1.ミシェル・ファイン MICHELLE FINE
黄土色の大地に砂埃が舞い上がる。
暗雲が立ち込める広大な荒野を行く。
硬く乾いた土を車輪が踏みしめる。
禿鷲が飛び立ち、野犬が走り去った。
二一七一年。
ミシェル・ファインはかけ出しの新聞記者だ。
ある人物を追っている。といっても、それは十歳から追い続けたこと。ある記事を書くため。さらには真実を知るために。
自分が知りたくて、何故か沸き立ち冷め止まぬ衝動から〝彼〟を追い続けてきた。
先日、長く広めていたネットでの呼びかけにメールの反応があった。《伝えたいことがある》と。
彼女は勢い、はるか国境の果てまで中古の四駆を飛ばした。
黒く寂しげな丘陵に差しかかると、灯のついた掘っ立て小屋が見えてきた。
いよいよ、そこへたどり着く。メールには、林檎の木に囲まれた家と書いてあった。
ランプの薄灯りに照らされるその木々と低い石垣。ミシェルは速度を落とし、キャップを脱いでブロンドの髪を手櫛で整えた。
車を停め、降りると冷たい風が吹きつける。
髪を結い、やや朽ちかけた木のドアの前に足を揃える。
「すみません……」と高鳴る胸を押さえながら彼女がノックする前に、中から声が届けられた。とても穏やかなしわがれ声が。
「迷い人かね? ……それとも、尋ね人かね?」
ドアの隙間から光と、炎が弾ける音が漏れてくる。落ち着いた暖炉の、音。
「入りなさい」
老人の黒い影が彼女を丁寧に導いた。
「……失礼します」
ミシェルは一礼し、軋む床を進んだ。
老人は笑顔で、温かく彼女を狭いリビングのソファに座らせた。
夜の帳が下り、虫の声が引き立ってくる。
差し出されたコーヒーを啜りながら、カップを両手にミシェルは老人を見つめた。
挨拶をして名乗った後、彼のことを訊ねたが、まあ気を鎮めなさいと老人は暖炉の火を焚べた。
赤いニット帽にダンガリーシャツ、緑色のハンティングベスト。腰は曲がってはいるが、うろつく足取りはまだ丈夫で、手の肉にも張りがある。目尻と頬に笑みを湛え、深い皺が時を物語る。
「あなたがメールをくださったんですね?」
ミシェルの問いに老人は頷き、顔を向けた。
「いかにも。儂が彼に頼んだ」
「彼?」
「こんな電気も通らん辺境の地からどうやってと思ったか? 隣りの部屋を覗いてみるかい?」
立ち上がる老人。
「え……」
ミシェルは手招きされ、扉の向こうへ足を運んだ。
部屋には、ベッドに若い男が横たわっていた。
静かに眠る髪の長い青年だ。酷く傷ついた様子で毛布が肩までかけられている。
まるで死んだように眠る灰色の髪の青年。
二人は並んで立つ。ミシェルは震えながら老人を見た。彼の目も酷く悲しげだった。
「この男はな。半分機械なんじゃ。全身武器。儂らの……武器じゃった」
「は……半分……機械?」
「武器を根絶するために……結局彼を利用する形になった。彼は自らの意志だと言ったが、元は人間。戦うために生まれたわけじゃない」
横たわる青年の左手を握る。
「彼の名前はケイ。彼にも連れがおってな。美しい娘じゃったが、同じように戦い、命を落とした。可哀想なことをした」
涙ぐみながら確と握りしめる。
「この手に、頼った。この手に救われた。彼は力を使いきり、もうじき死を迎える。儂が最後まで見てやらんとな」
そのケイの人工脳デバイスからアクセスしたのだと、老人は言った。
この世から武器を、兵器を全て根絶するために、〝希望と夢の国〟を掲げて、組織は戦い続けたという。この国のトップを影で支え、モラルの領域の長い弧をたどり、正義に向かって生きてきたのだと。
ミシェルはその軌跡を確かめたかった。
彼女はその影の指導者ダグラス・ステイヤーに会いにここへやって来た。




