスは知っている。

 目の前で両親を強盗に殺され、ショックで姓も金持ちだったことも忘れてしまった。

 十年以上前のあの日、ブライアンがほつれたカシミヤのコートを纏い、疲弊しきった文無しでスラムを彷徨(うろつ)いていたのをダグラスとハリーは保護した。

 奪われたものが多い分、手に入れたいものへの執着が強過ぎるブライアン。ダグラスはそれを理解した上で涙目で呻くブライアンをいつも諭してきた。


「ブライアン。お前のことはわかってる。わかってるよ。親友のお前の恋心は。だが……ぶっちゃけ、あきらめろ。クリスティーンは」


 ハッとブライアンはダグラスの目を見た。諭す厳しい目を前に、彼は口を固く噤んだ。

 しばらく気を鎮め、ダグラスは彼に言いきかせた。


「ベルザが言っただろ。彼女は海賊キャプテン・キーティングの末裔だ。ベルザは彼女と父親のビルのことを神のように思ってる。いいか、神だぞ。この店のオーナー・ビルとそのお嬢様クリスティーンは俺たちにとっても神だ。守らなきゃならない。俺たちとは違うんだ。一線を越えちゃいけない。ベルザの気持ちを裏切れない、絶対に。俺たちはベルザに尽くし任務を全うしなきゃ」

「わかってる!」

 

 初めて、ブライアンが大声を上げた。今までダグラスにはおとなしく従ってきたブライアンが初めて。

 立ち上がって、拳を握りしめていた。ダグラスはその拳を両手で覆った。

 つらい決意をさせた。彼も苦しんだ。



 ****



 それから数日後の夜、ダグラスはまたシェリルと会った。海のそばの公園まで車を走らせた。

 並んで立つ二人をハーバーライトが穏やかに照らした。


「私ロレンツォの右腕に声をかけられたの」

「え? どういうつもりで?」

「工場視察の時にロレンツォが私の仕事ぶりを気に入ったとかで、もう、どうしようって」

「……昇格? 表彰とか?」

「それはわかんないけどそのうちディナーに呼ばれるって。これはビッグチャンスよ」

「……そっか」


 吹きつける風に身を縮ませるシェリル。

 ダグラスは首のマフラーを彼女に移し、コートの襟を立てた。シェリルはドキドキと嬉しかったが、頬をぷくっと膨らませた。

「そっかって。ダグラス、もっと喜んでよ。出世への第一歩よ」

「うむ。まぁ覚えてもらうことはいいことだ」

「もーう。いじわる」



 複雑な気持ちだった。ダグラスは昨日ベルザと打ち合わせをしたばかりだった。

 重大な話を聞かされた。

 先ず、ロレンツォ・マフィンは間違いなく死の商人ナピスと繋がっていること。そして精機工場の人間が何人も消息不明になっていること。

 ベルザ自らの潜入調査で入手したのは謎の名簿だった。ダグラスはその真相を突きとめなければならない。


 彼はシェリルに言った。

「なあシェリル。俺も、そこで働こっかな」

 マフラーに顔をうずめたシェリルの上目遣い。頬を赤く染めて。

「ええ? ほんと? ……あ、さては私が心配なんでしょう。近くで見てないと」

 振り向いてダグラスははにかんだ。

「わ、わかった? そう。なんか、君が遠くへ行っちゃいそうで……」

「……ぷぷ。ダグラス……」

「ん? な、なんだよ」

「ダグラスかわいい!」


 シェリルはガバっと彼に抱きついた。

 ダグラスは驚いたが、ふわりと彼女を抱きしめた。



 ……そもそもベルザからの頼みは、ロレンツォ・マフィンが経営する精密機械工場で働く彼女に近づくこと、だった。


「シェリル・プディングという女は班長として頻繁に事務所に出入りする。まだ成り立てだが出世欲が強そうだ。ロレンツォに会いたがってるとか。彼女をうまくこちら側に取り込むんだ」


 シェリルを使い、工場内部の情報を入手することがダグラスの仕事だった……。

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