表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

蛇の使い

作者: FK


茹だるような暑さの中、蛇口を捻って水が吹き出す給水器で水分を補給し、口の周りが汗と水でびしょびしょで飛び散った水滴が厚めの淵なし眼鏡を濡らしながら私は子供たちの笑い声を蜃気楼と共にみていた。


給水器から顔を離し、縁に両手をついて深くゆっくりと息をはく。しばしの沈黙。蝉と子供と車の警笛と誰かの笑い声。


「ねえねえ」


白いTシャツを引っ張られる感覚。力加減が分からないのだろう、ヨレヨレのシャツが伸びている。


「お水変わって」


人見知り混じりの自己主張。少女からしてみればとても勇気のいる行動なのだろう。その後ろにもう一回り小さな女の子が身を隠すようにしてしがみついている。ジリジリと照りつける太陽の威力を跳ね除け、理性が戻った私はにこっと笑った。


「ああ、いいよ」


木をモチーフにして作られたベンチに重い腰を降ろし、首に掛けていたタオルで顔を拭きながら眼鏡の水滴をとる。また飲みに戻りたくなる気持ちを堪えて2人の少女をみる。水が勢いよく飛び出して水源から一帯が水浸しになり、2人の服を容赦なく濡らしている。

昔は自分もやった事があるからか、鼻から息をスンっと漏らして笑ってしまう。

助けた方が良いだろうか?否、こういう時は母親に任せるのが1番だろう。


すると水鉄砲を片手に走り回っていた少年達が水を求めて集まりだし、吹き出す水のシャワーを嬉しそうに攻撃し始める。

子供には水が怪人のように見えているらしい。

怯えてしまって近づけない奴もいる。


各々、少年たちの母親が騒ぎを聞きつけて水を留めに来た。なにをしたんだと怒る母親と何もしてないと抗議する子供。遠巻きに眺めてこっちに来なさいと子供に支持する母親。少年を叱りながら蛇口を回して水は留められた。


濡れた体を吹かれたり、着替えた方がはやいといって駄々をこねる子供を引きずるようにして連れて帰る者もいる。


結局、少年たちは母親に連れられて全員帰ってしまった。

残されたのは給水器の近くで泣いてる小さい子とその子をあやす少女だけ。

どうやら親は一緒に来ていなかったらしい。服のデザインがお揃いでおそらく姉妹なのだろう。水に驚いて泣いてしまった妹をあやす姉の図である。


流石に水浸しの女の子を無視しては置けないな。

水の被害或から外れた場所に位置するベンチからたちあがり、熱射に押し付けられるしんどさを感じる。視覚からは水の涼しさを感じて錯覚していたが、自分は直射日光を長時間浴びていた。


息を吐きながら頭痛と戦う。一歩ずつ歩く毎に痛みが治まっていく。


「お嬢ちゃんたち大丈夫かい?」


妹は泣き止まず、姉がこちらを向いて探るような目を向けてくる。変質者に間違われるのだけは勘弁して欲しい。


「ママは?」


じっとこちらを向いて黙っている。内心首を傾げていると、姉は給水器を指差した。


「飲みたいの?」


指さしたまま動かない。硬直している位の動かなさに違和感を感じながら、蛇口を捻る。先程とは違い、適度に水が吹き出して落ち着いて飲めるだろう。


「これくらいでいいかな?」


姉に確認をとると、何も言わない。

妹はいつの間にか泣き止んでいて自分の身長より高い給水器の縁に手をかけて登ろうとするが、力が無いらしい。背伸びをしても届かない。

今度は2人でじっとこちらを見つめてくる。どうやら手伝えというのだろう。


妹の肩の下に手を回し、持ち上げてやる。少し飲みにくそうだが、しっかり飲んでいる。


「お姉ちゃんは?」


やはり返事はない。飲みたくないという事か。


水から顔を離した妹を降ろす。服が濡れているから乾かさないといけないんだろうが、生憎、喋れないんじゃ家の近くまで送ってやる事が出来ない。


「服が濡れてるし、今日はもう帰った方がいいと思うよ。お家帰れるかい?」


返事がない。

どうした物かと頭髪に手を当ててかいてると、姉が私の腕をぐいぐいと引っ張り出した。


「ど、どうした?」


伝えたい事があるらしい。休日の真昼間で暇だし、引っ張られるままに着いていく事にした。


そして連れてこられたのはスーパーの前だった。


「……。」


なぜこんな所に連れてこられたのか、生物なら共通の行動という訳か。しかし、勝手に物を与えていいものか分からない。いい事ではない気がする。

2人はじーっとこちらをみている。


「はあ、お菓子だけだぞ……」


2人の口角が僅かにあがった気がした。


スーパーの自動ドアの手前でカゴを取り、どうせなら自分の分の夕飯も買ってしまおうと冷蔵庫の中身とレシピを思い出す。


2人は私に隠れるようにして着いてくる。まずは野菜コーナーで次に魚、肉の順番でお菓子コーナーに連れていく。


結局、アイスまで買わされてしまった。


猛暑の中、溶けかかったアイスキャンディーを不器用に舐めながら姉は妹のベトベトの手を繋ぎ、隣を歩いている。


「美味いか?」


返事は無い。


食材を買ってしまったので1度自分の家に戻って材料を置きに行きたい。彼女たちが何も言わずに着いてくるなら仕方ないと、自分のアパートに帰ることにした。


ボロという名に相応しいアパートの錆びた鉄の階段を登り、掠れた204号室の前に立ち、鍵を開ける。


蒸し暑い空気に暗い陰気な部屋だった。少し異臭がする。


姉妹は何も言わずに玄関まで上がり込んできた。暑くて休みたくなったのかと自己完結して遠慮なく入れてやると、冷蔵庫の麦茶を注いで2人に飲ませてやる。


飲み終わると姉妹してある方向に視線を向ける。飼育している蛇をじっと見つめている。


「飼ってるんだよ、蛇が好きでね。この前捕まえたんだ。」


シャーと蛇が威嚇する。妹が飼育ケースの蓋を開けようとするから驚いてすぐに阻止した。

妹は何故か暴れるようにして引き離れ、蛇の近くに寝転がって飼育ケースに頬ずりしている。


「あれ?気に入ったの?参ったなあ、貴重な白蛇でもあるしなぁ」


ポリポリと頭をかいて、まあ、しばらくしたら飽きるだろうと鷹を括り、冷蔵庫に食材を詰める作業に移行する。姉は妹の傍を離れず、一緒に蛇を見ている。

作業が終わっても動く気配は無く、外に出ようと誘ってもうんともすんとも言わない。


交番に行って母親の元に帰してやりたいのに中々動いてくれず、無理矢理引き剥がすようにして部屋から出した。無事に届けて部屋に帰り、白蛇にエサをやる。


「お前、可愛がって貰えて良かったなぁ」


白蛇はジーッとこちらを見てから、虫のエサを一口で丸呑みした。


蒸し暑い熱帯夜、窓を開けて扇風機で暑さを凌ぎながら熟睡していた。

トントンっと、玄関のドアから音がする。繊細にもその音で目が覚めた。既に夜更けで1時を過ぎている。

こんな時間に何者かと疑問に思ったが、放っておくにもどうにも不安で仕方なくドアの覗き穴から外の様子を確認する。

目線の下に何かが映り込んでいる。


「どちら様でしょうか?」


返事がない。


恐る恐るドアを開けてみると、そこには昼に会った姉妹が何食わぬ顔で立っていた。

交番に行ったのに戻ってきてしまった。母親に会えていないのか。


「駄目じゃないか、戻ってきちゃ」


そういうやいなや、姉はドアを思いっきり開放し、手に隠し持っていた何かを部屋の中に投げつけてきた。

それはガシャーンとけたたましい音をさせる。慌てて振り返ると飼育ケースが石で割れてしまっていた。

ヒヤッとしていると白蛇は玄関に向かって身体をくねらせてしゅるしゅると移動を始めている。

急いで捕まえようとするが、威嚇をして噛み付いてくる。

そうこうしているうちに頭を掴み、姉妹に食ってかかった。


「君たち!なんて事をするんだ、いくらこの子が欲しいからってこんな」


「かえせ」


姉が喋った。


「な、何を言ってるんだ……」


「かえせ」


表情は変わらず、繰り返す。

どういう訳か、かえせと言っている。


「お母さんの元に帰りたいなら交番に」


「かえせ」


「違う?この蛇を自然に返せって事?」


「かえせ」


「……もしかして、この蛇は君たちの?」


ピタリと言葉がとまる。応えの返らない沈黙が続いて、姉はニタリと笑う。


子供らしからぬ不気味な笑い方に、背筋の寒い物を感じ、大事な蛇を返していいものか迷う。


もう一度、姉をみると口がありえない位置まで裂けていた。驚いて悲鳴をあげるのと同時に口を大きく開けて顎は外れているのかありえない位置まで下がっている。シューシューと音がしてまるで蛇のよう。

じきに妹も同じく裂けたような口を開き、玄関に入ってくる。


「くるな!うっ、くるな!」


恐怖で周りが見えず、色んなものを巻き添えにして後ろに後退する。割れた飼育ケースの破片で手を切り、床に血の跡が残る。


姉妹の口からは液体が上下の鋭い牙から滴り落ち、溶かすような音をたてて近づいてくる。


「かえせ」


「す、すまなかった!蛇は返すから勘弁してくれ!」


「おなか、すいた」


「冷蔵庫にあるものを全部あげるから!」


白蛇を手から離し、するすると逃げていく。姉妹の間をすり抜けてどこかに行ってしまった。追いかけなくてもいいのかと姉妹をみるとゾッとするほどの笑顔でこちらをみている。


「おなか、すいた」



その夜、204号室の人間が消えた。

心配した知人が部屋に駆けつけるともぬけの殻だったが、不自然に部屋は荒れ、血の跡が見つかった。他に不審な点は見当たらず、捜索願いを出されたが、見つからなかった。


ペットの蛇が一緒に消えていた所から事件の後に奇妙な噂が流れた。この土地に長く住んでいる者なら誰しも知っていた暗黙のルール。蛇を遣いにした神さまが昔からこの土地を護っているという事。故に、蛇に悪さをしてはならない。白蛇は吉兆の印とされ、更に蛇の遣いを従えているという。殺生のできぬ白蛇の代わりに悪しきものを食い殺し、二度と現世で悪さができない様に御霊を壊すのだという。


204号室の人間が見つかる事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ