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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第二章 この世界はすべて舞台

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35.大樹の丘

 弟が迷子になっているというミアに、ユリアはふるふると首を横に振る。

「いえ、ゲイルはうちの弟に引っ張りまわされてるのですわ!」

「ユリアさんの?」

「はい。弟が一緒に来てるんです。あの子ってばもう十二歳なのに、小さな子を連れまわすなんて」


 二人を落ち着かせながら話を聞くと、今日を待ちきれなかった彼女と弟たちは、一足先にイチジョーに来ていたらしい。とはいえ屋敷の周囲を散策するだけにすること、イチジョーに迷惑をかけないことを条件に母親たちから了解を取っていたそうだ。もちろんそれぞれの侍女も連れてである。

 屋敷と学院、それからマチルダ大叔母の屋敷をぐるりと囲む遊歩道は、散策には最適だ。暑くはあるが風もあり過ごしやすく、木陰を選べば数時間のピクニックにはぴったりだっただろう。


「弟たちがあちらの別宅に興味を持ってしまって……。すみません。探検したいというのは止めたのですが、少し目を離したすきに二人とも消えてしまったんです」

「今侍女たちにも探してもらってるのですけど、まだ見つからなくて」


 別宅とは、まず間違いなくマチルダ大叔母の屋敷のことだろう。閉ざされた建物はどことなく秘密の香りがして、男の子なら冒険心をそそられるに違いない。萌香も一度散歩で近くまで行ったが、あそこは高い塀に囲まれているし門も高くて厚く、奥を見ることはできなかった。あの塀や門を乗り越えるのは無理だし、隠れて潜り込めるようなものではない。


「もうこちらの屋敷の中に入った……ということはないのね?」

 萌香は少し考えてから、メイドに確認をした。

「今日はまだ、お客様は一人もいらしてません。もし黙って入ったとしても、誰にも見つからないということはありえません」

「そうよね」


 今日は特にあちらもこちらも人だらけだ。早くいらっしゃるお客様に失礼がないよう、正面入り口の警備もあつい。学院のほうは下級生が普通に授業を受けているが、部外者がいれば目立つし、場合によっては執務室のアラームが鳴ると聞いている。

「となると、男の子たちはまだ外にいるはずね」


 二人のうろたえた様子から、あちこち探したことはうかがえる。侍女たちも手分けして探しているらしい。大ごとになれば、こちらからも人を出さなければいけないだろう。だが……

「母たちに知られたら私たちホテルに……いえ、もしかしたら家に帰れと言われるかもしれません」

 案の定、蚊の鳴くような声でミアがそう答えた。ユリアも頷いている。

「あー、そうね。そうなるわよねぇ……」


 ミアの母親もホスト役の一人だ。本来別行動だったはずの母親についてくることが出来たミアが、今日をどれだけ心待ちにしていたかは彼女の様子を見てもよく分かる。ユリア自身は客役の一人だが、女主人役の見学者でもあるらしい。

「私も少しだけ、実習させてもらう予定なんです……」

 まだ学生であるユリアが、女主人の実習をさせてもらえるのは稀な例だという。それだけ努力もしてきたのだろうが、立場的なものもあるのかもしれない。

 ユリアは今の女王の姪にあたる立場だ。自宅での本番で失敗はできないのだろう。ここはいい練習場になるし、もし失敗してもそれが外には漏れることはない。それが暗黙のルールだ。


 ――これは困ったわね。


 国が国なら、王子様たちの行方不明事件だ。

 どこの国に、まめに迷子になる王子と、それに振り回される王女がいるのか。

 だがこの国では、彼らは普通の貴族の子どもの一人でしかない。


 萌香の脳内翻訳では爵位が分からないためか、最初は上流社会の人や王族を指す言葉が「大名」と聞こえて驚いた。

 さすがにそれはないだろうと思ったものの、侯爵と公爵の違いもよく分からない萌香にはうまい翻訳がなかったようで、今のところ上流中流下流の違いで分けられている。

 近いうちにそれに関する資料を見つけようと、萌香は脳内にメモをした。


「わかりました。私も一緒に探すわ」

「え、でもエリカ様」

 二人が慌てた顔をするが萌香はそれを止め、エプロンを外して素早くたたんだ。

「今ここで抜けても問題ないのは私だけなの。人手を出せば、どうしても大ごとになるわ。それは避けたいのでしょう?」

「はい……」

 子どもだけで解決しようとするのは得策ではない。だが彼女たちの楽しみを奪うのは避けたい。


 呼びに来てくれたメイドに、メイド頭と執事のロッテにこのことを伝えるよう言付ける。彼女に伝えれば自動的にイナにも話が行くはずだ。

「一時間以内で戻ります」

「承知しました」

 そう言って踵を返すメイドを見送り、時間を確認した。


「一時間で見つけましょう。ゲイルさんたちの冒険を隠し、このことを内々に済ませられるのはそれがリミットです」

 そう少女たちに告げると、彼女たちは神妙に頷いて見せた。


  ◆


 まずマチルダ大叔母の屋敷に向かった。ゲイルたちが興味を持っていた場所だからだ。その周りで彼らの侍女二人と合流するが、やはりまだ見つからないという。

「抜け穴のようなものは……」

 小声でそう尋ねるミアに、萌香は苦笑して首を振った。

「ないはずよ」

 穴を掘る巨大なうさぎでもいれば別かもしれないがと考え、なぜそんなおかしな想像をしたのかと内心首をかしげる。そしてふと今迂回してきた丘を振り返り、その頂上に目がとまった。屋敷を振り返り、もう一度丘を見る。


「あの丘は調べたの?」

 二人の侍女に尋ねると二人とも一度調べたと言うが、何かが気になる。なので萌香は侍女たちにもう一度周囲を調べるよう指示し、自分は丘の方を探すことを伝えた。ミアとユリアもついてきた。

 足早に丘を登り、周囲を見渡す。

「いない、ですね」

 遠慮がちなユリアの言葉に頷き、萌香はマチルダ大叔母の屋敷を振り返った。

「もう少し高いところ?」

 そう独り言ちると、ふと泣き声のようなものが聞こえた気がした。

「ねえ、誰かの泣き声が聞こえない?」

「泣き声ですか?」

 ミア達に静かにとジェスチャーをして耳を澄ます。抑えてはいるが、確かに人の泣き声が聞こえた。


 萌香は丘の頂上まで駆け上がり、そこに立つ大樹を見上げる。

 少年たちは、高いところから屋敷をのぞこうとしたのではないかと考えていたのだが、どうやらそれは正解だったようだ。萌香は、木の枝につかまり声を殺しながら泣いている少年たちを見つけ、脅かさないようミア達に静かにするよう指示した。

「なんであんなところに」

 青ざめる少女たちに同意する。ずいぶんと高いところまで登ったものだ。競争でもしながら上がってしまったのかもしれないが、落ちたら大怪我は確実だろう。


 萌香の弟信也が小学生のころ、秘密基地に憧れて森林公園の木に勝手に上り、降りられなくなったことを思い出す。


 ――なんで男の子と猫は、自力で降りられないような高いところに上がるのかな!


「誰か事情を話して男の人を呼んできて。私はあの子たちを落ち着かせるわ」

 萌香の指示に、二人そろってかけていくのを見送ると、

「さて、どうしたものかな」

 と、深々と息をついた。

 ゲイルが幹に抱き着いてわんわん泣いている後ろで、ユリアの弟が身動きが取れなくなったようだ。ゲイルをなだめているうちに自分も怖くなったのかもしれない。


 ――昔、森林公園で信也を助けてくれたお兄さんはどうしてた?


 あれはたしか、外遊びイベントのボランティアをしていた、高校生か大学生の男の子だった。都会育ちとは思えない危なげのなさでスルスルと木を登り、はしごが掛けられるまで信也に話しかけ落ち着かせてくれたのだ。

『だって、お姉ちゃんたちに下から声かけられても、よけいに怖いだけだったんだもん! でもお兄さんがニコニコしながらそばにいてくれたから、だんだん怖くなくなったんだよ』


 まだ幼かった弟の声を思い出し、萌香はクスッと笑った。

 なら今は、私がそのお兄さんになろう。

高いところが嫌いな萌香ですが、少年たちのために「木登りが得意な青年」の仮面をかぶります。

次は「樹の上」です。

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