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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第三章 天空都市でメイドに就職して頑張ります

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92.例えばの未来

 萌香は引き上げられるようにすっきりと目が覚めた。

 何か幸せな夢を見ていたような気もするが、目覚めた瞬間綺麗に忘れてしまった。

 少しだけがっかりしつつ横向きに寝ころんだまま視線だけを上げると、アルバートが本を読んでいるのが目に入り、ふっと頬が緩む。


 ――アルバートさん、眼鏡もかけるんだ。


 こっそりブランケットで口元を隠し、いいものを見たなぁとニヤニヤしてしまう。

 眼鏡の有無でかっこいいだの悪いだのを考えたこともなかったけれど、ヴィクトリアン風のレトロな服装のせいだろうか。銀縁の眼鏡をかけたアルバートは普段の三割増しでいい男に見えた。素敵なものを鑑賞するのはいつだって楽しいものだ。


 萌香が起きたことに気づいてないのだろう。せっかくの機会なので、じっくりと観察をしてしまう。

 彼が読んでいるのは大きな本だ。A4くらいはあるだろうか。茶色い革張りがアンティークな印象で、雰囲気作りに一役買っている感じがする。黙々と読書をしているアルバートのページをめくる長い指が色っぽいなと思い、胸の奥が甘くて痛い、そんな不思議な感覚に陥った。


 少し見ない間に男っぽさに磨きがかかったように見えるのは、二人の関係性が変わったからだろうか。

 アルバートはさっき自分を「兄」だと言い、萌香のわがままも快く聞いてくれた。歌ってほしいだなんて半分冗談だったけれど、彼の歌声はとても素敵で最高の子守歌だったのだ。いや、普段なら失礼になるような気がしないでもないけれど。

 もともと好みの声なのに、歌声は予想以上でうっとりする。


 なんとなくだが、アルバートは自分の懐に入れた人の我儘を、上手に聞いてくれる人なのだろうと感じる。萌香のことを、「妹」として受け入れてくれたのだと思ってもいいのだろうか。

 そうだといい。いや、たぶんそうだ。


 萌香の中では、自分はいつも「お姉ちゃん」だった。だから妹になることがまだよく分からないけれど、アルバートの妹ごっこは、トムの妹であることとは少し違って、何となく楽しいと感じる。


 ――アルバートさんに甘やかされるのは気分がよくて、癖になりそうなのがちょっと困るけど。


 普段甘えるのが苦手な萌香でも、気付くとアルバートには自然に甘えていることに気づくのだ。そしてそれが嫌ではない。

 たぶん……お互いを兄のように、妹のように思っているからだろう。

 そう思うと安堵と落胆が半々で、自分の気持ちなのによく分からなくなる。


 少し伸びた髪のせいか彼の色気が増しているようで、これは、新しい恋人でもできたかなと考えてみた。

 萌香は割と勘は悪くないほうだ。彼の何が変わったのかはよく分からないけれど、多分何かあった。もしかしなくても、彼は好きな人が出来たのかな、と思う。この一か月で雰囲気が変わったのはそのせいだろう。

 ここ何年かは恋人はいないって言っていたけれど、ガールフレンドくらいはいるはずだ。


 少しだけ波立つ心を無視して、アルバートさんはお兄様と唱える。彼はトムと同じお兄様みたいな人。

 絵梨花も本人にはそう言ってたんだから、これが自然なはず。

 遠くに引き離したいけれど側にいてほしいなんて、自分の我儘さにあきれるけれど、彼との適切な距離感はこの辺りが妥当だろうと結論付けた。



 うん……と伸びをすると、アルバートが眼鏡をはずして萌香を見た。

「起きたのか。まだ寝てても大丈夫だったのに」

「そうなんですか? すごくすっきりしたから、たくさん眠ったかと思いました」

 子守歌のおかげですね、などと言えば顔をしかめられてしまうが、実際見事に気持ちよく眠りに引き込まれた。

 よく眠れるシリーズとして動画投稿したいくらいだと思い、一人で笑ってしまう。

 とてもリラックスした気分だ。


 手早くブランケットをたたみつつ、よだれを垂らしてなかったかなと、ひそかに顔を撫でる。ポケットから手鏡を出してチェックするが、多分大丈夫そうだ。

「その鏡、使ってくれてるんだ」

 アルバートの意外そうな声に萌香はにっこりする。

「勿論です。お気に入りですもの。いつもポケットに入れてるんですよ」

 丸いコンパクトはポケットに入れて持ち歩くのにちょうどいいサイズだ。材質的に傷もつきにくいし、デザインも可愛くて見てると気分が上がるので愛用している。

 自動車にブランケットとクッションをしまい、その陰で簡単にメイクをなおしてくると、ちょうどアルバートの読書もきりのいいところだったのかパタンと本を閉じたところだった。


「アルバートさん、何の本を読んでたんですか?」

 興味津々で萌香が本をのぞき込むと、アルバートは微かに笑って本を差し出した。それを受け取って丁寧にページをめくると、まず手書きのようで驚いた。

「写本ですか?」

 萌香がエムーアで見た本は印刷されているように見えたので、この世界には印刷技術があるはず。

「いや。ある意味オリジナルかな。まだ出版されていない原本だ」

「へえ」

 少し癖が強い字だ。けれど、シミやインクの薄れで読むのが困難そうだと思っていると、アルバートから「これをかけて見てご覧」と彼の眼鏡渡された。

「特殊なレンズが入っているから、かなり読みやすくなるよ」


 慎重にかけてみると、少し大きい(多分萌香の鼻が低い)せいで、手でささえないと落ちてしまう。

 アルバートが吹き出すのを無視して本に目を戻せば、本当にクリアに見えるようになったので驚いた。まるでつい最近記されたように見える!

「わあ、すごい」

 ざっと目を通していけば、それは萌香も読んだことのある物語のようだと分かる。「サラッと読んだだけだけど、面白い話だよ。出版されたら、外の世界が気になる人が増えるかもな」と言われて深く頷いた。


「ここに来て、私も知ってる物語の本を見聞きしたことがあるんですけど、それってどこから入手してるんですか?」

 それはずっと前から聞いてみたかったことだ。

「ゲイルさんたちはハックルベリー・フィンや秘密の花園を知ってましたし、私も図書室でいくつかおとぎ話の本を見つけました。でも少し違うんですよね」

 隔絶された世界のせいで輸入はありえないだろうから、今朝の品々のようにどこかから見つけたものだろうか。


「たぶんそれは、アウトランダーの品だったり、彼らの記憶を頼りに書かれたものだよ」

「やっぱりそうなんですね。書いた人は記憶力いいなぁ」

 パラパラと目の前の本に目を走らせても、けっこうなボリュームだ。記憶が曖昧なところはオリジナルが混ざっているのだろう。中には本自体が入ってきた可能性もあるだろうけれど、童話のように語られるうちに、もしくは書かれるうちに変化したものもありそうだ。

「芝居の脚本なんかもそういうのが結構あるんじゃないかな。秋に行く約束をしてる演目も萌香が知ってるものかもしれないぞ」

 約束の言葉に少しだけドキッとする。

 イチジョーで話していた時に、萌香は芝居が好きだろうということで、秋に始まる芝居に連れて行ってもらう約束をしていたのだ。本音を言えばただの口約束だろうと、叶えられることのない約束だと思っていたので、彼の律義さに少し驚く。


「ん? 約束したの、忘れてたのか?」

「いえ。そんなことないですよ」

 アルバートに叱られそうな気がしたので、萌香は手を振って否定した。

「演目って発表されたんですね。どんなタイトルですか?」

「ひとつはロミオとジュリエットだそうだ。知ってるか?」

 ――わお。さすがシェークスピアだわ。

「知ってます」

 自分の知ってるそれと同じなのか、それとも半オリジナルなのか。

 それを考えるだけでもワクワクする。


 こちらにはテレビやインターネットがない。娯楽はテーブルゲームなど家庭で遊ぶもの以外だと、芸人が見せるものが基本なのだ。お芝居は基本的に秋冬がシーズンらしく、例年十月末から三月頭あたりに公演されるものらしい。いくつもの劇場でそれぞれ違う劇が公開されるので、人々は様々な劇場を訪れて芝居を楽しむのだ。地方だと都市で上演された劇を撮影した動画を、映画のように上映するらしい。でも白黒なので、生で見るほうが人気が高いらしいけれど。

 萌香が小さく「楽しみ」と呟けば、アルバートが頷いて「それはよかった」と口の端をあげる。


「そういえば、お前も何か覚えてる物語を提供してくれたら喜ばれるだろうな」

「物語をですか?」

「ああ。演劇の脚本なんかは特に喜ばれるだろう」

「言われてみれば確かに」

 そういう仕事の方向もあったかと、今更ながら気づく。

「それなら演劇の台本も、いくつか書けると思いますよ」

 自分が部活で関わったものや、実際に舞台で見たものは、かなり正確にセリフを覚えている。それが喜ばれるならやってみたいと思った。

「メイドより向いてる仕事じゃないか?」

「ふふ。そうかもしれませんね。色々落ち着いたら、鈴蘭邸に籠って作家活動も有りかなぁ」

 著作権がチラリと頭をよぎったものの、隔絶された異世界では無意味だろう。

「それなら俺は、萌香のマネージャーになるかな」

 アウトランダーに関われる新たな仕事だと言われ、にっこりする。

 世間知らずの萌香にとっては、願ったり叶ったりの関係に思えた。

「それは頼もしいですね」

 新たな未来を考える姿を、アルバートが複雑そうな表情で見ていることに萌香は気付かなかったけれど。


「萌香」

「あっ!」

 二人同時に声を上げ、アルバートに「おまえから」と譲られたので萌香から話すことにする。

「あの。お芝居を見に行くときのドレスコードってあるんですか?」

「ああ、あるな」

「やっぱりそうなんですね」

 なんとなく、時代ドラマで一張羅を着て歌舞伎に出かけるようなシーンが浮かんだのだ。聞いてよかった。


「一緒に(あつら)えに行くか。一緒に出掛けるなら、それなりに意匠(デザイン)を揃えるものだし」

「そうなんですねぇ。まだまだ知らないことがたくさんです」

 多分色味などを揃えるのがマナーなのだろう。当たり前のことほど難しいなと、少しだけ途方に暮れてしまう。

「少しずつ知ればいい」

 ぽふっとアルバートの手が萌香の髪を軽く撫でる。


「おまえが何を知ってて何を知らないのか。それを知るのも面白い。だからそんな不安そうな顔をするな」

 苦笑され、萌香は思わず両手で頬を押さえる。どうもアルバートの前だと考えていることが駄々洩れのようだ。

「そうだな。初めての観劇記念に、俺が一着買ってやろうか」

 ふふんといった感じで提案された萌香は、思わずクスッと笑った。

 オーダーメイドの服だ。日本で既製服を買うのとは違う。

 それでもアルバートの言い方だと、小さな妹にぬいぐるみでも買ってやろうかと言うような雰囲気があり、変な下心や色を感じないので、「楽しみにしてます」と素直に甘える。遠慮するよりも喜ばれると感じたのだ。事実満面の笑みでアルバートに「任せろ」と言われたので、ますます笑みを深めた。


「アルバートさんの話は何だったんですか?」

「今夜、オーサカ屋でパウルさんと落ち合う約束をしてるって言い忘れてたと思って」

「そうなんですね。カイさんに話そうと思ってたことが色々あるから嬉しいです」

「そうか」

 一拍間をおいて「どんなこと?」と聞かれる。

「お料理教室いつにしましょうかとか、スマホの件ですね。どうやって充電してたのか不思議に思ったので」

 こういう時連絡関係は結構不便だなと思った。ここから見ると、日本って異世界すぎるんじゃないかしら?

こっそりデートの機会を増やしているアルバート。楽しみの言葉に内心ガッツポーズ(いや、小躍りかも?)です。

観劇の約束は、以前省いてしまった、萌香がアウトランダーだとわかったあとの鈴蘭亭でのエピソードその2でした。


次回は更新は5/6。

新章に入ります。

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