5.バーニン・トレイン BURNIN' TRAIN
砂塵渦巻く荒野の怪物と対峙するダグラスとソニー。 それは突然変異同士の戦いだった。
生体兵器から変貌した猛獣、放射能を浴び人智を超えた能力を持った人間たち。巨大化した蟲、竜のように畝る緑、植物群……。
異世界からやって来た妖術使いのソン・ソニーは回転火柱と化し迫る悪鬼を焼き払う。襲われるダグラスを援護しながら、湧き出る怪物たちを叩きのめした。
虎と犀を合わせたような巨獣の頭上で転がるダグラス。
「クッソ、元ネコ科のくせになんて広い額だ」
なだれ込むソニーが金箍棒で角を斬り落とし、ダグラスはその大きな目を撃ち抜いた。
十数メートルと聳える岩盤のような赤い巨人が放電しながら上から掴みかかる。地中からも次々に伸びる青や灰色、黒い手が二人を握り潰そうとする。
ひび割れた地表は大地の叫びか、神の怒りか――。
そのほとんどをソニーがなぎ倒し、ダグラスはすまねえと笑ってガクガクと膝をつき、ついに地表にひっくり返った。
荒く息を吐く。
「ハァ、ハァ、フ……た、助かったぜソニー。もう、俺は降参だ」
雲の乗り物から彼のもとに飛び降りるソニー。
「ああ、ワイもや。もう疲れた」
パタリと倒れ、ソニーも並んでひっくり返った。
「だ、大丈夫なのか? 後は」
「後はワイの分身、ちびっ子猿軍団が追い払ってくれるさ」
「お前のダチの妖械戦士団にもよろしく言っといてくれ」
「みんな兄貴に惚れて動いた。居場所のないワイたちは救われた。面倒見のいい、聴き上手の兄さんにな」
笑って二人はしばし空を見つめた。
気がつけば朝だ。どこまでも蒼い空。変わらずじわりと流れゆく雲。
気候も、文明も崩壊しようとしていても、この星はまだギリギリのところで変わらず留まっていてくれる。まだ、食らいついていける。
轟いていた音がやがて静まり返っていった。
一度死にかけ、神の化身ベルザに新たな生命を授けられ、二百年も生きてきたというダグラスもミュータントといえた。彼は授けられた命だ、戦うために生かされたと胸をさする。
ソニーはかつての自らの行為で荒らすことになってしまったこの世界を守りたい、第二の母国を愛したいと言った。
積み上げた罪の黒い山に太陽が白く光を放つ。
――俺たちはケインの末裔か、それともただの土器か落ちた露か結晶か……ダグラスは枯れた手のひらを見つめ、よれた茶髪を掻き上げる。
乗り合わせた連れが十字架を掲げ記憶を駆け抜けていく。願いをかける度に呪いもかけられ、希望を手繰り寄せては藻搔いてきた。
降りしきる雪と鳴り響く汽笛、鐘の音。
――なぁ、ハリー。ブライアンも。俺たちは走ってたよな。俺たち警備団は生きていた。証を求めて砂埃の中を探しまわった。今もお前たちは、俺と生きているんだ……。
「ソニー。好きな女のためか?」
目尻に深い皺を刻んでダグラスは訊く。
「う、うわ。わかるんか、さすがダグラス兄さん。心の声も聞こえるな」
柄にもなく照れて微笑むソニー。
「だってそこ、誰だって一番燃えるだろ?」
「兄さんは? 大切な人がいたんやろ?」
「……うむ。もちろん」
指輪を見つめた後、目を閉じ、想いを解くダグラス。それは出会った夜の事から鮮明に蘇ってくる。
――シェリル、お前のことを今も熱く愛している。
今も、老いても、お前のことを想えば胸を焦がす。
……お前と俺との子、ブリウスは立派だった。
クリシアを守り抜いた。立派に父親を全うした。誠実に生き抜いたよ。俺は陰で見守ることしかできなかった。あいつが老い、自宅の庭で静かに佇む時、最後にようやく抱きしめてあげた。
俺は世界中あちこち飛び回ってばかりの、悪い父親だった。こんなふうにしか生きられなかった。すまなかった。
はしゃいで話したあのひと時と漂うチョコレートの甘い香り……。はるか、この空への道を行ったところで、俺はシェリル……お前に会いに行くんだ――。
「……兄さん、て。おい、兄さん」
並んで横になるダグラスをソニーが呼ぶ。
ダグラスは静かに笑っていた。
全うした目蓋を、ソニーは見つめた。
****
乏しい灯りの林檎の木に囲まれた家で、ミシェルは雑然と語る老人の話をノートにとった。
ベッドに横たわるケイの唇を水で湿らせ、部屋の扉を閉めた老人は暖炉の前に腰掛ける。ペンを置き、ミシェルは聞いた。
「……では、ダグラス・ステイヤーはやはりもう、この世にはいないのですね」
火を見つめ、コーヒーカップを握る老人は寂しく頷いた。
「ああ。いない。儂が見届けたよ」
ダグラスは最後の伝言をソン・ソニーに託し、それを彼が受け取ったと。
「ミシェル・ファイン。あんたへの伝言はあんたのルーツを聞かせることだった」
「ルーツ?」
「そう。かつて、疫病と戦争で世界が荒れ、皆家族が散り散りになった。二〇九九年のこと。その時あんたの爺様は孤児院に引き取られた。親を失くし絶望し名前も忘れた彼はそこでジェイコブ・ファインと名づけられた」
急激にこみ上げる胸の熱と鼓動。ミシェルの目頭が熱くなる。彼女の目を見つめながら老人は告げる。
「彼はダグラスの血を。その息子のブリウスとクリシア・プディング、そしてサラ……。ジェイコブはその末裔じゃ」
まさかとミシェルは口を覆った。
「そう。あんたもな」
テーブルに手を伸ばし、老人は微笑む。
「だから呼んだんじゃよ」
「……そ、そうだったんですね」
「その瞳……クリシアによく似ておるもんな」
祖父の出生は謎だった。ミシェルが七つの頃、病いに伏し亡くなった。よく可愛がってくれた祖父の口癖を、彼女はよく覚えている。それは――
「カーペ・ディエム」
老人がそう言った。ダグラスが、彼にも教えてくれた言葉だという。
ミシェルは目尻を押さえながら頷く。
「そう。そうなんです。まるで呪文のように、Carpe diem。〝いまを生きろ〟と」
じわりと膝に手をついて立ち上がる老人は、そっとハンカチをミシェルに渡した。コーヒーを淹れ、小さく切ったアップルパイを皿に差し出す。
「ありがとうございます。いただきます」
「……うむ。来てくれて、こちらこそじゃ。遠く険しいところまで、どうもありがとう」
「あなたがダグラス・ステイヤーかと、思っていたんです」
彼は首を振り、暖かい眼差しで胸元をさすった。
「……儂は仲間の〝生〟を最後まで見届ける者。伝える者じゃ」
「……キャプテン」
ミシェルは思わず立ち上がり、老人の手を握り締めた。
「あなたはダグラスが連れ戻した――」
老人は静かに頷いた。
「……そう。儂はジャック・パインド。かつて、このエルドランドで〝キャプテン〟と呼ばれた……」
****
燃えあがるような列車で俺たちは旅を続けた。
君の手を俺の手に、しっかりと引き寄せてる。
あの鐘の音を信じて闇夜を走り抜けた。
くちづけは甘く切なく、なびく髪が癒した。
風が吹き荒れ、雨が激しく打ちつけても
俺たちの魂は空の果てまで燃えあがった。
黒く恐ろしい列車が過ぎ、時の終わりを告げる。
乗り合わせていた人たちが消え去る、一瞬にして。
俺たちは指と指を這わせ、朝の光を目指した。
獣のように雪や嵐が襲いかかっても
二人の血はひとつに燃えあがり、どこまでも愛した。
燃えあがるような列車で、俺たちはひとつになった。
【END】




