2.約束の地 PROMISED LAND
善人も罪人も賢者も愚者も、皆が乗り合わせた列車。
光が射し、魂は報われ、自由の鐘と平和の汽笛が鳴り響いた。
肌の色が違い言葉も違っても、手と手を合わせ乗車した。
次の駅で待つ母娘の手を引き、次の駅で降りる老婆を支え、また次の乗客を笑顔で迎える。
眠っている客、流れる景色を眺めている客、目が合った者をいたわる客たち。
向かいの席から見つめる少女に青年は微笑み、幸運をと呟いた。
神をおそれ、人を愛する心を。
遅れている人々に、恵まれない人々に、虐げられている人々に、手を差しのべる心を。
教えは繋がっていった。
はるか道を行ったところに希望があると、窓越しに輝く海を見つめた。
はげしい雷雨に耐え、長いトンネルを抜けると、夢にまで見た国にたどり着く。約束された慈悲の地へーー。
****
ある時、神は怒った。
雷鳴が空を割り、地を揺るがした。
殺し合いの手は止められた。
人々は神に恐れおののき、赦しを乞うた。
最期に生き延びるための列車が用意された。
血に染められた手を洗い、重ねる。
すべては他のためにし、己がためには何事もなさざりき。捧げ尽くせよ。
それが神との約束だった。
****
切り立った断崖を越え、ダグラスははるか荒野を見つめた。
硬くひび割れた指で頬と唇をさする。
後ろを振り向いても誰もいない。
背後には夕闇が迫り、ただ独りで存在ることを痛切に突きつけられる。
目を閉じれば、共に育ち走り抜け、散っていった友が頬を撫でてゆく。
風が空から迫り地を這い、星一周かけ巡ってまた襲いかかってくる。
闇に堕ち、報われなかった魂たちに耳を傾けながら信義の道を探ってきた。
しかし呪いがかかったように胸の痛みは消えない。
夢を追い続けた罰かと膝をつき、また地平線を睨むが、長く生き過ぎた肉体の叫びだと腿を叩いた。
善き者の意志を継ぎ、歩んできた道。人を導いてきたなどとは烏滸がましい。
授けられた命の下、生き延びる方向を選んだ者の手を引き上げてきた。
いつしか眩い光の環が天空に広がった。
見上げるダグラスは、その中央に小さな黒点を見つける。
「……おお、ソニー。そこだな、わかるぞ」
黒点は次第に大きくなってゆく。
眼前に迫ってくる黒い大の字は、ダグラスの頭上でバッと音を立て、静止した。
「よお! ダグラス!」
天から降ってきた彼はソニー。摩訶不思議な〝妖術使い〟のソニーだ。
燃え盛るような銀色の髪、赤い防護スーツに身を包む小柄な男。猿のように身軽にダグラスの肩から背中までぐるりと絡み、着地した。
薄笑いのダグラスを見上げニカッと笑う。
「ソン・メカモン。いや、〝かりそめの神〟ソニーよ」
ソニーは白い歯を見せながら頭を掻き、訊いてみる。
「ダグラス、これから世界はどうなると思う?」
「うむ。滅びの果ての再生。次の創造が新たな価値観を生み出すか、どうかだ」
「だがきっと、人間は変わらないぞ」
「生ものだ。一つに束ねることはできない」
「神も。『神』という言葉は一つなのに、大勢いるしな」
「そう。神も喧嘩をする。だがソニーよ。お前が見せてくれた夢は無意味ではなかった。天をも揺るがす雷が地を割り、人は突きつけられた。気づかせてくれたんだよ」
「妖術、〝仮想……夢列車〟とでも名付けるか」
「ありがとうな。人々はひとつの夢の中でひとつになれた。きっといい方向に向かう。そう信じるしかない」
辺りは闇に。突くような夜風が吹きつける。
現実が押し寄せてくる、予感。
立ち尽くすダグラスとソニーは焦点を合わせ、闇に蠢く悪鬼を見た。
「人が作った化け物は人が倒すしかない」
「ダグラス兄さん、あんたは神の化身が憑依した……」
「化け物と言いたいか。ソニー、お前とは気が合うな」
山のような悪鬼がユーラシアの荒野に何体も足を踏み出す。尾根の向こうから、割れた地中から。
ダグラスは銀の銃把を握り、ソニーは魔法の金箍棒を構える。
戦いはまだ、残っていた――。




