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ファーザー・オン further on(up the road)  作者: ホーリン・ホーク
FURTHER ON
1/16

1.ダグラス

挿絵(By みてみん)



 一九四五年、エルドランド北部ノーザン。

 吹き荒ぶ雪が獣のように襲いかかった。

 ダグラスは汽車に乗り、窓から外を見つめた。

 こんな凍てつく恐ろしい夜に彼は拾われた。



 ****



 (さかのぼ)る十年前、とある町のスラム街に銃声が轟いた。

 はげしい吹雪と地下からの蒸気に包まれ、その男は現れた。男の名はストーン・サンダース。

 彼は黒いロングコートをなびかせ、暗闇から一人の少年に手を差し伸べる。

 背筋の張った裕福な出立ちのサンダース。

 見上げるダグラスの前に彼は屈み、チョコレートを差し出した。


「遠慮するな少年」とサンダースが言う。

 ダグラスは猜疑ある目つきと汚れた身なりで震える手を隠した。

 サンダースは少年のボサボサに荒れた茶髪を撫でて頷き、「俺について来い」と言ったが、ダグラスは突っ立ったまま後ろを振り向いて答えた。

「友達がいるんです」

「どこに隠れた。連れて来い」


 ボロを纏ったダグラスと同じような少年二人、ハリーとブライアン。

 物陰から、よれたワークキャップのハリーがブライアンの乱れた髪を撫でながら手を引いてきた。

 二人揃って鼻を啜り、悔し涙を流している。 

 吐く息が白く熱い。


 サンダースは手招きし、通りに停めた車に乗るよう三人に促した。

 異臭漂う冷たい夜、その時から少年たちはスラムの残飯を放り捨てた。



 ****



 サンダースは大金持ちで彼ら三人の子供を自宅に住まわせた。

 彼の自宅は広く温かい屋敷で、他にも子供が大勢住んでいるが、その子たちはサンダースの実子ではない。

 ダグラスたちは熱いシャワーを浴び、生まれてこの方の汚れと屈辱を湯水で洗い流した。

 サンダースは微笑み、料理を振る舞い、住まわす代わりに家に尽くしてくれとダグラスたちに言った。



「三人とも十歳くらいか。ダグラス。勇敢なお前にはステイヤーの名をやろう。我が気高い血族の名だ。ハリーは猛禽類のような目と高く尖った鼻が特徴だからイーグル。丘の上に逃げて泣くブライアンの姓はヒル。そんな感じでいいか?」


 何も文句はなかった。

 たらふく食わせてくれるサンダース(この男)は神様だと彼らは思った。

 ただその代償は血生臭いものだった。



 彼、ストーン・サンダースは実はマフィアで、エルドランドで最大勢力の組織を束ねていた。

 すらりとした痩身から見下ろす眼は鋭く、指し示す手は威光を放った。

 『友は近くに、敵はもっと近くに置け』と裏社会で生き抜く教えを説いた。

 彼の交渉に同意しなかった者、裏切った者、礼を欠く者は消され、ダグラスたちはその後始末を手伝わされた。


 それらの遺体を毛布に包み、山へ埋めた。

 コンクリートで固め、海へ沈めた。

 つらかったが、生きてゆく術はこれしかなかった。


「……お前らぐずぐずしてねえでさっさと運べ!」

「ご、ごめんなさいテシオの兄貴、ハリーもブライアンも車酔いで」

「かばってんじゃねえダグラス、こういう時ぁケツを叩くんだよほら、しっかり持て!」

「「は、はい、すみません!」」

「裏切って殺された奴らのことなど〝肥やし〟だと思え。ドンの行く道は潤い、緑が茂る。埋めて唱えろ。これも世のため人のためだと」


 寝静まる夜の樹海の土をスコップで掘るテシオたち。青ざめた顔のハリーとブライアンは泣きながら従い、血と泥に黒くまみれてゆく。

 何人もの兄貴分たちに囲まれながら、死体を見ては吐くハリーをなだめ、隠れては泣くブライアンを慰め、ダグラスはひたすらに歯を食いしばった。

 生きるためには割り切り、立場を受け入れ、ドン・サンダースを守り抜く覚悟で臨んだ。




 そんな十七歳のある日、ダグラスはサンダースを訪ねて来たある男に出会う。

 長身の初老の男。黒縁眼鏡の、灰色の髪を後ろに撫でつけた紳士的な男だ。


 不思議と目が合い、ダグラスは彼に惹かれた。

 潮風が舞う、深い海を湛えた眼差し。

 サンダースは彼を丁重にもてなした。

 ダグラスはその男の神秘に引き寄せられた。

 彼はある地下組織の指導者、名は『ベルザ』。

 眼鏡越しに煌めく瞳の奥には明確な目的があった。




 そこは人生の好転を願い、人々が集う場所、〝転換の街〟アナザーサイド。

 その日ドン・ストーン・サンダースはファミリーが経営するカフェレストRamona(ラモーナ)でベルザと会った。同席するアフガンの貿易商とサンダースが契約を交わす。

 資金を援助するベルザが見届ける中、扉のアンティークなカウベルが鳴り、花屋の配達の男がそそくさと店内に訪れた。ハンチングに髭面の中年男が薔薇の花束を抱えて。

 サンダースの付き人を務めるダグラスは迫る男をカウンターから見ていた。

 それは行きつけの花屋に勤めている男。その男の異様な汗を感知するダグラス。若き血潮が(たぎ)る、場面は一触即発。

 男が花束に忍ばせていた拳銃にダグラスが瞬時に飛びかかった。勢い床に押さえ込み、その銃口を男の喉に力いっぱい突きつけた。ダグラスは()いた。


「お前のことは知っている。クレイドルズ国から来たんだろ? 訛りも残ってる。スプンフルの者か」

 飛び散った赤い薔薇の中で男は禿頭を晒し、自ら舌を噛み切った。



 サンダースはダグラスの手を握る。

「おかげで命拾いしたダグラス。ありがとう」

「以前店で話しかけた時からあいつの目は怪しかった。()()()()調べていたんです」

 見ていたベルザは顎をさすりながら目を光らせた。

「君は勇気がある。嗅覚も鋭い」

 貿易商の優男は震えながら神に祈りの手を合わせた。


「ベルザ。ダグラスは自慢の息子だ。ちょうどいい、彼を含めた我が警備団(レギュレーターズ)を紹介しよう」

 とサンダースは言い、奥の厨房で手伝いをしているハリーとブライアンを呼んだ。


「この子たちは良きチームだ」

 ベルザに握手を求められ、三人は礼儀正しく応えた。



 組織の人材を求めていたベルザはダグラスの力を欲しがった。

 ダグラスには人望と求心力があった。

 それを見抜いたベルザはストーン・サンダースに申し出て、彼と二人を授かった。

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