【短編】オレは世界最強の冒険者のようだが、自分ではそれが理解できない
ある日、ダンジョンが出現したと大騒ぎになった。
世界各地、同時多発的に突然、無数のダンジョン出現したらしい。
その日、全てのテレビ各局はダンジョンに関する臨時ニュースを一日に渡って取り上げ、世界各国の一番偉い人が声明を発表した。
曰く、世界中にダンジョンが出現した、と。
そして、全人類にステータスという概念が生まれた。
ダンジョンの中には強力な魔物が出現し、倒せばレベルとやらがあがるらしい。それと、モンスターには銃やミサイルのような現代兵器が効かず、倒すにはスキルや剣、魔法で倒す必要があるんだ、とか。
俺は最初、この話を聞いて一言思った。
「まるで、ゲームの世界だな」
と。
恐らく、俺だけでなく全人類がそう思ったに違いない。
しかし、怖いもの知らずが動画で生配信をしながらダンジョンに潜ってはモンスターに殺された、なんてニュースが流れたり、軍や自衛隊がダンジョンの調査するために潜ったなんてニュースが流れたりして、流石にこれはエイプリルフールにしてはやりすぎ(そもそも4月1日ではなかったんだが)ということで、徐々にダンジョンの存在に真実味が増していく。
だから、世界にダンジョンに現れ、それを人類が受け入れるまでそう時間はかからなかった。
すでに、ダンジョンが出現し、二年弱が経とうという今では、ダンジョンはすでに日常の一部と化していた。
「放課後、ダンジョンに行って魔物を狩ってくるわ」
なんて会話は普通に聞くし、
「これからダンジョンに行くんだけど、ヒーラーが足りなくてさ。よかったら、一緒にパーティーを組んでくれない」
という勧誘もよく聞く。
街に行けば、薬局にはポーションが売られ、ホームセンターに行けば、剣やら盾が普通に売っている。
剣道部といえば、今や真剣を使った魔物相手の実践を学ぶ部活になっているし、弓道やアーチェリー部なんて珍しかった部活は今や当たり前となっており、弓矢を使いたい冒険者が日々に練習に訪れている。
そう、世界は変わったのだ。
「世界がおかしくなってしまった……」
オレはポツリとそう呟くのだった。
「ねぇ、めぐみくん。今日、なにか予定ある?」
放課後、帰宅部の僕はとっとと家に帰っては趣味の執筆活動でもしようかな、と思った矢先、話しかけられる。
めぐみ、というのは僕の名前だ。漢字だと、恵と書く。女の子っぽい名前なので、ちょっとしたコンプレックスだ。
「今日、クラスのみんなでダンジョンに行こうって話をしていて、それでめぐみくんも一緒にどうかなって、思ったんだけど」
と、僕に話しかけてきたのはこのクラスの委員長だ。
面倒見がよいのか、誰にでも別け隔てなく接する、まさに聖女のような女性だとオレは思っている。
しかし、クラスでダンジョンに行くか。
新学期が始まったばかりで、まだクラスの皆とは親しくない。親睦を兼ねて、皆でダンジョン攻略をしよう、ってことなんだろう。
「ごめん、オレこの後用事があるから」
オレはうつむきざまにそう応える。
いくら委員長の頼みだとしても、ダンジョンにだけは行かないとオレは決めていた。
「用事って、なんの? クラスみんなで魔物を狩って、その後、みんなで打ち上げしようって話しをしていたんだけど……」
打ち上げね。恐らく、魔物の肉を使ったバーベキューをやるんだろう。さぞ、楽しそうなイベントだ。
「ごめん、どうしても外せない用事なんだ」
本当はそんな用事なんてないんだけど、がんばって深刻そうな表情を作っては、そう言う。今のは、中々演技力では、と自画自賛してみたり。
「でも……っ」
と、委員長はなおも僕を誘おうとしていた。
随分、熱心なことだ。
恐らく、心の中では、ここで僕を誘わなければ、皆が僕に対して『つれないやつ』なんてレッテルを貼るだろうから、なんとしてでも僕を誘わなきゃ、とでも思っているんだろう。流石、聖女だ。オレはその心意気だけでも十分、救われたよ。
「委員長、そいつをいくら誘っても無駄だぜ。なんせ、こいつ童貞だからな」
おいおい、オレと委員長の会話に口を挟むとは、どこのどいつだ、と思ったら、知り合いだった。
名前は、レンというやつで、小学生の頃からの幼馴染だ。中学までは仲が良かったが、ダンジョンが発生してからは疎遠だ。
あと、人を童貞とは大変失礼だな。まぁ、確かに童貞だが。お前だって、童貞だろ。
「ダンジョン童貞。こいつ、ダンジョンに一度も行ったことないんだよ」
レンはオレのことを指差しながらそういう。人の指を向けるとは失礼だな、と思ったがオレは指摘しないことにする。なにせ、争いを好まない主義なんでね。
あと、童貞っていうのは、そうかダンジョンのことね。
「えっ!? ダンジョンに行ったことがないの!?」
委員長は驚愕したようで、声を荒げていた。
確かに驚きだろう。
もし、全人類に今までダンジョンに行ったことがあるか? YESかNOでアンケートをとったら、99.99%の人がYESと答えるはずだ。
もちろん、残りの0.01%はこのオレだ。あぁ、あと幼い子供も行ったことないはずなので、彼らもNOと応えるはず。って、考えると、99.99%は言い過ぎなのか?
とにかく、ダンジョンなんて普通は行って当たり前。
僕の両親だって、よくダンジョンに行くし、おじいちゃんもダンジョンに行こうとして腰を痛めたから、結局行くのをやめていたが、ともかく年頃の男女ならダンジョンは行って当たり前なのだ。
「えっと、そう、ダンジョンに行ったことないんだよね……」
「どうして……?」
「怖いから」
と、僕は口にした。
「俺も何度もこいつをダンジョンに行こうって誘ったのに、この一点張りで一度も一緒に行ってくれないんだよ」
レンも俺に対し文句を口にする。
確かに、その通りだ。そして、レンと疎遠になってしまったのも、オレが頑なにダンジョンに行かないせいだろう。
「今日行くダンジョンは初心者用のとこだし、めぐみくんでも大丈夫だよ。それに、クラスみんなで行くから、恐らく後ろにいればモンスターと戦わなくても平気だから。だから、一緒に行こ?」
委員長は僕の手をとりながら上目遣いで、そう言う。
あざといかよ! と、僕はこころの中でつっこんだ。
ここまで言われたら、行けないなんて流石に言えない。
「わかった、行くよ」
そう言うと、委員長は「やったー」と大はしゃぎする。それもまたあざといだった。
委員長が喜ぶ姿が見れるなら、俺はなんだってできるかもしれない、とか思ってみたり。
「お前、委員長の可愛さにやられただろ」
と、小声でレンが耳打ちする。
その通りなので、僕は無言で親指を立てることにした。
◆
さて、ダンジョンが世界に出現してから、侵食という言葉が生まれた。
例えば、巨大なショッピングモールがダンジョンに侵食されたというふうに使ったりする。
世界各地にダンジョンが出現したとは、すでに述べた通りだが、別に新しい建造物がニョキニョキっと地面から生えたわけではない。
すでにある巨大な建造物が侵食され、魔物の棲家であるダンジョンになってしまったのだ。
例えば、巨大ショッピングモールや美術館、高層ビルなどダンジョン化した建物は多岐に渡る。
これからクラスの皆で行く場所は、大きなショッピングモールだと言っていた。
「よし、それじぁ、みんな気を引き締めて行こう!」
と、委員長が号令をかける。
すると、他のクラスメイトたちは「「おぉー!」」と拳を掲げていた。
「今日は、めぐみくんが初めてのダンジョンだから、みんなよろしくね!」
と、委員長がオレを名指しでそう言う。
すると、クラスのみんなはオレの方を見た。
これは中々恥ずかしいな、とか思っていると、
「そうか、ダンジョンに行ったことないやつがまだいるんだな」
「俺が守ってやるから安心しろ」
「色々おしえてあげようぜ」
「なんの武器が向いているか考えてあげたほうがいいんじゃない?」
と、皆がそれぞれ思ったことを口にする。
どうやら優しい生徒が多いようで、中々悪くないクラスじゃないか。てっきり、ダンジョンに行ったことがないことを馬鹿にされると思っていたからな。
と、そんなやり取りを終えた後、みんなで並んでショッピングモールの入り口に入る。
さて、そろそろ俺がなぜ、ダンジョンに一度も行ったことがいなのか、種明かしをしてもいい頃合いだろう。
散々、世間ではダンジョンの話題が取り上げられ、魔物と戦ったりレベル上げたりすることが日常となったことは皆、ご存知の通りだと思う。
しかし、困ったことに、俺はダンジョンに関する全てを認識することができないのだ。
どういうことか解説すると、例えば、テレビで魔物の特集をするとする。しかし、俺の目にはなにも映らない。
自分のステータスを自由に見ることができるらしいが、オレは一度もステータス画面なんてものを見たことがないし、他人にステータス画面を見られても僕にはなにも見えない。
ダンジョン化した建物は紫色に染まるらしいが、オレから見たらただの建造物にしか見えない。
よくポーションが入った小瓶が売っているが、オレからすればただの空き瓶にしか見えないし、ダンジョンを攻略すると武器が手に入り、市場でもたくさん出回っているらしいが、オレには一切見ることができないし、試しに売っているものを触ろうとしたこともあるが、空気に触れるだけだった。
市場では魔物の肉なんてものが出回り、大変おいしいらしいが、オレには魔物の肉を見ることもできないし、当然触れることもできない。
そう、確かに世界はダンジョンで変わった。
だけど、オレの日常だけはなぜか変わっていないのだ。
オレは未だに疑っている。世界中の人間が集団催眠で騙されていて、オレだけ正常なのではないか、と。
もしくはオレだけ精神疾患とかで頭がおかしくなっている可能性もあるが。
世間の反応から察するに、どうやらダンジョンがあるのは確かなようだが、直接オレの目で確認したことはないので、本当にダンジョンがあるとはいえない、ってのが今のオレが出せる結論だ。
ダンジョンを認識できない以上、ダンジョンを攻略することも当然できるわけがない。オレが今までダンジョンに行ったことがないのも、そういう理由だ。
やっぱり普通のショッピングモールにしか見えない。
クラスのみんなの後ろについてダンジョン化したというショッピングモールの入り口から入ってきたわけだが、やはりオレから見れば普通のショッピングモールだ。
一つだけ異常があるとすれば、物が一切売っていないことか。陳列棚は全て空っぽだ。
「おい、ゴブリンがでたぞ」
誰かがそう言う。
「よしっ、俺に任せろ!」
「俺も協力する!」
何人かの生徒が前に飛び出す。
やっぱりなにも見えん。
ゴブリンと戦っているらしいが、そのゴブリンを確かめることが俺にはできない。
ただ、男がなにかを振り回しているようにしか見えない。恐らく剣を持っているんだろうが、俺にはそれが見えない。これが、ダンスを踊っていると言われたら、納得できるんだけど。
もしかして、これって壮大なドッキリじゃないよな?
アメリカのドッキリ番組で、巨大なセットを用意して、本当に街がゾンビで溢れかえっている、と仕掛けられ側が勘違いするような壮大なドッキリ番組があるようだし、恐らくこれもそういう類なのでは。
だとすれば、今、カメラで俺のことを映しているはず。
カメラを探してみるが、それらしきものはなし。
ていうか、本当にドッキリなら一年以上騙していることになるし、流石に長過ぎるな。
やっぱり集団催眠のほうがしっくりくる。
「ねぇ、めぐみくんって、なんのスキルを持っているの?」
ふと、話しかけられる。見ると、委員長がいた。
「えっと、なんのスキルを持っているかわからない」
そもそもスキルがなんなのかすら理解できない。
「えっ、自分のステータス確認したことないの!?」
「まぁ、そうだけど」
そもそもステータスっなんだよ。
「だったら、今、ステータスを確認してみようよ」
そう提案されても、ステータスの確認の仕方がわからないんだが。
「えっと、ステータスってどうやって出せばいいの?」
「えっ!? ほら、こんなふうに出すんだよ」
と、委員長が僕になにかを見せているのはわかったけど、やっばりオレにはなにも見えん!
「えっと、どうするの?」
「えっ!? 意識すれば、ステータスって出ると思うけど」
意識しろ、といわれても認識できないものをどう意識すればいいんだよ。
「なぁ、めぐみ。試しに魔物を倒してみるか」
と、今度はレンに話しかけられる。
「いや、オレには無理だよ」
「大丈夫だって。スライムとかなら、すげぇ弱いしお前でも簡単に倒せるよ。ほら、あれがスライムな」
と、レンが指差したとこにはなにもなかった。
オレ以外にはスライムという魔物が見えているんだろうけど、残念ながらオレには見えない。
「ほら、俺の剣を使っていいよ」
と、なにかを渡されているんだろうけど、なにを渡されているんだ?
「えっと……」
どうしよう? と思いながら、戸惑っていると。
「おい、なんだアレ!?」
誰かが慌てた様子でそう口にした。
「どういうことだ? なんで初級ダンジョンに上級魔物のミノタウロスがいるんだよ!?」
まるで事態を把握できない俺のために説明してくれたんじゃないかっていうぐらい、誰かが丁寧に状況を口にしてくれた。
「みんな逃げろ!」
よくわからないが、逃げなくてはいけない状況らしい。
もう説明する必要もないと思うが、当然のごとく僕にはミノタウロスらしき魔物を見ることができていない。
「おい、めぐみ!? そこにいたら、死ぬぞ!」
誰かが僕に対して、そう言う。
は? 死ぬ? なんで?
ともかく、ここにいたらまずいらしいが、どこに行けば安全なのかもわからない。
「キャ――――――!!」
甲高い叫び声が聞こえた。
なぜかはわからない。
「えっと、どっちに逃げればいい?」
僕はそう尋ねていた。
どこに逃げればいいのか、僕には全く見当がつかないから。
しかし、奇妙なことをクラスメイトたちは足をとめて、呆然していた。
あれ? 逃げなくてはいけないんじゃないの?
「すげぇ、ミノタウロスを一撃で倒した」
おっ、どうやらミノタウロスは誰かが倒してくれたらしい。よかった、よかった。とりあえずこれで安全なようだ。
「「うぉおおおおおおおおおおおぬ!」」
途端、濁流のようにクラスメイトたちがオレのとこに駆け寄ってくる。
「「わっしょい! わっしょい!」」
気がついたときには、皆に胴上げをされていた。
だから、なんで?
◆
ダンジョンを抜けた後、クラスメイトたちは狩った魔物の肉を使ってバーベキューを始めることにしていた。
「ねぇ、めぐみくんは食べないの?」
陰で一人、自販機で買ったジュースを飲んでいると、委員長が話しかけてくる。
「えっと、苦手なんだよね」
「へぇ、お肉が苦手なんて変わっているね」
正確には魔物の肉を認識できないので、食べることができないから、なのだが言ったところで伝わらないだろうし、そういうことにしておく。
「それにしてもめぐみくん、すごく強いんだね! びっくりしちゃった。ミノタウロスを一撃で倒す人なんて私、初めて見たもん!」
委員長は目を輝かせてそう言う。
そう、どうやらオレはミノタウロスを一撃で倒したらしい。らしい、とつくのはクラスメイトたちがそう言うだけで、オレ自身はミノタウロスがいたことすら認識できていないのだから。
「めぐみくん、ダンジョン初めてとか言っていたけど、絶対そんなことないでしょ。誰よりもダンジョンに行ってなきゃ、あんなに強くなれないよ」
本当に初めてだったんだけど、どうせ信じてもらえないだろうし、もういいや。
「それともめぐみくんなりのジョークだったのか。それか、自分の強さを隠していたとか? えへへ、どっちにしろ今日のめぐみくん、すごくかっこよかった」
かっこいい、とかわいい女の子に言われたら、普通は気分アゲアゲになるんだろうけど、今は僕にはそんな気になれない。
だって、オレ立っていただけだし。
それからオレの評価は鰻登りだった。
ミノタウロスを一撃で倒した男として、有名人になった。どのくらい有名になったかというと、ニュースになるレベルで。
「彼こそが、ミノタウロスを一撃で倒した最強の冒険者です」
と、テレビでは紹介され、国からは表彰までされた。
しかも冒険者ギルドからS級冒険者として認定されたらしい。
しかも、S級というランクは俺が初めてなんだとか。
そう、名実ともにオレは世界最強の冒険者として認められたわけだ。
「す、すごい! 立っているだけで、襲ってくる魔物を全て粉砕するなんて! これがS級冒険者の実力なのか!」
S級冒険者となった以上、今までみたいにダンジョンに行かないわけにもいかないので、仕方なくダンジョンに行ったら、こんなふうに言われた。
「すげぇ、どうやって魔物を倒しているんだ? 全く、理解できん。これがS級の力か」
そんなこと言われても、オレが一番理解できていないよ!
やっぱり、ドッキリ番組なんじゃないのかな?
この世界がダンジョンで溢れるとか、やっぱりおかしすぎるし、しかも、オレが最強とか都合が良すぎだし、これ絶対ドッキリ番組なはずだ!
だから、頼むから早くネタバラシをしてくれ……!
もしくは集団催眠だ。
オレ以外の人間が全員頭がおかしくなってしまったに違いない。
そうじゃないと、辻褄があわなすぎる。
だから、そうなら、全員早く目を覚ましてくれ……!
普段、ちゃんとしたダンジョンもの書いてます。
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