51.ミアとユリアの身支度
茶会は午後四時から行われるのが一般的らしい。だが今回は試験ということもあり、早めの午後三時から二時間かけて行われる。
時間や萌香自身の体力の問題もあり、今回はミア、ユリア、それから半強制的にアルバートの身支度をすることになった。
下準備なしの、いわばぶっつけ本番だ。
場所は勝手がわかるほうが都合がいいということで、萌香の部屋を使うことにした。ミア、ユリア、アルバートの順で行うことにし、女の子二人には着る予定のドレスと予備のドレス、いくつかの装飾品なども持って来てもらう。
「女の子のほうが時間がかかりますから、アルバートさんは昼食後になります」
萌香が頭の中で所要時間を計算しつつそう伝えると、アルバートの代わりにクリステルが「もちろん構わないわよ」と笑った。
「だから勝手にそういうことを……」
「なあに、アルバート。こんな些細な母の希望が聞けないとでも?」
「いや、だが、エリカにも負担だろうし……」
「もちろん無理はさせないわよ。大丈夫そうだったらあんたを放り込むだけ」
「放り込むって」
不機嫌そうなアルバートとは裏腹に、クリステルは少女のように目をキラキラさせている。
萌香はクスクス笑って、大丈夫ですよと請け合った。何が彼女を駆り立てたのかは分からないが、この茶会でいい出会いがあるかもしれない可愛い息子を、かっこよく仕立てたいのだろう。ならばしっかりお手伝いしましょうと心の中で腕まくりをする。
年頃の令嬢の参加は少なかった気がするが、問題は人数ではないのだろう。
トムがアルバートに何か耳打ちをすると、彼はかなり渋々といったようすで頷いた。さすがお兄様。親友の扱いを心得ていると見える。
「じゃあエリカ、アルの時は俺も手伝いに行くから」
アルバートの肩を抱きニッコリ笑うトムに、萌香も笑い返した。
「はい。よろしくお願いしますわ、お兄様」
◆
侍女を一人ずつ連れたミア達が部屋に入ってくると、少女たちは遠慮がちに、でも興味津々と言った様子で萌香の部屋を見回した。
「とても素敵なお部屋ですね」
遠慮がちにミアが言う声は、気のせいか少しだけ震えているようだ。
自室に招くのはよくないことだったのだろうかと萌香は首をかしげたが、彼女たちからすると心を許してもらえた認識で感動しているのだと、一緒に付き添って来たクリステルがこっそり耳打ちしてくれた。
喜んでくれているなら何よりだ。
今日は大人の場であるため、ミア達の服装もドレスになる。
準備されたドレスをかけてもらい、萌香は準備をしていた大型の姿見をいったん白くする。この鏡は萌香が最初に見た自動で動く鏡で、スイッチの切り替えで色のついた壁のようになるのだ。呼べば来てくれるこの大きな鏡を、萌香はひそかに「ラッシー」と名付けていた。ただの鏡のくせに最初に大型犬の印象を持ったせいで、なんとなく名前を付けたくなったのだ。
ミア達が来る前にこのラッシーを呼ぶと、相変わらず誇らしげに萌香の前で止まってくれる。色を変える機能を使うと、鏡から褒めてといった雰囲気を感じたので、誰もいないことをいいことに「いいこね」と撫でたのは内緒だ。それをスクリーンに見立て、カブトムシのような映写機とタブレットを組み合わせたものを映し出してみた。
「わぁ、なんですか、これ」
「色のついた映像なんて初めて見ました」
少女たちのはしゃぐ声に萌香はにっこりする。
タブレットには各会場の様子を入れてある。ドールハウスのように浮き出した映像を映写機のレンズを使ってスクリーンに映しているのだ。いわば即席プロジェクションマッピングといったところだろうか。彼女たちが「舞台」で映えるよう仕立てるため思いついたものだが、思いのほかうまくいった。
写真や動画は白黒なのに、タブレットは色を作り出せるのが不思議だが、レンズを通しても色が抜けなくてよかったとホッとする。
「ほんの思い付きですけどうまくいったようですわ。会場は準備で入れませんけど、こうしておけば、場に合わせることが容易になると思ったの」
会場の色や雰囲気に合わせること。
それは萌香にとってはとても重視すべき点なのだ。
それぞれの会場は各ホストの好みや趣が反映されている。
ミアの母の会場のファブリック類や花は、落ち着いたミンクブラウンと穏やかな色合いの明るめのピンクが基調だ。
元々予定されていたドレスはピンクだったが、萌香は背景と合わせ、もう一着のやわらかなクリームイエローのドレスを選んだ。
「子どもっぽくはないですか?」
心配そうなミアに萌香は微笑む。
「だいじょうぶよ」
明るい時間のあくまで軽食と会話を楽しむ茶会に合わせ、華美にはしない。
ミアは幼く見えるが、十四歳という年齢の割にニキビもなくきれいな肌だ。ただ少しそばかすが気になるという。こちらのファンデーションはいわゆる白粉なので、下地に使うクリームと合わせて濃さの違う二種類のファンデーションを作った。クリームは赤ん坊でも使える刺激のない保湿剤なので、肌への負担は少ないはずだ。
丁寧に何度も確認をしながら化粧を施していく様を、ユリアとクリステルは目をキラキラさせながら見ているが、作業に集中している萌香はそれにはまったく気づいていない。
ナチュラルに、でもほんの少しだけ大人っぽくメイクを仕上げると、今度は侍女の一人に手伝ってもらいながらドレスを着せ、髪型を整える。襟もとにポイントがほしかったので昨日アルバートからもらったというブローチを付けてみると、あつらえたようにぴったりと仕上がった。
「どうでしょう?」
一歩下がってミアの全身を見て、クリステルに尋ねる。
萌香の感覚では上出来だが、こちらの感覚ではどうなのだろう?
「素晴らしいと思うわ」
クリステルから太鼓判を押され、その後ろで侍女たちがうんうんと頷いている。ユリアは目をキラキラさせながら、食い入るようにミアを見つめていた。
「よかった。ミアさん、鏡をどうぞ」
萌香はホッとして鏡の機能を普通の姿見に切り替える。
そこには年相応の可愛らしい女の子の姿が映っていた。そばかすはほとんど目立たなく、普段の幼さが消えたせいか背も伸びたような錯覚を受ける。ミアはしばらくじっと立ったまま目を見開き、次いで興奮したように微かに悲鳴を上げた。
「すごいです! うわ、かわいい! 嘘みたい」
「ええ! ミア、かわいいわ!」
少女たちのはしゃぎように、萌香とクリステルは微笑んだ。
「じゃあ次はユリアさんね」
「はい! よろしくお願いします」
ユリアの母の会場のファブリックや花は、落ち着いた色合いの赤が基調だ。差し色に白とレモンイエローが入るが、華やかで大人っぽい雰囲気の会場になる。
ユリアのドレスはシルバーに近い青味がかったグレイのドレスだ。もう一着は白いレースのついたサーモンピンクのドレスだが、萌香はグレイのドレスを選んだ。
ピンクも可愛いが、ここは大人っぽく仕上げたい。
ユリアの悩みは、おでこに広がるニキビだった。
「いつもは前髪で隠しているんですけど……」
ミアのポンパドールにした髪型を気にしながらも、できるだけ前髪はおろしておきたいと訴えるユリアに、萌香は頷いた。
メイクで目立たなくすることはできるが、肌にいいとは言えない。
少女たちには茶会の後は即刻メイクを落とすように伝えてあった。
丁寧に下地を整え、ミア同様肌に合わせたファンデーションを作り、少しだけ大人っぽく、だが可愛らしい雰囲気を作り上げる。ドレスはシンプルなので、髪にリボンを編み込み、少しクラシカルで上品な雰囲気に仕上げた。
ミアの時同様、満足のいく仕上がりに、クリステルと侍女たちから拍手が起こり、萌香はほっと息をついて一礼をした。
なんちゃってプロジェクションマッピングと、複数の色を組み合わせていくメイクの手法に、女性陣は興味津々です。
次は「アルバートの身支度」。
乗り気ではないアルバートですが、萌香は襟首がっちり捕まえますw
さあ、どう料理しましょうか。




