72.ファン・マリー(2)
■」お知らせ
49話の後にSSを追加しました。
文字数的に1話にするには短すぎ(1500字くらい)、拍手ボタンを押せば読める仕様にしてたんですけど、あまり読まれず。
エピソード的に抜いていいシーンでもないので、SSなら大丈夫かなと思い追加することにしました。これに伴い、拍手ボタンは撤去しました。
萌香は唖然として数回目を瞬いた。
メラニーが画面に触らないよう「マリー」だと言って指した写真は、萌香に抱きついて満面の笑みを浮かべるヘレンだったのだ。
メラニーはさらに数枚ヘレンの写真を見つけ、「やっぱり」と呟く。
「色付きの写真もこのタブレットも不思議だけど、マリーさんを見て、やっぱりこれはエリカさんが作ったものじゃないかって私は思ったのよ」
決してこの前の話を信じてないわけではないのだけど‥‥‥と慌てて付け足すメラニーは、萌香が絵梨花としての記憶がないだけじゃないかと言いにくそうに言った。マリーと二人でイタズラを仕掛けようとしてたのではないか、と。
正直そう思われていることは想定内のことだったし、似ている人物がほかにもいるのではとも思っていた。だがそれがヘレンと一度も結びついたことがなかった萌香は、自分でも驚くほど動揺して無意識に髪をクシャリとかき上げる。
――ヘレンとマリーさんが、似てる?
王宮でヘレンの声が聞こえた気がしたのは、もしかしたら近くにマリーがいたからだろうか。
無性にヘレンに会いたいと思い、だがマリーは今眠り続けているという話を思い出した。彼女には、どうにか機会を作って見舞いたい、会いに行きたいと思っていたのだから。
そのことに気を取られ、メラニーとトムがじっと見ていることに気付くのに少し遅れた。二人の気遣うような、それでいて何か期待しているような視線に苦笑する。
絵梨花自身が特殊すぎることに、絵梨花は本当に、別次元の私なのかな? と思ってしまうのは確かだ。でもそれ以外に説明がつかないのだが、こんなこと当事者以外に信じろというほうが無理だろう。萌香自身少しぶれることもあるくらいだ。そんな特殊な事情にトムたちはよく付き合ってくれているほうだと思う。
「この子は宮本ヘレンと言って、仲のいい後輩なんです。マリーさんはヘレンと似てるんですか?」
だからあえて気付かないふりをして、萌香はそう言った。
「ええ、そっくりよ。この髪の色を金色にしたら区別がつかないでしょうね」
メラニーの言葉に、ヘレンの栗色の髪を思い出す。
もしかしたらマリーは萌香同様、別次元のヘレンなのかもしれない。彼女が原因不明で眠っているのは、萌香がここにいることと何か関係があるのかもしれない。
――でもちょっと待って。マリーさんが眠ってしまったのは、私の事故と同じ日だったはず。
そのことに思い当たり、さっと血の気が引く。
あの奇妙な事故と同じようなことがヘレンにも起こっていたら?
ヘレンも萌香と同じように、別次元の自分に、このマリーさんになっていたとしたら?
萌香が萌香としての意識がはっきりするまでに六日かかっている。それまでの記憶は、意識があって会話までしていたらしいにもかかわらず空白だ。
それが彼女の場合眠りだったとしたら――?
ラピュータに向かう汽車で、マリーの見舞いに行かなきゃいけないと強く感じたのは、まさか無意識の内にこのことに気づいていた?
「私、マリーさんのお見舞いに行きたいです」
思い切ってそう打ち明けた萌香に、トムは少し考え込んだ。
「たしか彼女の実家はレフェルトだったね。ここからだと汽車と乗り合いバスを乗り継いでも、日帰りじゃ難しいからなぁ」
この町からは、汽車や乗り合いバスを併用しても最短でも片道十時間近くかかるという。それも乗り継ぎがスムーズにいった場合であり、天候や事故や故障など、不測の事態が発生すると倍近い時間がかかることもあるそうだ。
萌香の事故や、エリカとしての記憶を喪失しているという客観的な事情と、マリーの実家が見舞いを断っているということがあり、見舞いに行くには事前の準備が必要だろう。萌香の体力の問題や、そもそも連休で休みが取れるかという問題もある。
がっかりしていると、メラニーが何かに気づいたようにポンと手を合わせた。
「萌香さんが派遣されるのは、王家ゆかりのお宅だけって決まってるのよね?」
「はい。少なくとも今年いっぱいはそうなると聞いてます」
萌香の答えにメラニーは少し記憶をたどるように目線をあげると、一度頷いて微笑んだ。
「たしかマリーさんの従姉妹はトゥークよ」
その答えに、トムも何か思い出したように「ああ」とうなずいた。
「聞いたことがある。あのいわく付きの宿をやっている――?」
「そう、それ!」
メラニーはにっこり笑って頷いたが、萌香は「いわくつき」にピクリとした。
――宿でいわく付きって、つまり‥‥‥
「幽霊が出るって噂の宿なのよ」
やっぱりそうですかぁ。
洋館のホテルだろうが和風のお宿だろうが、それが座敷童でも怖いものは怖い。苦手なものは苦手。そんな萌香が顔を引きつらせているのに気付かないのか、二人が宿について楽しそうに語り始めた。
「小さな城を改装していて、こじんまりとしてるんだ。予約がなかなか取れないんだけど、幽霊に会いたい人は多いからね」
「多いんですか‥‥‥」
(なぜ)
「だって、めったに会えないじゃないか」
(めったにないなら、一生会わなくてもいいと思います)
「そうよねぇ。泊ったことのある友だちの友だちから聞いたんだけど、とってもハンサムな男性だったそうよ。チラッと見えただけらしいけど」
(美男でも美女でもどうでもいいです)
「たしか名前も聞いた気がするわ。――えっと、ケーチとか、ケイとか、なんかそんな感じ?」
楽しそうに語らう二人に無言の突っ込みを入れていた萌香は、次の瞬間、お茶を飲もうと伸ばした手がピタリと止まった。
「城自体がアウトランダーなんだっけ」
「そういえばそうらしいわね」
――えっ?
「城が、アウトランダーなんですか?」
萌香が車と共にここに来たみたいに、住んでる家ごと移動したのだろうか。だとしたら、相当びっくりだっただろう。
「ええ。私も詳しく聞いたことがないけれど、そんな噂を聞いたことがあるわ。でも三百年くらい前のことらしいし、このあたりはアルに聞いたほうが詳しいでしょうね」
「そうですか」
――アウトランダーの城‥‥‥。和風のお城だったら笑うかも。
一瞬武士やお姫様混みで紛れ込んだ、天守閣付きの日本のお城を思い浮かべて萌香は少し微笑んだ。当事者には笑い事ではないが、それはそれでちょっと楽しいと思うのだ。だって、和ロリな装いの起源がそこから来たかもしれないじゃない?
「そのお城はマリーさんのおうちに近いんですか?」
「同じ町よ。そこに派遣してもらえれば会いやすいでしょうから、一応お願いしてみる価値はあるんじゃないかしら」
「そうだな。彼女がエリカのキッドであることも考えれば、向こうも断らないんじゃないか」
場合によっては宿に泊まりに行って、一緒に行ってもいいしとトムが笑った。
宿なら人手がいるかもしれない。――とはいえ、たとえ美男でも幽霊の出る場所で働けるかと言われると、背筋がゾクゾクする。でも会いに行く方法としては、かなり確実かも知れない。
「そうですね。そうしてみます」
帰ったらクリステルに相談してみよう。
食後は商店街にあたる通りを案内してもらい、夕方には別れた。
休日の食事は自分で支度するので、久々に材料を買い簡単に作ることにした。ただ、まだ調味料もろくにそろっていない為、トムに紹介してもらった小売店で卵と野菜、パンとハムを少し購入しただけだが、一人分の夕食には十分だ。ハムの塩気が強いからスープも作ってみようなどと少しだけ楽しくなってくる。
トムたちからは夕飯も一緒にと誘われたが、今は体力に自信がないし、手帳も読みたいのでまたの機会にと断った。
部屋に戻ると、玄関先でフットマンの一人が萌香にとはがき大のカードを一枚渡してくれた。
お礼を言って部屋に戻り、食材をしまってからカードを見るとアルバートからだ。
「なんだろう?」
二つ折りになったそれを開くと、綺麗な色彩で丸い虹が描かれている。そこに力強い字でメッセージとアルバートの名前と日付が書かれていた。日付は木曜のものだ。
『こちらでは朝雨が降ると、こんな丸い虹が見られるんだ。いつか見せてやりたい』
「丸い虹‥‥‥」
アーチを描く虹しか見たことがない萌香はイラストの美しさと、見せたいと言ってくれるその気持ちに和んだ。
これは手紙より気楽な、要は絵葉書みたいなものなのだと気付きニッコリ微笑む。
「手書きのお手紙って久しぶり」
高校までは、たまに友だちとメモのような手紙のやり取りはしていたが、基本はチャットアプリだった。萌香は子どものころから可愛いカードや便箋が好きだったので誰かの誕生日などにそれを贈ることもあったが、自分がもらう機会はあまりない。ここ何年かを思い返してみても、絵梨花が残したものを除けば年賀状以外で手紙を貰う機会はなかった。
萌香はじっくりと何度も何度もカードを読み返し、それに満足すると、今日も鞄に入れていた手鏡と共にドレッサーにしまう。だが、ふと思い直して虹のカードだけ取り出した。壁に飾りたいと思ったのだ。
「あ、ピンがない」
少し考えてみたが、今はカードを入れる額のようなものも持っていない。仕方がないので、とりあえずチェストの上にカードを立ててみることにした。
「あ、けっこういいかも。可愛い」
海外の映画でクリスマスカードを暖炉の上に飾っていたのを思い出した萌香は、心の奥がホカホカとし、カードの縁をそっとなぞっだ。
諸事情により少し休載します。
次の更新は11/19の予定です。




