4.シェリル
午後三時。
ハンバーガーショップの前に黒のフォードが停まっている。
ダグラスは立ったままその愛車に背中を預け、バーガーを食べながら人の流れを見ていた。
眼鏡越しに周囲を警戒しながら無関心を装いむさぼり食う。冷えたコークが目覚めにキンとくる。これがやめられない。
見上げると煤けた映画館の側面に〝マフィン電子〟の電飾看板が羽振りよく明滅している。
電柱にもマフィンの広告貼り紙、そこの作業服姿の人間もちらほら目の前を歩いてゆく。
ふ〜ん……とダグラスは目を細め、むしゃむしゃしながら紙を丸めてストローでずるずる言わし、ゴミ箱に向かってたったか歩いていった。
そこでふと、ダグラスは立ち止まった。
後ろに顔を向けた彼の目の端に映ったのはあのマクロスキー。ネズミ色のパーカーのマクロスキーがこちらを見ていた。道路向こうの電話ボックスにもたれ、ニヤつきながら。
まぁだまとわりつくかとダグラスは鋭利な眼を飛ばした。
六メートル先でダグラスと目が合ったのに気づいたのか、車の流れに紛れるようにマクロスキーはどこかへ消え去った。
****
十月の土曜夕方五時、隣町リンカンタウンの駅前に並ぶタクシー群。ずらずらと車間を詰めに詰めて客を取り合うのに運転手たちは皆必死だ。
リサーチしていた平時の車の台数と乗客の流れを計算しながらダグラスはタイミングよく手をあげ、ハンドルを切ってその列に入って並んだ。
やがて彼の黒いフォードに乗ってきたのは若い女。グレーのフォーマルなスーツ姿に化粧っ気のない顔。
彼女は行き先をぼそりとダグラスに伝え、あとは黙って外の景色を目で追っている。
ダグラスは言った。
「仕事疲れには甘いものがいい。あのカフェのココアが美味しい。温まるし」
ルームミラーをちらりと見た。後部座席の彼女は無視していた。さりげなくダグラスはミラーを調整する。
ブロンドの髪を束ね、鼻のラインと唇が美しい。目は静かに、ずっと外を眺めている。
食いつくつもりはない素振りでダグラスは口を噤んで窓を少し開け、前だけ見ることにした。
「……意外と、二十五歳くらい?」
そう、彼女が訊いてきた。
やや低い、ビタースイートな声。おそらくそんな感じだろうと、ダグラスは想像していた。
「ねえ。今度はあなたが無視?」
ということはさっきは本当に俺を無視してたんだなと、ダグラスはふやけた目でミラーを見た。
「まさか。君みたいな子に声かけられて固まったのさ。誰も俺なんかに興味示さないから」
「君みたいなって?」
「……綺麗なコ」
「何も出ないわよ。で、私の質問は」
「俺、二十歳」
「ウソ。えー、やたら老けてるのね」
「ははは。華も何もないんでござんす。寂しい男でして」
「私おっさん臭いのきらーい。でもあなた、思ってたより話すのね。気遣って話すとこ、利口そう」
「何も出ませんよ。てんで、オイラはマヌケでやんす」
「変なしゃべり方」
二人はクスッと笑った。
彼女はミラーに映るダグラスの目をよく見ようと顔を上げる。彼女がシートのヘッドレストに手をかけた時、左手小指の指輪がきらりと反射した。
「……私、今から仕事なの。くたびれて見える? あのカフェは行ったわ。ミルクティーもオススメよ」と彼女は答えると、前屈みにタクシーの許可証を指して言った。
「ねえ『ダグラス・ステイヤー』さん。写真は髭がなくて若く見える」
「ああ。もっとかっこよく撮り直してほしいよ。実物はもっといいんだから」
「あら自信家ね」
「そう自賛家さ」
「私おもしろい人好き」
「全身真っ白な犬が袋小路で困ったって」
「? ……尾も白い……」
「そう、だからバックしようーー爆笑! なんつって」
彼女は手で口を覆った。ダグラスは確と見届けて笑った。
しばらく話がはずんで笑った後、今度いつか食事をしようとお互い言い合った。――気が早いか? いや、公園でことわって同じベンチに座るのと似た感覚だ。
そして仲良くなるのに最も手っ取り早いのは一緒に食事をすること。食事にはその人の全てが出る。育ちも、性格も。
あっさりとOKを出し合ったが、それがいいとお互い思った。
白い煙で霞むパランス街の黒い工場の前に停車するダグラスのタクシー。すらりと、彼女は外へ降りる。
代金をもらったダグラスは彼女に手を伸ばした。
「もしよかったら今日のうちに君の名を」
「あ、それね、ごめんなさい」
ブロンドの髪が揺れ、目は優しかった。
「名前はシェリル。私もハタチよ」
工場前の守衛と話す銀色コートを着た男の視線。
ダグラスはそれが気になり、彼女に小さく手を振り、そそくさとドアを閉めた。
シェリルの仕事の終わりは明日の朝六時だと聞いた。
朝六時には迎えに来るとダグラスは言った。
シェリルは明日は休みだと微笑んだ。
そして明日の夜六時に二人はまた駅前で会う……。