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古典派文芸作品集 (純文学とか古典的な大衆文学とか)

並行世界の僕に告げたい

作者: 仁羽 孝彦

 子供の頃から勉学が得意で誰もが大学の先生になるだろうと思っていた。それでつけられた渾名( あだな )がプロフェッサー。けれども僕は勉強好きである前に空想好きだった。空想の中身は剣と魔法と冒険の世界。ゲームの世界と言った方が分かりやすいかな?僕はそんな世界が実際にどこかに存在するんじゃないかなとずっと信じていた。そしてその世界では人々が生き生きと過ごしているとも。


 僕はそんな世界に行きたかった。


 僕はそんな世界で生きたかった。


 だから僕は大学の先生を目指し、研究したんだ。


 異世界に行くための研究を…………。


        ※          ※          ※


「ねえ。プロフェッサー。何してるの?」


 机で本を読んでいると背中から柔らかく優しい声で呼びかけられた。振り返れば黒髪の少女が立っている。見ればわかるはずだけれども僕は素直に「本を読んでる」と答えた。


「そんなのは見ればわかるよ?どんな本を読んでるのかなぁって」


「小説だよ」


 日本語で書かれた小説を受け取り彼女はじっくりと目を通す。その表情はなんだか穏やかで優しい目をしていて、自然と僕はほっと息を吐いていた。


「ふふ。私には難しいかな?知らない言葉がいっぱいある」


 彼女は口元に手を当ててくすくすと笑みを浮かべた。


「そうだ。今日も外を案内してよ。電車に乗って、いつもよりも遠い場所にね」


 満面の笑みを浮かべる彼女がとてもかわいらしくて、僕は反射的に頷いてしまう。


 すると彼女はばたばたと部屋を飛び出していく。その間に外出の準備に財布やカギをポケットに入れているところで、彼女は再び部屋に舞い戻ってきた。


「私は準備ができたよ!プロフェッサー!」


 走って戻って来たかのように興奮した様子で肩を上下させていた。よほど外に出かけるのが楽しみみたいだ。


 黒いローブを着て。


 黒い三角帽子を被って。


 その姿はまるで魔女のようで。


「ああ。行こう。フィーネ」


 彼女は日本人じゃない。


 でも彼女は外国人じゃない。


 この世界ではない別の場所に住む異世界人。


 僕が見つけた扉の先に暮らしていた魔法使いの少女。


 研究者の僕はフィーネと日本で暮らしていた。


        ※          ※          ※


 ここまで書いて筆が止まってしまう。すぐに続きを書けない。


 窓の外が微妙に明るくなりはじめ、もう明け方かと気づく。背伸びをするとそのまま大きな欠伸( あくび )をかいてしまった。


 今目の前にあるのは原稿。いつか出版社に送ってみたいと思っていたライトノベルの原稿だ。


 子供の頃から勉強が得意でついた渾名はプロフェッサー。学校の先生になるものだと周りのみんなが思っていた。たしかに僕は勉強が得意で、勉強するのも大好きで、成績もよかった。けれども僕には勉強以上に興味のあることがあった。それは空想の世界に( ふけ )ることだった。ファンタジーの世界で生き生きとするキャラクター達。それを頭の中に思い描いて楽しむ。僕はそんな空想家だった。


 その空想は( よわい )を重ねるにつれて具体的になっていき、小学校を卒業するころにはある一つの世界が頭の中にこびり付いた。


 その世界は剣と魔法と冒険の世界。


 誰もが見飽きたファンタジー。


 そんな世界に七人の住民たちがいて、パーティーを組んで冒険するのだ。西へ東へ南へ北へ。単に冒険するだけかもしれない。魔王を倒しに行くかもしれない。そんなストーリーが頭の中で芽生えていき、いつしかそれを「書きたい」と思うようになった。


 中学生の頃に厨二ノートを作って、高校生の頃にオタク友達とそういうRPGゲームを作れないかと相談して、大学生の頃にはオタク仲間と同人サークルを作った。


 作品を作ろうとして、最初は盛り上がって。けれどもうまく話がまとまらず、うまく話を進められず、学年だけが上がってしまい、就職活動のシーズンに入り……。


 そのまま自然消滅してしまった。


 そのあと僕は就職して最初の三年間働きに出た。


 働いて働いて働いて真面目に働いて。でもやっぱりあの思い( えが )いていた世界を忘れられずにいた。忘れられず、あの世界を( えが )きたいと思った。書いてみたいと思ってしまった。書くための時間が欲しいと思い、仕事を辞めてしまった…………。


 仕事を辞めて親のすねをかじり、時間ができた。


 空いた時間にノートに向かってイメージを描く。


 空いた時間にノートに向かってストーリーを描く。


 思いついたままに大枠を描いていく。


 そして十七回も冒頭部分を書き直した。


 けれども本文には( はい )れなかった。


 何で書けないんだろう?


 何で続きが思い浮かばないんだろう。


 それに悩む日々が続いた。


 僕はあの世界を( えが )きたかったはずなのに。


 僕はあの世界でのストーリーを書きたかったはずなのに。


 なんで何も思い浮かばないんだろう?


 考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて。


 ふと気づいたことがあった。


 僕は。


 僕は……。


 僕はファンタジーを書きたかったんじゃない。フィーネを書きたかったんだ。


 違う。


 本当は空想の中で思い描いた少女、フィーネに()()()()()()()()


 そっか。僕は空想の世界に( ふけ )っているように見えて、本当は空想の世界で暮らしていたフィーネを想っていたんだ。


 それに気づいて僕は原稿を書き直した。


 剣と魔法と冒険のファンタジーじゃなくって、“僕”とフィーネが出会うお話に。


 十八回目。書き直してはじめてしっくりきた。しっくりきて改めて自覚した。やっぱり僕はフィーネに会いたかったんだと。


 どう続けるか?想像が膨らむ。


 僕はフィーネとどこに行きたい?どこへ連れて行きたい?僕が通っていた学校に連れて行きたい。僕が遊びに出かけた繁華街に連れて行きたい。家族で旅行した場所に連れて行きたい。


 東京、上野、池袋、新宿、渋谷、品川と。


 九十九里もいいかもしれない。


 湘南もいいかもしれない。


 高尾もいいかもしれない。


 谷川岳もいいかもしれない。


 異世界人の彼女だったらきっとこの世界のことを何も知らないはずだから、いろんなところに連れて行こう。


 そんな思いを筆に乗せて続きを書き始めた。


 続き、書けそうだ。


 やっと、書けそうだ。


 イメージが頭から降ってくる。


 今更になって降ってくる。


 でも。


 きっと書き上げても。


 僕は満足しないだろう。


 僕はフィーネを書きたいんじゃなくって、フィーネに会いたいんだから。


 だから。


 もし並行世界があるのなら。


 並行世界の僕に告げたい。


 どうか本当にプロフェッサーになってくれ。


 そして彼女に会ってくれ。


 この物語の続きを仕上げてくれ。


「ねぇ。プロフェッサー」


 今、不思議とフィーネの声が聞こえた気がした。

頭の中で思い浮かべた世界は、そっくりそのまま存在するのだろうか?その世界の中にはキャラクターの存在も含まれてるのだろうか?含まれているのならそのキャラクターに会えるだろうか?


 好きなキャラクターに会うために科学者たちが奮闘する。


 そんなSFをいつか書いてみたいです!


 いつか……。書けるといいなぁ……(ToT)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 家紋武範様の「看板短編企画」からお伺いしました。 感銘を受けました。 忘れていた初心を思い出させてもらったような気がします。 ありがとうございました。
[良い点] なんというか創作の基本が詰まっていると思いました。 誰かに(フィーネ)会いたい → 小説を書く 誰かを(フィーネ)見たい → 絵を描く 誰かを(フィーネ)感じたい → 曲を書く 誰かに(…
[一言] 看板短編企画から参りました、アカシック・テンプレートです! プロフェッサーのフィーネへの一途かつ情熱的な想いに、うんうんと頷かされました! 派手な展開はありませんでしたが、大変読みやすく…
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